日本書紀に紀元前660年1月1日 (旧暦)に初代天皇とされる神武天皇が即位された日と表されていることから、明治に入ってからグレゴリオ暦にかえて2月11日が、日本国の建国の日とされました。
昔はこうした日を今のように祝祭日というのではなく「旗日(はたび)」などと言っていたもので、各家の玄関先には日章旗を掲げたものでした。子供のころは、この日の丸の旗を玄関に立てると「今日は学校が休みだ!」と子供心に嬉しかったものですが、今はそうした習わしが廃れ始めていることに寂しさを感じます。
※神武天皇の図はいろいろなものがありますが、この図は武人の姿をしています。神武東征といって九州地方にいた神武が、世が乱れた大和朝廷の近畿を征伐するために東征したといわれるためですね。
なお、神武東征によって近畿地方にあった大和朝廷が統一された、ということは、それ以前にも皇統は続いており、紀元前の何百年前にさかのぼってよいかわからないほどですね。
因みに国生みの神といわれる「伊邪那岐(いざなぎ)」「伊邪那美(いざなみ)」は、男女一対の神ですが、「ぎ」あるいは「き」は男を表し、「み」は女を表すのだそうで、「君が代」の冒頭「君が代は千代に八千代に」という「君が代」は、男女の世界=男女平等の世界を表すともいわれ、日本の古代からの特徴とも成っていますね。
今上陛下は、神武天皇から数えて第126代天皇となるわけで、御名を「徳仁(なるひと)」と申し上げます。
紀元前660年から西暦2020年で2680年になりますが、この間に126代の天皇ということは、平均すると御一代で21年位のご在位期間ということで、昭和が64年、平成が31年ということからすると、平穏な時代が続いていたのかなと、この面からしても嬉しくなります。
天皇制という論点からすると、「女性天皇」「女系天皇」の容認論というのが取りざたされて喧しいのですが、容認論という言葉からも分かるように、基本的に女性が天皇になることは稀なことです。(ごく一部で、つなぎの天皇としてご即位された方はいらっしゃいます。)しかし、「女系」となると話は別で、この2680年間一度たりともそうしたことが現実になっていません。それは「女系天皇」には、日本の国体を根本から崩せるような大きな問題があるからです。
ここで「男系」「女系」の違いを考えなければいけないのですが、「男系」の場合、父系の血脈をたどると必ず天皇陛下に辿り着くということです。
しかし「女系」の場合、この限りではなく父系の血脈が途切れてしまうことになります。これは少し考えればすぐにわかることですが、この血脈ということと、男女の平等ということをまぜこぜにして議論し、本来の意味を見失わせていることになります。
天皇の血というのは、日本国民統合の象徴であり、同じ家柄であるということが大事なのです。ここに権威を集中することにより、2680年以上の長い間、日本に秩序をもたらし、戦国時代などのように荒廃した時代があったものの、最後には天皇家という象徴の元に結束し、日本という国は滅びることなく、他国からの侵略を受けることもなく平穏な国柄を維持してこられたのです。
と、少し難しいことを書いてしまいましたが、この週の日曜日、武漢ウイルスによる混乱の中にもNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が無事に最終回を迎えました。途中でロケもできないという中にスタッフの方たちのご苦労を労いたいと思いますが、最終回を見終わってみて、やはりちょっと物足りなさを感じるのは贅沢でしょうか?
最後は「本能寺の変」で織田信長が討たれ、その謀反を起こした明智光秀は、羽柴秀吉によって討たれ、天下が平定されていくというのは史実上変えられない事柄なので、ストーリーとして最後は「ああならざるをえないのかな」というあきらめもあるのですが、それは初めから分かっていたことで、それならばドラマ化するにあたって(それも大河ドラマですから)素晴らしい展開を期待していたのですが...
まぁ、それでも最後に「光秀は生きていて再起を期している」という事を言わせ、史実では敗死した光秀が、本当は生きていたのかもしれないという余韻を残し、人々が想像する余地を残してくれたことは良かったのかともいえます。
光秀のその後には、諸説あるのですが、今回のストーリーから仄かに漂うのは、家康との関係で、本能寺討ち入り前に、向後のことを家康に託した文から、よく言われる家康のブレーンであった金地院崇伝のことでしょうか?
崇伝は、家康のブレーンとして秀吉の亡き後も、策謀を巡らし、家康の天下統一とその後の太平の世の基盤を作ったともいわれますが、この話に続けてもいいのかな?と思わせる最終回だったように感じます。(光秀=崇伝論)
そうすると「麒麟」は、主人公である明智光秀ではなく、徳川家康ということになってしまいますが、家康の時代を築くのに尽力した崇伝が明智光秀だとすれば、麒麟である家康を征夷大将軍にしてこの世の平安を築いた「光秀が麒麟である」とも言えるのかもしれませんね。
とにかく難しい題材であっただけに、これだけ纏まれば合格点を出しても誰も文句を言うまい。とも思えました。