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2000.05.19 : - 審判問題 番外編 - |
◆注意◆ これは日本プロ野球の10年後を予想して書かれたフィクションです。 ―未来予想図(続・審判問題)― 西暦2010年。日本にある全てのドーム球場から“審判員”が消えた。 理由は簡単である。審判組合から莫大な賃金UPを迫られた野球機構側の最終決定だった。 1990年代後半より導入された『審判4人制』に端を発した「ジャッジへの不信感」は、 1997年の“デュミロ”vs“ドラゴンズ・大豊” 2000年の“橘高”vs“ドラゴンズ・星野、立浪、大西”に代表される『暴行事件』へと発展した。 2001年には度重なる『威圧・暴力』に閉口した審判組合から 「野球規則にのっとり、抗議の為にベンチから出る事を禁止に。 審判に暴力を振るった者は理由の如何を問わず永久追放」等の要望が出され、 野球機構側もそれを了承。審判員は高校野球並みの【権威】を手に入れた。 その結果、一握りの審判を除き「ジャッジのレベル」が著しく低下した。 一方的な権力を持たせた為にそれにあぐらをかいてしまったのだ。 ある審判が「某・金満球団との癒着」とマスコミを賑わした頃から 「審判員への不信感」が頂点に達し、『暴行事件』は無くなる事はなかった。 そして審判側は罰を重くする事で【権威の維持・向上】を求めた。 当然、プロ野球チームと審判員は敵対関係になって行った。 2005年には「試合後暴徒と化したファンから暴行を受ける」事件が多発。 2008年ついに審判に死者が出た。群集心理の恐ろしさである。 当然、審判員の大半は逃げる様に辞職。 ペナントレース続行の為さらに低レベルの審判員にジャッジをさせ、不信感は増大した。 今や“シークレットポリス”並みの危険な職業となってしまった審判員は 「試合をジャッジする賃金と自分の身を守るセキュリティーにかかる費用 (こちらの方が金額がデカイ)」を野球機構に要求。 さもなければプロ野球のジャッジはしない。と半ば脅迫に出たのである。 ついに野球機構側は審判組合と決別。 世界で初めてセンサー等を駆使しコンピューターがジャッジ出来るシステムを 全てのドーム球場に強制的に導入させた。 1部の屋根の無い地方球場での試合のみ、ほんの一握りの優良審判を選出し、 従来の5割増の賃金で契約にこぎ付けた。 実はこの“コンピューター審判”は、 2000年の時点で問題無く作る事が出来たモノらしい。 フェアー・ファール、ストライク・ボールやハーフスウィング等はフェ ンス・天井・グランドに取り付けられたセンサーで瞬時にジャッジされ タッチプレーもグローブ・スパイク・手袋・ベースに内蔵されたタッチセンサーで 全てのジャッジが出来る。 とりあえずドーム球場に限定したのは、 機械は故障があるので最低2ヶ所でのジャッジが必要との配慮からだった。 ジャッジのコールは球場全体の照明が、 攻撃側に有利なジャッジの時は「青」に不利な時は「赤」に瞬時点灯され、 人工音声でコールされるので、 慣れてしまえば選手にもお客にも「判りやすい」と好評だった。 球場によりそのパフォーマンスが変わるのも一興だった。 機械は正確だった。誰もジャッジに不信感を抱かない。 選手も安心してプレーが出来る。 全てが上手く行くように見えた・・・50試合までは。 それはGWに起きた。2ヶ所のセンサーが別のジャッジをした。 単純な故障に思えたが、調べてみると客席からパソコンで センサーを狂わせていた事が分かった。ハッカーに機能を停止された事もあった。 そして、50試合目にシステムを完全に乗っ取られて あるチームに有利に判定が出る様になっていた事が判明した。 もちろん大掛かりな八百長事件であった。 結局この年のペナントレースは無効となり、エキジビジョンとして 各チーム30試合程度を人間のジャッジで行うのが精一杯だった。 来年以降の予定は立っていない。 たぶん既に8チームまで減ってしまっていた球団を2〜3チームにまとめあげ、 かねてより話があったメジャーリーグへの参加という形になるのであろう。 今や東京からロスまで5時間で行けるし、 ゲームはTVではなくインターネットで見るものなので、 興行面から見てもそれが正解かも知れない。 そうなれば主催ゲームの半分をアジア諸国を転戦するので、 日本でのゲームは現状の日本人優良審判員でまかなう事が出来るであろう。 結果的に収まる所へ収まる為の自然淘汰と言えるのだが、 応援するチームを失うかもしれない事態にファンはかなりの憤りがあった。 その怒りの矛先が“中日ドラゴンズ”にスタッフとして、たまたま、 この年復帰した“立浪・新監督”と“大西・外野守備走塁コーチ”に向けられ マスコミを筆頭に、10年前の事をほじくり返され 「お前らのせいだ!」と攻撃されたのは、少しカワイソウだった。 |
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