中国のシロアリ事情












中国の古文書にシロアリの記述が見られるのはかなり古く、二、三千年前にはすでにシロアリについて記述され、約862年前の古文書には「白蟻」という文字 も使われています。そしてその後「?」いう文字が一般的に古文書では使われ、日本で江戸時代に寺島長安が著わした『和漢三才図会』ではこの文字が「はあ り」というふりがなで使われ、シロアリが紹介されています。
シロアリによる被害についてもいくつかの古文書に詳しく書かれていますが、ここではイエシロアリの被害、タイワンシロアリなどの堤防シロアリによる水害、 巣の掘り出し方などかなり立ち入った表現もあり、中国においてはかなり昔からシロアリとそれへの対処について研究が進んでいたことがうかがえます。
中国では長い歴史的な動乱の中で、近代に到るまでシロアリ対策は一つの独立した産業にはならなかったとはいえ、各地には人々のなかにシロアリ駆除の専門家がいて、それぞれ農閑期にシロアリ駆除を請負ったり、堤防の巣を掘り出したりしていたといいます。



シロアリの記述のある古文書の一例
約2~3000年前 『爾雅
約2000年前 『
説苑・談叢』劉向
約1700年前 『
広誌』郭義恭
約862年前 『
物類相感誌』蘇軾
約789年前 『
爾雅翼

『和漢三才図会』のシロアリ

伝統の技法は日中共同の産物


こうした伝統的なシロアリ駆除の技術と近代的な薬学や生物学が結びついて、世界に類を見ない独特なシロアリ駆除技術が生まれたのは、日本による台湾の占領支配がきっかけとなりました。
当時の日本の生物学者によって発見され、記載されたシロアリの種は今でも日本のシロアリの多くを占め、そこで生まれた技術は日本と中国に分かれて広がっていったのでした。
だから、たとえばイエシロアリの伝統的な駆除技術や道具などは日中両国では驚くほど似ているのです。とくに亜砒酸によるイエシロアリの駆除はイエシロアリの習性にうまく合致し、長い間両国でのみ定着していました。
この技術はイエシロアリの帰巣本能や清掃本能を利用して微量の薬剤を施薬するものであり、現在一般に行なわれている化学薬剤の大量散布と比べれば効果の点でも安全性の点でも格段優れたものでした。



主な日本産シロアリの
命名者と記載年

イエシロアリ 素木得一 1905
サツマシロアリ 松村松年 1907
タイワンシロアリ 素木得一 1909
コウシュンシロアリ 素木得一 1909
ニトベシロアリ 素木得一 1909
タカサゴシロアリ 素木得一 1911
カタンシロアリ 大島正満 1912
ムシャシロアリ大島正満 等 1919

「家」と「土」がシロアリ対策の「二つの戦線」


現代の中国では駆除対象とされているものはイエシロアリ属、ヤマトシロアリ属、堤防シロアリの仲間、乾材シロアリの仲間などですが、とくに重視されているのがイエシロアリ属と堤防シロアリです。
イエシロアリ属は中国では30種以上生息すると言われてきましたが、最近見直しが進みこれまで別種とされてきたイエシロアリCoptotermes formosanusや普見イエシロアリC. communisが同種であるとされました。イエシロアリの被害はかなり広範囲にわたり、黄河流域などではかなり内陸部にも広がっています。そしてこうした駆除現場では伝統的な手法がまだまだ生きています。
ただし、伝統的手法につきものだった亜砒酸は近年なってほとんど使われなくなり、有機塩素系のマイレックス(ミレックス)の粉剤が亜砒酸のかわりに広く使われてきましたが、これも最近使用を中止しはじめたようです。
中国ではイエシロアリにとくに詳しい技術者を「家専家」と呼んだりします。
一方、堤防シロアリによる堤防の漏水や決壊は依然として広く存在し、堤防の保守の一環として堤防シロアリの駆除が重視されています。
堤防シロアリと呼ばれるのは、おもにタイワンシロアリOdontotermes formosanusとキバネオオキノコシロアリMacrotermes barneyiで、 これらが堤防のなかに巣を作ると網の目のようにトンネルができ、漏水や決壊の原因となるのです。ところが、堤防シロアリの巣系は広く、堤防内に場合によっ ては100以上もの菌園や空腔ができるので、なかなか駆除できないのです。とくにタイワンシロアリでは女王が1つのコロニーに多数いるので駆除の失敗も多 いのです。こうした駆除に専門的に関わる技術者は「土専家」とも呼ばれます。それはタイワンシロアリの仲間が土白蟻と呼ばれるからです。
すなわち、中国では「家」と「土」の二つの戦線がシロアリ対策にはあるのです。
そして最近ではこの二つの戦線に乾材シロアリ(中国では乾木白蟻という)も加わり、「家」「土」「乾」の3つの戦線に変わりつつあります。




イエシロアリの誘引ボックス
(広東省昆虫研究所)


堤防上で堤防シロアリの群飛孔や
泥線・泥被を探す

(広東省堤防シロアリ対策パンフ)


堤防シロアリ
キバネオオキノコシロアリ兵蟻

(山根坦氏撮影)

「予防を主とした総合対策」


中国では「予防を主とした総合対策」がシロアリ対策の基本方針となっています。つまり伝統的な駆除よりも薬剤やその他の方法による予防に力点が置かれているのです。
こうしたなかで、中国でも仕様書のようなものが作られ薬剤の大量散布が一般化しました。そして今年2000年からクロルデンが生産禁止となるなど、薬剤も 日本の後を追うように、クロルデンから有機リン剤などへと移行しています。また、研究者の薬剤試験も日本と同じように「裸のシロアリ」個体を使った試験が 多くを占めるようになり、伝統的な技術よりもマニュアルが重視されるようになって来ています。
もちろん、堤防シロアリやイエシロアリの駆除の現場ではまだまだ伝統的な技術や伝統的な発想で新しい要素を導入されてはいますが、全体としてはマニュアル化や薬剤に頼る傾向が進んでいるようです。
また、他方では生活水準や建築の変化に伴って広州など大都市部でのシロアリ被害が多く報告されるようになり、シロアリの研究と建築思想との連携があらためて問い直されています。



予防に重点を置く中国では
薬剤の大量散布が一般化している
(余杭市シロアリ対策所のパンフ)



伝統的技術のもとに作られる
マイレックスの毒餌剤
(余杭市シロアリ対策所のパンフ)