「51話」草津宿の名物は姥が餅である。姥「乳母」が餅は 戦国時代近江の佐々木義賢
は信長に滅ぼされ一族は離散した。義賢は幼い祖孫を乳母に託した。乳母は郷里の 草津に帰り、餅を売って祖孫の養育費とした。それに感心した草津の人々は「姥が 餅」と呼び、それから東海道筋で草津名物として売れ出したのである。

「52話」平安時代に大津宿の京都近くの「逢坂峠」に関所があり、十二神将の12人の が鎧兜に身を固めた関守が、強い形相で京都の「みやこの守り」を固めていた。
「古きみやこ京の鬼門を守りつつける十二の神将、天皇から褒美のことが」古書にある。

「53話」 ついに東海道の果て「京の三条大橋」に至る。多くの感慨胸に迫る。
三条大橋の東たもとに高山彦九郎の像が「臣、彦九郎・誠意足りず、、、」と御所に礼拝。
三条大橋を渡りきった処に、「弥次さんと喜多さん」の二人が多くの旅人を迎えたように、私を迎えてくれた。その笑顔は「私の東海道の53の話題「ミニ情報」
の旅を笑顔で53宿話題を結んでくれた。「有り難う読者の皆さん ありがとう
そして弥次さん・喜多さん・「ありがとう」。
そして、インターネットを開いてくれた諸兄に「感謝」します。

西暦2002年「平成14年」「東海道宿制四百年記念」出版・・「東海道と宿場の魅力」 刊行に寄せて、、インターネット開設・編集・ミニ情報を「五十三話」として編集した。 2002年5月 「東海道と宿場の魅力」発行本。編集者 鈴木幸朗
─────────────  東海道道中 「53話」ミニ情報 編集 鈴木幸朗──

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