コラム 『“隊長”の精神(病)野球』

隊員発行メールマガジン 【週刊・野球小僧の部屋】より抜粋




1999.11.08 : - 結果論 -




日本シリーズが終了した。4勝1敗で“ダイエー・ホークス”が日本一に輝いた。
関係者ならびにファンの方々には心から「おめでとう」と言いたい。(前にも書いたな)

このシリーズの真正面から見た技術的論評は【野球小僧】が書いた通りである
(まだ読んでないけど)
私は私なりの見方(“勝利の女神”の動向)で振り返ると次の通りである。


◎第1戦 “ダイエー” 3−0 “中日” 「“工藤”の1人舞台」

“女神”の動きは見えず。「2回の“立波”の走塁ミスで・・・」と言うご意見は多いが
「“大道”の走塁ミス(4回)や、セイフティバントの失敗」を考えると、
『前向きな気持ちから起こったミスを“勝利の女神”は咎めない』事が分かる。


◎第2戦 “ダイエー” 2−8 “中日” 「“若田部”の1人舞台」

“女神”の動きは見えたかけたが、ゲームの勝敗が決まった後なので影響無し。


◎第3戦 “中日” 0−5 “ダイエー” 「“山本昌”眠れる鷹“小久保”をたたき起こす」

“小久保”だけではなく“松中”“井口”など全体的に振れていない打線に火をつけた。
おかげで『ナゴヤドーム』の3試合“ダイエー打線”はのびのびスウィングができた。
ただし“山本昌”が、この様な形で打たれるのはペナントレース中ではいつもの事である。
“勝利の女神”に動きがあったのは、
6回裏。“中日・久慈”のライトへの大飛球を“秋山”が『スーパーキャッチ』でダブルプレーにしてしまった。
このプレーは、前々回書いた“勝利の女神”に「う〜ん、“秋山くん”ステキ!」と思わせるには充分であり、
7回表の1アウト満塁で“秋山”の放った『ゲッツーを取るにはおあつらえ向きのサードゴロ』が
“福留”のグラブに収まりきらずにオールセーフになる事につながってしまった。


◎第4戦 “中日” 0−3 “ダイエー” 「“武田”ピッチャーにバントを決められ“勝利の女神”の逆鱗に触れる」

ここ数年の“中日・バッテリー”は、送りバントを簡単に成功させない姿勢があった。
“タイガース(当時はスワローズ)の野村監督”も
「中日の投手だけが送りバントの打者にフォークを投げてくる」と評していた。
そのバッテリーが2−0のカウントから数年バットを持っていない“ピッチャー・星野”に、
あっさり「ナイスバント」を決められた。
これが“勝利の女神”の逆鱗に触れ、続く“秋山”の3塁線の打球はベースに当たり、2ベースヒットとなった。
普通あの打球はベースに当たっても当たらなくても内野安打止まりである。
打球が異様に強かったのか?“勝利の女神”が少しだけ遠くへ持って行ったのか?


◎第5戦 “中日” 4−6 “ダイエー” 「悪夢の3回表」

“勝利の女神”が大混乱したゲーム。
“ダイエー・佐久本”の先発を苦々しく思ったのか、いきなり“レフト・ニエベス”のエラーで、
このシリーズ完全に殺されていた“中日・関川”が蘇えり、
続く“種田”の送りバントを“佐久本”が暴投して1点先制。
しかし、これで終わってしまった。
それで、“勝利の女神”が“ダイエー”側に移った訳ではない。
私感だが、彼女は最初から最後まで“中日ベンチ”に居た。と思う。
3回の表だけ、“中日の守り”が『何かにとり憑かれた状態』になった。
打線もこの日は頑張ったがギリギリのところを崩せず、
自責点ゼロの6失点でマウンドを降りた“エース野口”を敗戦投手から救えなかった。


―結果論ではあるが総括―
「いつもの自分を出す」事も「いつもの自分を出させない」事も実力である。
この日本シリーズを見る限り“ダイエー・ホークス”のリーグ優勝&日本一は、
フロックでも“根本氏”のおかげでも無く、紛れも無く実力。作戦面を含めた、「総合力」の勝利である。

1戦目から4戦目まで勝つ為のポイントに全てからみ、
結果を出してMVPを獲得したのが“根本氏”と同時期に“西武”に入団し、
“根本氏”と伴に“ダイエー”に来た“秋山”であろうと、
1戦目に先発し、シリーズの流れを引き寄せる好投をしたのみならず、
その後の“中日打線”を封じ込める指針を掲示して、“中日打線”を翻弄した最大の功労者が
“根本氏”と同時期に“西武”に入団し、“根本氏”と伴に“ダイエー”に来た“工藤”であろうと、
そんなモノは関係無い。“ダイエー・ホークス”が本当に実力のあるチームに育った証である。


私が言っていた“勝利の女神”は、「頑張った者にはご褒美を」「つまらないミスをした者にはお仕置きを」与える。
この事はいみじくも“中日・星野監督”が言っていた「ミスをした方が負ける」に、ほぼ当てはまり、
その通りの結果となった。

余談だが、福岡で1勝1敗となりナゴヤドームに帰る時に“中日・星野監督”が言った
「もう、福岡には帰って来たくない」の言葉が逆の意味で達成されてしまった事も皮肉な結末であった。



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