


| その瞬間、私はその先生がおっしゃっている意味が分からなかった。
というか、分かりたくなかったというか、必死になって、先生から「合っている」と言った日本語を探しました。 「先生一部適合ですか。」 多分笑いながら、必死で笑いを作りながら言ったと思います。 「一部適合なんて日本語やあらへん、適合というのは、おうてるかおうてへんか、二つに一つや。お姉さんと骨髄移植するのやったら、あんた身の回りの整理してからおいで。」 私は当時25才です。 80才なっても90才なっても、「明日、死ぬ」と言われて慌てない人はいないと思います。 みんな死ぬ日が決められたら、とても立てない、平静を保てないと思います。 25才で「身の回りの整理をしてからおいで」と言われた瞬間、もう記憶が私にはありませんでした。 |
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先の大震災で地震直後、ご家族が目の前で亡くなっていった、焼かれていった人達、ご家族のご親族の方々は、もうその頃の事、記憶が無くなっている、記憶喪失になっているというのを新聞で何度か見ました。 |
| 今までお姉ちゃんが妹を助けてくれるという思いで、安心をしていたのに、検査のミスで合っていなかったと分かった時のショック。
家族も本当に言葉が無かったと思います。 姉もまた、海外からすぐに子どもを連れて帰って来ました。 私は姉が帰って来るまでの間、自分の部屋の電話を取って、大学時代、高校、中学、小学校と遡れるだけ遡れる友人知人に電話をかけて、「助けて!助けて!助けて!」と言いました。 それまでの間、さおりちゃや、さとる君という、兄弟に提供者を持たない、もしくは一人っ子の患者さんを助ける為には、何か方法はないだろうかと考え、いったい何処に骨髄バンクがあるんだろうとか、そういう事をもう考えていましたから、ほとんど希望がないという事、肌で感じていました。 でも、他人事だったら結構、のほほんと骨髄バンクを探す事はできるのですが、自分の身にふりかかった時に、もう頭の中は錯乱状態で、何をしてるのかわからない。 そんな状況でした。 しかし、「1万分の1の命を下さい!」という、その見出しにあるように、一人の患者さんから見て他人さんの提供者を探そうと思えば、1万人に1人であるという事を知った時、気の遠くなるような数字ではありましたけれども、1万人の道も1人から。 |
| そう思って、提供者を友人知人から探そうと思ったのであります。
自分でどうしてそういう行動をとったのか全然分析が出来ないので、今、他人事みたいに言いましたけれども、もう頭の中は本当に錯乱していました。 私は姉が帰国をして来て、姉の顔を見るなり、「なんで病名を告知してくれたん。」と今度は、病名告知を罵り始めたんです。 「お姉ちゃんが何にも知らせてくれへんかったら、私はこんなに苦しまへんかったのに。それでちゃんと提供者をみつけてお膳立てをして、それから言うてくれたって遅うないんちゃうの。」 姉はその時、「ごめんね」って謝ってくれると、私は思っていたんです。そして、一緒に泣いてくれると思っていた。 甘い考えでした。 私の姉は、私を突き放すようにしてこう言いました。 「もうここで泣いてたってしゃーないやん。もうここで泣いてて1リットルの涙流して、提供者が見つかるんやったら、なんぼでも家の中で泣いたる。そんな事してる時間もうあらへんやろ。」 |