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大谷貴子氏講演Previous PageNext Page
 今日、私がお呼びする西尾市にお住まいの長谷さんと言う方もそうです。
ちょっと、おじさんです。けれども年齢差を超えて仲良くなっています。
共通するものは、骨髄バンクと言うものでした。

彼はどんな動機で骨髄バンクに登録をし、そして提供した後、どんな気持ちで今生きておられるのか、私は知るよしもありませんが、でも骨髄バンクを今なお、お手伝い下さっています。

今日はせっかくお時間を頂いておりますので、西尾市にお住まいの長谷さんをこの場にお呼びして、どんな動機で登録されたのか、そして実際に提供するとはどんなものなのか、痛かったのか、骨髄って本当に骨を取るものではなかったのかどうか、そのあたりまで聞いてみたいと思います。

長谷さんどうぞお越し下さい。

見ての通り、普通のおじちゃんです。
別に特殊な方でも何でもなく、普通の方なんですけれども。

「こんにちは。ご苦労様です。」

「こんにちは。」

「長谷さんはこの近くにお住いと伺いましたが本当に近いんですか。」

「ええ。この繁華街から車で5分くらいの所で、図書館の近くです。」

「私は今日、名古屋市内から来たんですけれども、特急に乗って40分。遠いなと思って来ました。骨髄バンクに登録する時、この近くでまず出来たんですか。」

「ええ。この近くではありませんでした。僕が、たまたま名古屋によく遊びにいってました。で、今も献血の方もよく行ってます。栄ビルの9階にあるんですが、ま、それ以外に東海骨髄バンクの事を知りましたんで、ま、ものはついでだからとほんの軽い気持ちで…。」

「じゃあ動機というのは、もののついでだったんですか?」

「ええ、そうです。はっはっはっ。」

「何のフォローもできないような…。」

「どっちかというと成分献血の方に興味がありまして、そっちを主体に考えたんですけれども、たまたまパソコン通信でそういう事も知りまして、ま、ええわ、ついでだから、葉書出しとけっと…。そう言うような感じでね。登録しました。」

「当然パンフレットは読まれましたよね?」

「それがね、あんまり記憶にないんですよ。」

「いいですね。こんな安易に登録して下さる人がいて。」

「多分、読んだんだろうとは思います。」

「じゃあ、全身麻酔である事とかは、ご存知でしたか?」

「なんとなく知ってたようですね。なんか読んだような気がしました。」

「いいですね。こういう方がいらっしゃると。で、実際、登録されたのは名古屋市内で?」

「そうです。」

「で、1回目の検査から2回目、3回目と何回か検査が採血のみですけれど、ありますよね。それは西尾でできたんですか?」

「いや、全くできません。

というのは1回目は登録と同時に採血でして、そしてまた日を改めて第2次検査というものがありまして、これもまた名古屋の病院まで行きました。

そこで先生から全身麻酔がありますよ。これこれこうで、こう言うふうになりますよ。と聞きまして、そこで始めて、ああこりゃしまったなと思いました。」

「止めようとは思いませんでしたか?」

「一瞬考えましてね。

先生、これはすぐ返事をしなくちゃいけませんか、と聞いたら、ええそうですね、と言われたから。

10秒から15秒ぐらい、随分短かったんですけど長かったような気がします。ま、登録したんだからとにかくやっちゃおうと思いまして。

で、全身麻酔っていうのが少し面白そうだったから。それじゃ先生登録しますっ!て言いました。」

「面白いって表現はすごいですけど、恐くありませんでしたか?恐怖っていうものはなかったんですか?」

「ええ、その時はなかったです。

と言いますのは、全身麻酔やるのは自分自身なんですけど、全身麻酔をやってくれるのは麻酔の先生ですよね? 

自分でやれって言われたってできるわけないから、それは麻酔の先生を信頼しました。」

「ご家族の反対はなかったんですか? 御自身はそれで納得されたんですけれども、愛する奥様や愛されているご家族がいらっしゃるわけですよね。これはちょっと愚問かもしれませんが。」

「僕の場合はですね。いちいち骨髄提供してもいいかとか、麻酔やるけどいいかとか尋ねませんでした。と言いますのは、そういう事を尋ねれば、ダメだ!という答えが絶対に帰ってくる事が分かっていました。そんなふうで、反対されるんなら、自分で行って結果報告だけしよう。おい、病院行って来たぞ、登録してきたぞ、いついつ入院だぞと。」

「それでトラブルは起こりませんでしたか?」

「起こりませんでした。もう、うちの家内も、ああそりゃ仕方ないねえと言ってましたし。」

「ああそうですか。でも、それっていうのはすごいご協力ですよね。もし、そこで奥さんがあなた、止めてと言われたら。」

「やっぱり、うちの家内も僕を信頼してた。病院を信頼してた。でないとちょっと難しいですね。」

「だから、ご本人が登録されているという裏には、ご家族のご協力とご理解が必要だって事ですよね。」

「もちろんそうです。」

「それで、実際提供される事になるわけですが、お仕事は当然しておられると思うんですが、お休みはどうやって…?」

「休みは、有給ですが、1週間とりましてね。採血する日が決まった時点で、2ヶ月くらい前ですね。会社の方に報告しまして、当時はまだ提供する人が少なかったわけですから、そのことは内緒にしてほしいという事をチラッと聞きましたんで、人間ドッグに入るからという事で1週間とりました。」

「ああ、そうなんですか。実際1週間もかかったんですか?」

「病院の手落ちって言うとおかしいんですけど、1日余分に入院させてもらいましてね。月曜日に入って、この日は本当はいなくてもよかったんです。それで、火曜日に検査をして水曜日に採血をし、金曜日は様子を見て土曜日、昼からです。」

「結構長く入っておられたんですね。」

「そうですね。もう、退屈で、退屈で。」

「という事は、痛みはどうだったんですか。提供後の痛みは。」

「痛みはね、ま、皆さん痛いように感じるみたいですけど、直接骨に刺しますんでね。でも全身麻酔をしてますから、記憶にないし、ほとんど感じませんでした。」

「目が覚めてから痛いとか?」

「全然ないです。」

「もう終わったのってカンジでした?」

「はい。もう終わるもなにも、麻酔やりますから深呼吸をして下さいって、2回やりまして、普通の呼吸を2回ほどやりまして、3回目に呼吸をしようかなと思ったら、長谷さん終わりましたよ!って言われて。そういう感じでした。」

「はあ、なるほど1・2と呼吸をして3の時にはもう終わりましたよ、だったんですか。」

「なんか呼んだなと思ったら、また同じように、長谷さんおわりましたよ。と言われまして、おかしいなあと…」

「ああ、自分はまだ3回目を数えてるはずなのに?って」

「そう!おかしいなと思いまして。カテーテルって知ってますよね?」

「ええ。これは尿がちゃんと排泄できるように、尿道に入れるもんですよね。医学的なもんで。これも麻酔かかってる時にやられるもんですから、痛さとか、恥ずかしさとか分からないんですよね。目が覚めたら、これも、刺さったままなんですか?」

「そんなんやったら、カテーテルがあるはずだと、看護婦さんにわからようにそうっと触ったんです。そうしたら、あれ?何だもう終わったのか。何だったんだこれはと。」

「はあ、刺されたのも知らないし…」

「全く知りません。」

「で、目が覚めた時にも痛みはなかった。」

「そうです。」

「その尿道カテーテルはどれくらいの時間で外されたんですか?」

「えーっと、手術終わってどうですかね2時間か3時間くらいだったと思いますよ。」

「それを外したら、もちろん自分で歩く事も出来てトイレにも行けて…」

「そうですよ。」

「食事も採れました?」

「ええ、ただ食事を採る時には、お水を少し飲んでからして下さいと言われて。ま、もしかしたら尿道に傷があるらって…。でも、それも全くなかったです。」

「ああ、という事はご自身の感想としては、いとも簡単といったものだったんですか。」

「とても簡単」

「思ってるほど、もう一回やりたいとか。ああ、そうですか。あの痛みとかは皆さん心配される事ですが、何処の骨を、うちの父でも何処の骨を切ったのかと聞くぐらいですから、実際にどういう部所を針で刺されたんですか?」

「あの・・ちょうどこの背中とお尻の中間くらいです。背骨をはさんでね、両側に。」

「当然、背骨は関係ないんですもんね。背骨は脊髄ですけど、脊髄とは関係ないんですよね。この腸骨という所に、一番人間の大きなお尻の所に針を刺して・・」

「僕の場合は6ヶ所やりまして、そこから1ヶ所で何100ヶ所移動させるわけですから、痛いように感じるって言いますけど全くないです。仕事をすると疲れますよね。あの程度です。」

「それで、トイレも行け、食事もできるようになって退院されたわけですが、仕事復帰は全然差し支えなかったですか?」

「もう全然大丈夫です。1日休んで次の日から仕事に行きました。」

「もちろん他の日常生活も…」

「ええ、ほとんど大丈夫です。ただまあ、精神的に大事を取るという事もありましたけどね。これも、2・3日ですぐ。その精神的不安というんですかね、それも取り除かれました。」

「むしろよく聞くんですけども、そういう事が終わって1日2日と日が過ぎて行きますよね。自分が回復して家に帰って、患者さんどうしてるのかなあとかって…」

「これが患者さんには申しわけないんですけど、全くって言ったら語弊がありますけれども、ほとんどそういった感覚はないんです。」

「ご自分が提供したいから提供したんだと。その骨髄自体、たまたま患者さんがいたから受け取ったんだと。」

「そうそう。たまたま提供できたと、そういった感じです。」

「じゃあ、本当にサラッと。」

「そう、むしろ全身麻酔ができた事が嬉しくって。」

「よく言いますよね。元気な人間が手術室に入る事はまずないから、入ったらキョロキョロして、もうじっとして下さいって怒られるくらい。提供する人は本当に好奇心旺盛だなと言われます。

そんな感じだったんですか。で、今もう提供されて何年か経ってるんですよね。」

「ええ、4.5年ですかね。」

「そして今日、地元のこの西尾でこうやって骨髄バンクを理解して頂く為のシンポジウムを一緒にやって下さったわけですが、そういった心の動きというか、それによって今、骨髄バンクのボライティアをやっておられるわけですが、聞く所によりますと、今手話でお手伝い頂いている方とお友達とかでご自身も手話をされるんですよね。

だからそうやって何か自分でも出きる事は骨髄バンクだけでなく、他にもあるんですよね。その中で何かいつも出来る事をみつけてらっしゃる。そうとってよろしいんですか?」

「はい。」

「そういう事で今日は骨髄バンクにこうして下さって、たくさんの方も来て下さったんですけど、何か同じ西尾市民として訴えて行きたい事ってありますか?」

「訴えて行きたい事・・やっぱりその自分が提供した事によって、最初は今申し上げたように、チャランポランな気持ちで過ごしておりましたけど、大谷さんの書かれた本、“霧の中の命”販売しますが宜しくお願いします。

で、それを読みました。患者さんの立場、カーテン1つの向こうとこっちは天国と地獄だと言うような事が書いてありまして、僕はそれを読んではじめて、患者さんというのはものすごく大変だなと、生きてるんだけどこのカーテンを越えるともう死んでしまう。

本当に紙一重という。すごく感動して、そしてその次に、“命を下さい”という本で遠藤允氏作ですけど、これを読みまして、ドナーを提供する人はとにかく最後まで提供するんだという気持ちを持ち続けてほしいという、そういう文書を読みました。

それにもすごく感動しまして、その2つに感動して、こう自分が自分に惚れたと言いますか、これは俺えらい事をやったな、すごいじゃないか。

これは黙っておれんと、うぬぼれとかそういうのじゃなくて、何とかしなくちゃいけないなと思い、当時東海骨髄バンクにお手紙出しました。

何かしてほしい、してあげたい、自分がこういう体験をした事をみんなに教えてあげたい、広めたいという事でパソコン通信に宣伝しました。

それからやっぱり何か活動しなきゃと思っている時にたまたま夜、大谷さん直々に連絡がありまして、“明日ミーティングやるからすぐ来て”もう今日の明日ですけどね。

それ以来これはすごい場所を提供してくれたなと、今、骨髄バンクを支援する愛知の会という名で、名古屋の方で一部やってます。

僕はこちらの方にもお世話になってまして、西尾でもぜひやりたいと言っております。お互い協力してます。

やっぱりこういう事って自分がものすごく幸せなんですね。

子どもができた、家ができた、そういう幸せももちろんあるんですけど、人として、人間として、人間の骨髄を人間にあげるんですから、これすごく良い事ですしね。

だから、そういう事に、すごく感動して、、、。」

「そうです。そうです。ですから、こういう事を一人でも多くの人に理解してもらいたいです。やはり登録出来る方は登録して頂いて、採血し、提供して頂いて、そしてこういう幸福をぜひ味わってほしいなとおもいます。」

「あの、今例えば西尾の方で登録なさったら今でも名古屋市内に行かなくてはならないんですか?この近くじゃなくて。」

「ええ、この辺ですと、岡崎の保健所が第1次検査の採血をしてくれます。」

「じゃあ近いですね。」

「岡崎ですと30分くらいですね。あと、2次検査、3次検査は、この辺ですと、瀬戸赤十字ですかね。」

「豊橋もありますよね。」

「そうです。どっちか都合の良い方に2次検査に行って頂いて、3次検査はその近くの病院という事になります。」

「なんか、そのご不便をおかけするようで。

登録して頂くのに、私どもの努力がないせいで、ご不便をおかけするのは、とても心苦しく思ったんですけどね。

登録されに行ったある方がおっしゃったんですけど、やっぱりその道中帰ってもいいわけですよね、まだ登録してないわけですから。

もしあまりにも近くにあったら、安易にやっちゃって後であっと思うかもしれませんけど、考える時間があっていいんじゃないかとおっしゃってましたけどね。」

「あっ僕もそれ感じました。とにかく辛気臭いんですわ。」

「ええ何回も何回も行くのにね。」

「行ったところでほんの3分か5分ですもんね。行くのに1時間、1時間半かかるわけですよね。

行くわけですけど。で採血して検査が終わるまでに1ヶ月くらいかかるわけですけど、その間でも、もう、まだかまだかという、こう何て言うのか、不安というのかイライラ。

実は僕も待ってた時は胸がドキンコドキンコといって不安があるわけですよね。ある程度の期間というものはそういう不安というものを、なくしてくれますよね。

だからあまり短いというのもなんですけど、また、あんまり長くてもいりませんけど、ほどほど時間があれば提供するんだぞという気持ちも強くなってその不安というものもなくなるんじゃないかなと、思うんですけど。」

「それで、登録を長谷さんはそのように希望されてますが、私は登録ももちろんなんですけども、今日この場にお越し頂いたって事がすごい協力ですよね。」

「ええ、そうです。」

「登録はまあその次。
何が協力できるかという事を今日考えて下さったと思うんですよね。

例えば今日手話で手伝って下さった方を見て、私も手話を勉強してみよう、と思う人も出て来たかもしれない。
そして骨髄バンクのポスターを貼ってみようと思って下さった方もいるかも知れない。
それで、先ほどちょっと本のお話が出ましたけど、入り口の所で本を今日販売しているんですね。

骨髄バンクという名前のイメージからくる偏見とか、物色して頂きたくて本をたくさん家族とかで、出版しているんですね。
実はそのみなさんは誰も儲けようと思って作ったわけではないのです。その本の売り上げを出版社にねじこみまして全部一率2割くらいですよね、2割くらいが骨髄バンクの基金になるように、自動的に出版社からは出してもらっています。

骨髄バンクの本を出すと赤字になると、戦々恐々とされているんですけれども、無理矢理2割りは返してもらうと、そういう形で骨髄バンクへの協力をしてもらってます。

ぜひ、ご理解深めて頂く為にも、本を買っていただけると、ありがたいなというふうに思います。」

「それでですね、出版社の赤字がそうなんですけど、実を言うと我々こうやってこの本を名古屋から運んでくるわけですけど、本当の赤字なんです。赤字の上に赤字。それでも本を売るというのは、利益うんぬんではなくって一人でも多くの人に本を読んでもらうなりして、理解をしてほしい。わかってほしい。ま、そうゆう様な事で、本をならべています。」

「ぜひ一度手に取って見て頂くのもありがたい事ですよね。あの、もし、最後にあったら・・いいですか?」

「さっきも言ったように、まず理解をして頂きたいと思います。

そして、骨髄バンクとはどういうものか、患者さんの立場とはどういうものか、ドナーになるとは、どういう事なのかという事を、その表においてある本を読みますと半分くらいは解答を得られると思います。

ぜひお読みになって頂くなり、また私も西尾ですのでね、電話なりFAXなり頂ければ、いつでもご説明させて頂きますのでね、今後ともご協力の方お願いいたします。」
「私は最後に皆さんにお伝えできるとしたら、、登録ではなく、何か協力をしていただきたいという事。

それから、もしかしてこの中に、患者さんのご家族なり、ご本人がいらっしゃったなら、一つメッセージを送りたいと思います。

今日、今を信じて生きて下さると明日につながりますよね。明日を信じて生きると明後日につながるかもしれません。

そして、その明後日はもしかしたら、あなたのお子さんやあなた自身に素晴らしい手が差し伸べられるかもしれないので、希望を失わないように、そしてこんなに多くの協力者が社会に入るんだという気持ちで頑張って頂きたいと思います。応援をしたいと思います。

゛頑張って下さい゛というのは何か突き放すみたいで、私は好きじゃないんですけれども、いっしょに頑張って行きたいです。

私自身がこのように元気に過ごす事が出来るのも、長谷さんや多くの人達の援助で楽しい毎日があるから。

今もしかして苦しんでおられる患者さんや、ご家族の方がいらっしゃるなら、今日を信じて明日もまたいっしょに頑張っていきましょう。

という事を伝えて、終わりにしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。」

「ありがとうごさいました。」
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