コラム 『“隊長”の精神(病)野球』

隊員発行メールマガジン 【週刊・野球小僧の部屋】より抜粋




2000.05.09 : - 審判問題 -



公認野球規則(ルールブック)を見てみると
第1項「試合の目的、競技場、用具」の1・02に、こう書いてある。
「各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。」(注1)


どんなスポーツに於いても、ゲームとは「日頃の鍛錬の成果を発表する場」と言える。
野球に関して言えば、より勝利に近づくために、
投手は出来るだけ打ちにくい球を投げられる様に、
打者はより強い打球をより確実に打てる様に鍛錬をする。
そしてその様な打球を少しでも止められてアウトカウントを増やす為に守備を鍛え、
1つでも先の塁へ進みホームベースに達する為に走塁技術の練習をする。

野球選手が相手の失敗を喜ぶ理由はここにある。
他のスポーツに比べ、野球には「明らかな個人の失敗」が多く見られる。
単純な失敗は、正しい練習の積み重ねで減らす事が出来る(無くす事は出来ないが)。
つまり、相手の失敗は「練習不足の成果」であり、
自分たちが練習で勝っている事の証明とも言えるので喜ぶのである。
決して野球をやっている人間が「意地クソが悪い」訳ではない。


しかし、いくら鍛錬してもどうにもならないのが『素質』と『審判の誤審』である。
甲子園などで、“松坂”のボールを打てなかった高校球児に
「練習不足だ!」と言うのは酷であり、
野球チームが“審判”の育成が出来ない以上
『審判の誤審』を無くす事は出来ない。

毎年数多くの審判問題が話題にのぼるが、
私は案外『審判の誤審』には寛大だ。
もちろん私も審判のレベルはもっと上がって欲しいし、人数も増やして欲しい。
しかし安易なビデオの導入は果たしてどうなのか?と思っている。

アウト・セーフの判定の時はビデオなんか使っている余裕は無い。
相撲の行司と一緒で、何でも良いから、
とりあえず瞬時に判定を出さなければならない。

相撲の場合は「待った」がかかり場合によってはビデオ判定もOKだと思っているが、
野球はそうは行かない場面が多い。
相撲と野球が違うのは『結果の判定』か『過程の中での判定』かの違いである。
もちろん野球にも『結果の判定』は多々あるが、
「ダブルプレー」とか「タッチアップ」の様に
『判定後のプレー』があると、ビデオで判定がひっくり返っても困ってしまう。

「今のがワンバウンドだったら、ランナーはそれぞれ進塁だ」
「いや、あの位置からなら、充分ホースプレーが間に合った。」
「でも、暴投するかもしれないし」
「そんな事言うなら、ランナーが転ぶかもしれないしっ!」  
こうなると、もはや子供のくちゲンカである。

その様な事態を避ける為にも審判には「例え間違った判定をしたとしても、
このオレが“白”と言ったら“黒いモノ”でも“白”だ!」と言う『絶対的権威』と、
それを臆面も無く遂行できる『確かな技術と体制の確立』が必要である。
それらが不足している間は、見る者・やる者などからの不満は消えないだろう。

それに輪をかけて野球には『アピールプレー』がある。

審判は「誰がどう見てもタッチアップが早すぎた場合でも、
自ら「アウト」を宣告してはいけない」決まりになっている。
あくまでも守備側のアピールがあってから「アウト」の宣告をする。
そうしないと、守備側チームが気が付かない事態(実質的エラー)に対するフォローとなり、
不公平なジャッジになるからである。

だから、選手はあらゆる場面で「審判に対するアピール」をする。
最初に書いた通り「勝つ事を目的として」やっているから、
自分のチームに有利な事のみをもしくは有利になる様に「アピール」する。

キャッチャーはストライクかきわどいコースのボールは必ずミットを中に動かす。
自分が「外れたな」と思っていても、取りあえずストライクゾーンへミットを移動させる。
守ってる野手も明らかにセーフの状況でも
「アウトです!僕はチャンとタッチをしてボールも落としていません!!」
と言わんばかりにグラブを高々とさし上げる。(注2)

結論を言うと『野球のジャッジ』は、
「真実がどうだったか」より「審判にどう見えたか」の方が大切だと言う事である。

野球は駆け引きのあるスポーツだから、
相手選手を騙してでも有利にゲームを運びたいのは当然であるが、
審判を騙す事は果たして正しい事なのだろうか?

その様な選手には『ミスジャッジ』に対し文句を言う資格など無いのではないか?
それは、自分がひいきにしているチームに不利な『ミスジャッジ』には大激怒して、
逆の場合には「たまには、こ〜ゆ〜事も無いとやっとれんわなぁ」
と寛大になる“私”の様なファンも【同罪】なのでは無いだろうか?

まず、この辺りから考えて行かないと【審判問題】どころか
「やっぱり野球をやる人間は、意地クソが悪くて、卑怯者」と
言われかねない大問題に発展するかもしれないのである。


◆注1

あらゆるスポーツの中でルールブックに「試合に勝つことが目的である」と
明記してあるのは野球だけといわれています。
「俺は試合に勝つことより三振をたくさん奪う事の方が嬉しい」
「試合に負けても自分がヒットを打てばそれでいい」
というプレーヤーばかりでは試合になりません。
つまり野球というスポーツはルールブックに、はっきり書いておかないと、
みんなが「個人プレー」に走ってしまい、本来の試合の目的から逸脱してしまう為に、
わざわざこの条文が記されているというのが定説です(爆)。

◆注2

このコラムでは、野手がタッチした際にグラブを高々と上げるのは
「わざとらしいプレー」となっていますが、
アメリカにおいては審判の方が「Show me the ball」と言うそうです。
これは「本当にグラブにボールが入っているか、オレに見せてみろ」
と落球していないか確認するためにグラブを見せる事を要求するためらしいです。

                       (注釈 “野球小僧”)

注2に対する、隊長の言い訳)
その辺の誤解を避ける為に「守ってる野手も明らかにセーフの状況でも
と、しましたが、さらなる誤解を恐れての注釈だと思います。
誰が見てもセーフのタイミングではアメリカの審判も
「Show me the ball」とは言わんと思うけど・・・。



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