1980年代以後の日本の租税・社会保険料の所得再分配効果 前のページ
松井吉三
1 問題提起と要約
租税負担の実証分析は数多くある1)。筆者も、過去の論文で、租税と社会保障負担の所得階層別負担の実態を明らかにしようと試みたことがある。1950年代後半の平均負担率の大幅な減少と高収入世帯でより大きい負担率の減少、1960年代後半以後の給与所得税、申告所得税、社会保障の再分配効果の大幅な減少を検出した。1970年代以後では、賃金に対する全般的な増税攻勢と利潤・キャピタル・ゲインに対する差別的減税によって、特に最高所得者層の負担のみ軽減されていることを析出した2)。但し、検証が1970年代で終わっている。また法人税の家計への配分を考慮しなかったこと。さらに種々の統計数値をそのまま使用するという誤りがあった。さらに1980年代以後、消費税の導入、所得課税の減税基調により、税制の側の変動も大きい。そこで、ケース・スタデイ手法の導入、米国との比較、並びに法人税をふまえて、1980年代以後の日本の租税と社会保険料の負担(以下公的負担と呼ぶ)が所得分配をいかに改善したかについて検証することとした。
社会保険料を含めたのは、負担と受益のつながりという観点からみた場合、健康保険、公的年金に対する支払保険料は、負担そのものだからである。年金の給付は、一つの世帯のなかで、同居世帯員に還元される場合も少なくない3)。他方、健康保険、公的年金がともに保険制度を標榜しながら、給付の多くが現年度の現役勤労者世帯に対する強制徴収の性格を有する保険料収入又は税金で賄われている。さらに殆どの所得階層で税負担より社会保険料負担の方が格段に大きい。社会保険料を無視して、公的負担の実態を検証することはできない。
実証分析の結果、税・社会保険料、法人未分配利潤のすべてを考慮した後の家計の所得分配は、この20年間で当初家計所得の所得分配を12%程度不平等化させて(ジニ係数の変化割合は1980年マイナス11.8%、2001年マイナス12.2%であった)推移したことを析出した。(4)
租税については、1980年以後の日本の租税(所得税・住民税・間接税)の所得再分配効果について、70年代までに低下した再分配効果の水準が基本的に維持されていること(近年は僅かに低下傾向)を析出した。筆者の過去の論文の結果と接合すれば、1980年以後の20年間は、系譜としては70年代後半以後の低成長税制の特徴を継続していたことが分かった。再分配係数(当初と税引後の所得のジニ係数の変化の割合:プラスの数値で公平に資する効果とする)は、1980年6.2%、2001年5.5%であった。同時に、社会保険料の再分配公課は殆どないに等しいことも分かった。したがって、税・社会保険料を合わせた公的負担の再分配効果は、上記の税のみの再分配効果の状況を変えるには至っていない(再分配係数1980年4.75%、2001年5.28%)。
さらに中味を吟味すれば、社会保険料の負担が全体として増大するなかで、最低所得層の社会保険料の負担増がとくに目立っている。主に厚生年金保険料の上昇の為、家計の総負担率は上掲の20年間に13.2%から、17.6%に増大した。内、10分位中ボトム第1分位の給与所得者世帯(内、社会保険料は政府管掌健康保険の社員負担額をカウントした。)の負担率は、同上年間に10.2%から15.1%に上昇した(後掲表−4参照)。
法人税については、法人利潤と法人税等を直接家計に配賦すべきであるが、本稿では法人税を控除した企業の未分配利潤を、配当所得の申告状況で家計に配賦した。法人未分配利潤の不平等拡大効果も大きかった。
負担の計測にあたっては、法人利潤・法人税等の税の株主への帰着を想定した。間接消費税は消費者が負担する。社会保険料は自己負担部分を社員が負担するものと仮定した。
2 所得分配の実態
2.1 近年の格差拡大について
所得分配が平等な国では、累進課税の要請は薄い。所得分配が不平等な国では、累進課税、社会保障による国民所得の再分配は不可欠である。資本主義が進めば進むほど、労働の生産力が増大するほど、需給ギャップは増大するのであるから、労働力市場から追い出される労働者が増える。ごく一部のエリートが大勢の労働階級の上に立つという構図は、資本主義のなりゆきから明らかである。アメリカがその不平等社会の最たるものである。とくに1980〜90年代のアメリカ、イギリスでは、上位10%と下位10%のあいだの格差が拡大したといわれている。アメリカに次ぐ資本主義国であり、アメリカ型競争社会を目指してきた日本が、分配面でアメリカに次ぐ不平等社会であることは容易に予想出来る。
日本の場合、高度成長の過程で農業、または自営業者の労働者化がドラスチックに進んだ。労働者世帯が増加するとともに、成長期に労働力需要の増大により、低所得世帯の収入が伸びた。戦後全体を見通した場合、1980〜90年代は、高度成長期の後の低成長期に含まれる。低成長下、旧ソ連、中国などの低賃金労働力が資本主義国に包摂されることにより、不況をより長期化、深刻化させている。不況が長引けば、所得ひいては資産分配は不平等していると考えるのが自然である。
戦後の所得分配の流れでみると、1960〜70年代初期の高度成長期に大きく分配の平等化が進んだが、1970年代半ば以後の低成長期には若干の不平等化が進んでいる。1980-90年代でも、バブル崩壊後の不況の長期化、深刻化により所得ひいては資産分配は不平等化していると考えるのが理論的である。
しかし、近年の不平等化は論者の間で一致した見解ではないのである。逆に日本は統計上所得分配が平等であるとする論者の方が多い。実際ジニ係数の推移でみても、不平等化の傾向はあるが、高度成長期の一部にみられたような際だった変化ではない。
筆者は、分配に関する統計の信頼性を実感として疑っている。分配面の公平を語る場合、ひとつの統計の数値に頼るのではなく、生活の実感、景気動向、雇用動向、企業収益、企業の株主構成など、多角的に見なければ真実が見えないのではないかと考えている。とくに企業収益のあり方も重要なファクターであると考えている。企業所得は、80-90年代では30~50兆円あり、これが個人所得者の上層に帰属するのであるから、分配上見逃すことはできない金額である。形式上は法人所得の内未分配部分のみが帰属計算の対象になるがそれでも無視することができない。
筆者の個人的意見をいえば、最下層に失業者、無職の世帯群があり、この群は全体の1割。その上に零細企業のサラリーマン世帯、零細個人自営業者世帯、中小企業のサラリーマン世帯が続き、その上に中小企業のオーナー経営者、大企業のサラリーマン世帯。最上位層に高級公務員と大企業の経営者・オーナーの世帯である。この内最上位層は数が非常に少なく、統計上に表れることはない。通常所得5分位で上層20%にはいるのは大企業に勤める中堅サラリーマン世帯と思われる。といって下位20%が無職世帯主世帯かというとそうでもない。
近年、失業率は増大しており、素人の強盗、窃盗が急増している。自己破産が急増し、リストラは常態化し、業績の良くない会社の社員はリストラの恐怖に怯えている。他方で、大手サラ金業者は1社あたり1兆円以上の貸付金を誇り、急成長している。一部製造企業は、人員、設備のリストラで最高利益を出している。
数値化しづらいが、生活水準では確実にバラツキがでており、生計が成り立たない世帯が増加している。また国の社会保障政策の後退によって、老後の生活不安が現実のものとなっており、現在の高齢者より、将来の高齢者の方が金銭的に恵まれないという予想が大方支配している。全国民に対して、将来に渡って、生活が惨めでない程度の暮らしが国によって保障されなければならない。中軸は年金であるし、他は住居であり、医療補助等である。これらの施策立案が最優先である。重要なのは公正・公平の理念である。少子・高齢化社会の税制はイコール社会保障政策の充実でなければならないし、そうでなければ生産と消費のギャップは埋まらず、経済成長にとってもマイナスとなるであろう。
2.2 所得分配の実証分析
1980-90年代の日本の所得分配について、企業所得を視野にいれた、不平等度を検証する。総務庁の『家計調査年報』の全国勤労者世帯10分位のデータでジニ係数を算出すると、1979年0.1881、1989年0.2071、1999年0.2000であった。収入の成分で見ると、世帯実収入よりも世帯主勤め先収入の方でやや公平であった(1979年世帯主勤め先収入のジニ係数0.1609、世帯実収入0.1881)。『家計調査年報』では、1980年代以後若干の不平等化の傾向が見られるが、世帯主の収入の不足額を実収入以外の収入で補う構図が毎年見られ、最低所得階層でも世帯収入としては平均値に近い収入を得ている。したがって、不平等度を測る統計としては不適当である。
そこで国税庁の『税務統計から見た民間給与の実態』の1年勤続者の所得階層別データでジニ係数を算出した。1980年0.3205、1985年0.3411、1990年0.4216、2000年0.4505と不平等化の傾向が顕著であった。初任給の伸び悩み、中途採用者、女子等の給与水準の低さが直接、格差拡大としてあらわれていることが明確である。ちなみに、『税務統計から見た民間給与の実態』で1980年以前のジニ係数を算出すると、1954年0.3622、1955年0.4060、1962年0.5298、1970年0.3177であった。このように、ジニ係数で、1950年代後半の上昇と、1960年代後半の劇的な低下が見られた。この結果を合わせると、1960年代後半以後の顕著な平等化と1970年代後半以後の不平等化傾向の定着、並びに1980年以後の顕著な格差拡大傾向を読みとることができる。
法人利潤はこれらの傾向を強める。配当所得の所得階級別の申告データにより、法人の未分配利潤を個人所得に換算・配賦すると、個人所得を6〜7%を追加・増額する。家計収入レベルでは、法人の未分配利潤は、当初所得ジニ係数を14%増大(逆配分効果)させた。ついでながら、法人所得が多い年度ほど、個人所得影響率も高くなることも明確である5)。
3 所得税の負担の現状と歴史
3.1 所得課税の中心度
所得分配が不平等な国では、再分配をする必要がある。所得課税によってもこの目的の一部を達成することができる。所得税は殆どの国で累進所得税であり、法人税も低所得分に対して軽減税率となっている国が多い。これらに対して、消費課税は消費額あるいは消費量に比例して課税される場合が多く、所得に対しては逆進的な負担となる。
国民所得に占める所得税と法人税の合計額の割合を所得課税の中心度とすれば、日本は1991年の12.9%をピークに順次低下する(以下財務省『財政統計』により筆者試算)。2001年で約7.6%であり、米国の16.6%と比較して約半分である。所得税の国民所得に占める割合は、日本は1990年の7.6%をピークに順次低下する。2001年では4.8%であり、米国の11.7%と比較して約4割である。法人税で同割合を見ると、日本は1988年では6.2%と、所得税と同額かそれに近い水準であったのが、1990年代に法人税収の絶対額が低下したことにより、2001年では2.8%に低下している。米国の法人税の同比率は2001年で2.7%である。米国では連邦税の中で所得税の占める割合が高く、法人税収は個人所得税収の2割前後で推移している。
それにもかかわらず、日米両国の国民総負担率がさほど変わらないのは、米国の社会保障税の規模が日本の社会保険料の規模に及ばないことによる(米国では国民を包括する公的健康保険制度がないことによる)。
米国の所得税の割合が高いのは、米国では、S法人など小規模法人が個人課税を選択して、法人税課税を受けないこと、また起業形態としてのパートナーシップの存在も影響していると思われる。多国籍企業のタックス・プランニングの影響による部分も大きいと思われる。
日本の1990年前後の所得税は、土地等の譲渡所得の実現によるものが多く、ベースとしての所得税は、米国と比較して約半分としてよいであろう。
これは、米国の1人当たりの所得税の負担水準が日本と比較して2倍程度になっていることを示唆する。
3.2 所得税の負担水準
日本の所得税の負担水準を給与総額と比較して、推移をみることとする。国税庁の『税務統計から見た民間給与の実態』の1年勤続者で見ると、1954年8.5%、1963年5.0%、1970年4.5%、1980年3.6%、1985年4.5%、1990年4.8%、1991年5.0%、1994年4.13%、1996年4.2%、1999年3.7%、2000年3.8%とだいたい5%を基準に物価調整減税により、所得税負担が大きくならないように維持されてきたことが分かる。
1994年は、年末調整で20%の定率減税が実施された初年であり、以後制度がそのまま残って現在に至っていることを表している(但し1997年は定率減税が停止された。1998年は一律5万円の定額減税が実施された)。
定率減税は、2002年現在、算出税額の20%を25万円を限度として減額する制度で、恩恵は高所得者ほど多い。
筆者が税引前と後のジニ係数の変化率(再分配係数)で所得税の所得再分配度を計測したところ、1954年9.64%、1955年7.48%、1962年2.80%、1970年4.47%、1975年3.03%、1980年4.17%、1985年4.43%、1990年3.46%、2000年2.37%と、高度成長期の急減、1980年代以後の低下傾向が目立っている。
給与所得税の再分配係数が低下したのは、1970年代以前は、ブラケット・クリープによる税負担を排除する物価調整的な減税に由来する。1980年以後は、1989年の最高税率の大幅な低下、1994年の定率減税の実施を反映している。戦後日本では、一貫して、所得税減税の効果が低給与所得者に及んでいないこと、また1980年代以後については、1990年代の所得税の地位の低下傾向と、再分配効果の低下傾向が特徴的であることを検出することができた。
同様に、大蔵省『税務統計から見た申告所得税の実態』各年分により、申告所得者の再分配係数を計測した(合計所得と算出税額との比較により計測)。その結果、再分配係数は、1972年7.54%、1980年10.35%、1991年7.28%、2000年7.53%と、1980年以後の若干の再分配係数の低下傾向を検出することができた。申告所得者については、土地等の譲渡所得の実現により合計所得の分布自体が年により大きく変動している。例えば1991年についてはジニ係数は、土地譲渡を反映して0.5951と非常に高かった。また、1991年の合計所得に対する平均所得税負担率も、土地等の長期譲渡所得の原則20%の比例税率の適用により、1500〜2000万円の所得者(23.0%)と5000万円以上の所得者(23.9%)で殆ど変わらず、ジニ係数の低下を阻んでいたのである。
申告所得には、安定的に推移する給与所得(1991年19.73兆円、2000年18.05兆円)が含まれている。また、譲渡所得の減少(1991年17.65兆円、2000年3.58兆円)、事業所得の減少(1991年8.04兆円、2000年5.05兆円)、申告所得額の約18兆円の減少(1991年59.11兆円、2000年41.22兆円)、算出税額の4.3兆円減少(1991年9.80兆円、2000年5.49兆円)により、申告所得税そのものの地盤沈下が見られる。
申告所得には給与以外の所得がかなりある。それでも1980年以後、申告所得税の再分配係数は、給与所得の場合と同様な変化を示している。それは、税率の低下と定率減税のほかに、特殊要因として、バブル期の土地譲渡益が効いていると思われる。
3.3 所得税負担の水準 米国と比較
給与所得をメインとする世帯の所得税の負担は全般的にかなり低いといえる。総務庁『家計調査年報平成13年分』により、勤労者世帯の所得税負担率を試算した。家族人員は、各分位で3人台であるので、夫と妻、子供1人を各分位で想定する。世帯主は夫であり、妻は配偶者としての勤め先収入を有するものとする。夫及び妻は年末調整を実施しているものと仮定する。世帯の実収入に占める所得税の割合は、第1分位0%、第2分位0.41%、第3分位0.86%、第4分位1.43%、第5分位1.66%、第6分位1.91%、第7分位2.30%、第8分位2.62%。第9分位2.97%、第10分位4.98%とであった。全分位で所得税の最低税率10%を下回っている。配偶者の収入、所得控除が効いている。第10分位が比較的高負担なのは、配偶者の収入が194万円あり、配偶者控除をしていないこと、配偶者も所得税負担が予想されることなどによっている。
日本の勤労者世帯の負担の低水準は、年収モデルケースで、米国と比較することにより、明確である。筆者は年収別のモデルケースで、日米両国の2002年の所得税負担率を計測した。妻のパート収入を0円、家族総人員4人、17才未満の扶養子女の数2人、1ドル=130円。米国は、夫婦共同合算申告を仮定する。日本の特定扶養控除を考慮しない。
ケース1は、夫の給与収入360万円、ケース2は同700万円、ケース3は同1200万円、ケース4は同2000万円とする。
ケース1では日本の所得税は0円、米国は勤労所得税額控除(EITC)による還付額107,900円。ケース2では日本の所得税177,800円、米国の所得税428,900円。ケース3では、日本の所得税766,200円、米国の所得税1,580,700円。ケース4では日本の所得税2,731,700円、米国の所得税3,732,600円であった6)。日米所得税負担の比較表を表−1(http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/nichibeishotokuzei2002.xls)に掲載した。
表−1 日米所得税負担比較表 を挿入
低所得世帯では、EITCの効果により、米国の所得税負担が小さい。しかし、年収700万円クラスだと米国の所得税は日本の2.4倍、年収1,200万円クラスで2.0倍、2,000万円クラスで1.3倍であった。国民所得に占める所得税の割合を算定したところで予想されたように、中堅所得者では米国の所得税負担額は、日本の2倍強であることが判明した。米国の所得税の課税最低限は、所得に応じず一定(設例では258万円)である。したがって、米国課税最低限の金額は日本に比較して、それぞれのケースで0.72倍、0.56倍、0.48倍、0.46倍であった(EITCを考慮せず)。米国の所得税負担が大きいのは、中堅所得層の課税最低限の低さによることが明らかとなった。
米国と比較して日本の課税最低限が高いのは、日本の「給与所得控除」の高水準と、又米国の社会保障税が税ゆえに所得控除されないことによる。米国には、給与所得者の税負担を優遇する「みなし必要経費」の制度はない。日本でも説明のつかない「給与所得控除」は、必要ない。又、社会保険料が課税最低限を上げている。社会保険料の税への転換は必要不可欠である。社会保険料控除も必要ない。その代わり扶養控除等の人的控除の上昇は必要であろう。「給与所得控除」撤廃に見合うかたちで事業所得者の青色申告控除は撤廃すべきである。税務会計処理では、定率法(減価償却方法)の選択を撤廃して、定額法に統一すべきである。
応分の負担を求め、それに応ずることは、民主主義の基礎である。納得して納税することが、豊かな民主主義社会を支える。このための納税は低所得者でも必要である。10%の税率は低所得者でも必要ではないか。その代わり、低所得者の社会保険料は大幅に引き下げられなければならない。他方、国税としての消費税の拡大は、所得課税の補完的な地位を維持すべきである。財政民主主義の観点からは、所得税減税と見返りの消費税減税は最悪のセットでる。むしろ逆進課税の消費税は、応益課税の意味合いが強い地方税とする方が向いている。
3.4 住民税を含めた個人所得課税の負担水準
『家計調査年報』の勤労者世帯の10分位の世帯実収入に占める住民税の割合は、平成13年(2001年)の収入モデルで、第1分位から0.11%(年3,500円)、0.53%(21,700円)、0.73%(34,200円)、1.00%(52,900円)、1.10%(64,200円)、1.22%(77,300円)、1.57%(113,600円)、1.96%(158,500円)、2.38%(215,900円)、3.39%(409,000円)であった。第1と第2分位では、所得税よりも住民税の方が多かった。第3分位では所得税の84%、以後所得が高まるに従って、住民税の比率が低下して第6分位では63.5%、以後又徐々に高まり、第9分位で80.2%、第10分位で68.1%とまた低下する。第10分位のみ妻が住民税を負担しているにもかかわらず、住民税の所得税に対する割合が減少するのは、県民税の税率構造が2%と3%の2段階税率、市民税の税率構造が3%、8%、10%の3段階税率であることによる。
住民税の負担構造は、所得税より累進性が劣っている。住民税を合わせた税負担の累進構造を軽微に上昇させるに止まった。2002年の『家計調査年報』勤労者世帯実収入に占める、所得税と住民税の合計額の割合は第1分位から、0.11%、0.94%、1.59%、2.42%、2.76%、3.13%、3.86%、4.58%、5.35%、8.37%であった。
下記URLに1980年と2001年分の日本の10分位収入階級別所得税・住民税の負担額を試算した。
(http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/1980igosozeihutanhuzokuhyou.htm1980年と2001年分の日本の10分位収入階級別所得税・住民税負担額試算のほか本稿で利用した他の税のシミュレーションを一挙公開している。)
にも参照。
4 法人税負担の現状と歴史
4.1 所得税の補完物としての法人税
国税収入に占める法人税の割合は、日本で約19.6%(2000年当初)、米国で約16.9%(1998年度決算)、イギリス13.4%(1997年決算)、フランス13.6%(1998年決算)、イタリア7.9%(1997年決算)ドイツ4.9%(1998年決算)である。欧州諸国では間接税の比重が重いため、法人税の地位が相対的に低くなっている7)。
米国では、法人税は個人所得税と独立しており、配当に含まれる法人税を個人所得税から差し引くなりする措置がとられていない。したがって、S法人など個人的色彩が強い企業は、経営的・法律的には企業でも個人所得課税を選択するケースが多いと思われる。米国では法人税は完全に純粋の物的会社のものであるといえる。多国籍企業を多く抱える米国にしてみたら、法人税の税収水準は低いといえる。ヨーロッパ諸国はなんらかの形で法人税と所得税が統合されている。
税負担を考える場合には、法人税と所得税は一体としてとらえるべきである。リーガルに法人を独立物として捉えると、資本家一般と労働者一般との対抗軸が浮き彫りにならないからである。所得税を補完する意味で法人税は重要である。
4.2 法人税の負担水準
日本の場合、法人税の基本税率は1984年4月から1987年4月に終了する事業年度の43.3%が最高で、以後80年代後半から90年代に至るまで、42%、37.5%、34.5%と下がり、1999年4月以後終了事業年度からは30%になっている。低所得部分に適用される軽減税率も昭和59年(1984年)4月以後終了分の31%から、1999年4月終了分の22%と、15年間に約10ポイント低下したことになり、この間の所得税の減税傾向と歩調を合わせている。
法人税の場合、所得税とのハーモニゼーションとともに、投資資金のグローバル化の進展により、他国とあまりにも異なる負担を強制することができない。実際の負担はともかく、表面税率の違いは国際間で似通ってきている。法人税の税率が上がったから、法人所得が減少したこという事実もない。事実はこの逆である。この意味で税制の効果は限定的であって、所得の分け前の変化をもたらす位が関の山である。財政赤字を考えず、「税率の低下」という税制の国際的な流れに乗り、所得再分配を無視した法人税減税が行われてきたといえる。法人所得の多い年分でその一定割合としての未分配利潤も多いのである。1980年以後でみると、1990年の法人申告所得50.4兆円をピークに以後一貫して低下して、1999年には31.1兆円まで低下した8)。
法人税の法人申告所得に占める割合を算出すると、1999年で平均33.8%であった。資本金階級で見ると、当割合は、資本金階級100万円未満が28.2%、同100億円以上の法人が34.5%であった。『税務統計から見た法人企業の実態』では、所得階級別の統計が発表されておらず、資本金階級を所得階級に読み替えると、大企業と零細企業の実効税率の格差が極めて少ないことが分かる。
4.3 米国と比較して、比例課税の日本の法人税負担水準
実効税率の比較では、実際の法人税の負担水準は分からない。そこで、四つの所得、費用ケースを取り上げ、日米双方の税基準で企業の負担水準を比較した。比較時点は2002年である。法人利益に事業税をプラスした仮の数値に占める法人税の割合を法人税負担率として、所得階級別に算出した。
その結果、日本の法人税が米国と比較して低所得で高く、高所得でほぼ同じか僅かに低い程度であることが判明した。日本の場合、法人税の法人所得(損金算入事業税を加算)に占める割合を試算した(「法人税実効税率」。損金不算入交際費を所得としているので、一般にいわれる実効税率より低めである)。利益250万円(ケースA)では21%、同500万円(ケースB)では21%、同2500万円(ケースC)では25%、同2.5億円(ケースD)では27%であった。法人税と地方税の合計額の法人利益(事業税は経費に算入されているものと想定)に占める割合(「実際総負担率」)で見ると、それぞれ35%、34%、44%、53%となる。
これに対して、米国では、法人税の実効税率が、それぞれ14%、14%、28%、31%である。低所得の実効税率が日本より7ポイントほど低い。高所得では、米国の法人税実効税率の方が若干高い。「実際総負担率」は、26%、26%、44%、47%であった。やはり低所得のケースで日本より10ポイントほど低くなっている。「実際総負担率」で見ると、高所得では、日本の方が若干高い。
一般に日本の法人税は高いものと誤解されている向きが多い。しかし、問題は実効税率の高低ではなかった。筆者のシミュレーションによれば、所得階級別負担の実際で、米国と比較して、日本でより平均的な負担構造になっていることが判明した。
この原因は以下の2点である。ひとつは、米国の法人税の限界税率が15%から35%まで緩やかに上昇するのに、日本では22%と30%の2段階税率であること。米国の場合、これまで法人税と個人所得税との統合、調整が一切考慮されてこなかった為、法人に累進課税の余地があった9)。もうひとつは、交際費の損金不算入割合の違い(2002年現在、資本金5000万円以下法人で支出額400万円まで2割、支出額400万円超の部分は全額損金不算入。米国は一律5割)である。日本の大企業の決算書ベースで見る総負担率が高いのは、交際費等損金不算入による部分が大きい。その上、中小企業の交際費と異なり、大企業の交際費は「利益の費用化」たる部分が大きい。大企業の交際費が実質的利益であることを考慮した場合、一概に日本の大企業の法人税が高いとはいえないものと思われる。上記の米国のケースはカリフォルニア州の州所得税を考慮した場合である。州所得税を含む総負担率を推計した場合は、カリフォルニア州の州所得税率が8.84%と低いために、低所得で日本の総負担がより重く表示された。
しかし、ニューヨーク市の企業は、州所得税のほか法人所得に課税される市所得税を負担しなければならない。この場合には、米国の総負担率が各所得ケースで底上げされるものと思われる。米国の場合、州所得税の場合は、州で税率が異なるので、地方税を考慮した総負担を比較することに問題がある。
法人税負担のみを比較すると、日本の場合、年800万円以下の所得に対する税率の22%が効いており、所得階級間で米国より平均的となっている。法人税の基本税率を据え置いて、軽減税率を10%程度に引き下げる余地がある。表−2に法人諸税の日米比較表を掲載した(http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/hikakuhoujinzei2002nen2.xlsにも掲載)。
表−2 日本の法人税は高いか? をここに挿入
このほか、社会保険料の会社負担分、小売売上税も実際は給与追加分等として会社の負担になっている場合がある。税外負担も総額では、巨額にのぼっている。帰着仮設と合わせて負担の検証の必要がある10)。日本でも、消費税導入時に消費税を顧客に100%オンできず、一部、企業負担となったケースがある。
5 間接税の負担の現状と歴史
5.1 消費課税のあり方
消費税が導入されるまで、日本の国税の消費課税は製造課税、従量課税を基本としていた。したがって、高度成長期をとおして、所得の増大に応じて、その地位が低下した。大蔵省『財政統計』によると、国税のなかの間接税の比率は、1950年度決算の48.6%から1989年度決算の25.8%にいたるまで、ほぼ半減した。しかし、1989年の消費税創設以後、所得課税の税収が落ち込んでいることもあり、徐々に持ち直しており、2002年度決算では当比率は40.5%まで上昇している。消費税創設後も酒税、たばこ税、揮発油税の税収は国税の10%前後を占めている。
消費税の税収は、創設時以後5兆円前後で推移した。1997年の税率アップ以後(3%から5%にアップ。内1%は地方消費税として地方に譲与される。)、10兆円前後で推移している。2000年度以後、所得、消費の減少から税収が停滞傾向にある。しかし所得課税と比較して、安定的な税源となっている。
税の垂直的公平の見地からいえば、消費税のような消費課税の地位が上昇することはのぞましいことではない。収入階級が異なっても、消費の絶対額にはそれほど変化がないからである。また、このことは一般的な消費課税に限らない。酒税、たばこ税、揮発油税の場合も同様である。
次に、低収入階級は、消費支出の方が実収入より格段に多い。預金の取り崩し、借入等の収入により、勤め先収入を補完している。
最適課税の理論からすれば、超過負担の少ない税が最適である。必需品への課税ほど望ましく、限界超過負担の高いものの税率から引き下げるべきことになる。一般的な消費税は最適であり、労働力商品のみへの課税は望ましくない。しかし厚生分析はスタートの公平が確立されているのが条件であることを念頭に置かなければならない。
民主主義的観点からは、経済学的所得の応能的負担を求めるために、税制全体で対応することである。消費課税の補完的地位を維持することが重要である。逆進課税の強化は、スタートの公平に反し、結果の社会的公平に反する。
筆者も低所得者への所得課税の限界は感知している。消費税の上昇も財政的配慮からやむを得ないと思われる。その場合、所得課税の合理化と垂直的公平の強化も合わせて行うことが望まれる。
5.2 主要な消費課税の所得階級別負担率
消費税導入前の戦後日本の間接税の所得階級別負担率については、筆者の過去の検証結果11)があるので、参照されたい。それによれば、製造税、従量税を中心とする日本の間接税の不平等拡大効果は、高度成長期には著しく緩和された。しかし、低所得層の収入の伸びが緩慢な低成長期、とくに昭和50年代には、再び逆分配作用を強化した。
本稿では、1980年から2002年までの、主要な間接税の所得階級別負担率を推計した。税目は、消費税、酒税、たばこ税、揮発油税・地方道路税、物品税、電気・ガス税である。税額は全額消費者が負担するものと仮定した。『家計調査年報』の勤労者世帯の5分位の各消費額に、小売価格に占める税額の割合を乗じて、負担税額を算出した。当割合が示されていないぶどう酒、国産ウィスキー、ガソリンについては、消費量から税額を推定した。詳細な計測結果は下記アドレスに掲載した12)。
(酒税等負担額計算明細:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/shuzeitouhutan.xls、消費課税負担率:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/shouhikazeihutanritsu.xls)
1) 消費税
消費税については、1989年の創設、1997年の税率アップが負担を大幅に引き上げている。家計の消費税負担率は、税率改定前は平均で1.6%前後であったのが、1999年以後2.6%前後で推移している。消費税の税率2%のアップは家計レベルでは、1%の負担率の上昇を招いたこととなった。1999年以後、不況の長期化を受けて、消費支出も減少している。消費税の負担も全所得階級で減少している。しかし、この間実収入も減少している。1999年以後消費税負担率はかえって上昇傾向である。
2) 酒税
酒税は、酒の平均支出額が1980年に約4万円であったのが、1995年の5万3千円をピークに以後減少、2002年には4万5千円となった。しかし、この間、平均酒税負担額は1980年の約1万4千円、1995年1万8千円、2002年約1万4千円と、たいした変動はなかった。この原因としては、清酒、ウィスキーの税率低下、発泡酒消費拡大、中心を占めるビールの安定的な消費が考えられる。酒の階級別消費の特徴は、清酒が所得に敏感に変動するのに比べ、ビールは中間収入階級で一番消費が大きくなることである。
酒税全体の収入5分位の負担率の推移を見ると、1980年で第1分位から第5分位に至るまで、0.44%、0.42%、0.37%、0.32%、0.24%であった。2002年ではそれぞれ0.28%、0.26%、0.23%、0.20%、0.17%と平均化された。
3) たばこ税
『家計調査年報』によると、たばこは、高所得階級ほど消費の絶対額が少ない。これは酒にない特徴である。したがって、たばこ税は、酒税以上に所得に対して逆進的配列をなす。1980年以後、収入水準の上昇に合わせて、低収入階級を中心に負担率が減少している。2002年では第1階級から第5階級まで、0.27%、0.16%、0.12%、0.08%、0.05%の負担水準である。
4) 揮発油税及び地方道路税
モータリゼーションの普及により、1980年以後、ガソリン支出が各収入階級で2倍以上に、増加している。これを受けて、低収入階級ほど負担率が上昇している。1980年以後、税率は改定されていない。したがって、税負担の増大は消費量の増大による。
2002年では第1階級から順次、0.78%、0.66%、0.57%、0.49%、0.39%の負担水準である。
5.3 主要な消費課税全体についての実証分析
収入階級別の消費課税負担額と負担率を推計した13)。「消費税」だけの負担額と負担率、及び「消費税」を含む主要間接税の負担額と負担率を推計した。やはり1989年と1997年の消費税創設と税率アップが効いている。1999年以後は、3.5%弱で推移している。2000年以後、負担率が微増状況であることが判明した。表−3に1980年と2001年の消費課税負担率の結果表を示した(下記URLに同一の表を掲載。
http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/shouhikazeihutanritsu.xls)。
表−3 消費課税の所得階級別負担額の推計 をここに挿入
6 社会保険料の負担の現状
6.1 健康保険、厚生年金の負担
健康保険料は、政府管掌、組合管掌、国民健康保険に大別できる。一般的にそれぞれ厚生年金、厚生年金基金、国民年金に対応する。国民年金保険料を除いて、免除は原則として認められず、これらの保険料は、国民からすれば、税と何ら変わるものではない。この内、政府管掌分と組合管掌分は収入に対して定率の負担を求めている。
中小企業の社員を中心に国民を広くカバーする政府管掌の場合でいうと、健康保険料の料率は、2003年4月現在、一般の場合1000分の82、介護保険の被保険者である場合、1000分の90.9である。厚生年金保険料は、1000分の135.8である。2003年4月の改正以後、総報酬に対して料率を掛けて保険料を算定する。改正前は、厚生年金保険料の料率は標準月額報酬に対して、1000分の173.5であった。これらの保険料を被保険者と事業主で折半する。2003年4月の改正では、月額報酬分の保険料を減額する代わりに、賞与からも定率の料率を適用することにより、賞与の少ない中小企業を除いて負担増となる。
報酬の上限はあるとはいえ、定率の料率の性格上、低所得者に厳しい負担を求めるものである。実際、『家計調査』の勤労者世帯について、収入階級別に健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料の負担額、負担率(家計実収入に占める社会保険料の割合)を再計算すると、最下層第1分位世帯で約35万円(本人のみ)で10.6%、最上位第10分位世帯で約100万円(夫婦2人分計)8.4%である。1980年では、第1分位約15万円7.0%、第10分位5.0%(本人のみ)であった14)。健康保険料率に大きな変更はなかったので、社会保険料の負担が増大したのは、厚生年金保険料の料率上昇による。厚生年金保険料の料率は、1980年で1000分の91(男子一般)であった。
6.2 国民健康保険、国民年金
国民健康保険料は、通常の生活を送るかぎり、納めることができない。国民健康保険料は、所得割、資産割、人数割、世帯割の合計額で決定される。福岡市では、所得割が市民税の所得割額の720%、これに1人分の均等割が加わる。独身でアパートに暮らす年収240万円の人を想定する。市民税の所得割が6万円弱とすると、国民健康保険料は上限の52万に近い約47.9万円に達する15)。これに国民年金が加わると、約63万円の社会保険料となり、給与収入に対する社会保険料の比率は、なんと約26%となる。 愛知県岡崎市では所得割が市民税の所得割の358%、資産割が固定資産税額の100分の29、家族1人について25,600円、世帯別平等額が25,150円、最高限度額530,000円である。介護保険料も所得割、資産割、被保険者均等割、世帯別平等額、最高限度額70,000円がある(2002年)。『家計調査年報平成13年』の第8分位に相当する所得680万円の自営業者は、国民年金319,200円と国民健康保険料630,000円 の計949,200円の社会保険料を納付する。同額の給与収入の政府管掌の健康保険、厚生年金加入世帯では、約745,000円になる。国民健康保険料の平均負担水準は、所得が低下するほど高くなる。
6.3 社会保険の税システムへの転換の提言
もともと赤字体質の国民健康保険、政府管掌健康保険を独立会計で運営することは無理である。同時に、国民にこれ以上の負担を求めることは出来ない。税金的性格の国民健康保険料を無理に納付すると、国民年金保険料は必ず未納となる。実際、国民健康保険の未納割合は2割前後あるといわれる。国民健康保険は、退職者、自営業者をカバーする。国民健康保険加入者の平均所得は、『家計調査年報』の10分位中最下層に位置する。国民年金については、強制負担となっているにもかかわらず、対象者の38%程度が脱落しているといわれる。年金制度不信と合わせて、同程度に納付困難の状況が続いている。治安の維持等の必要性からいって、個人ベースで、国民全員に最低で文化的な生活を営むことができる年金を目指すべきである。その際、基礎年金をカバーするに等しい消費税率の引き上げを想定すべきではない。特殊法人の廃止、地方の財政的独立と合わせて、支出全体を見直す必要がある。消費税の引き上げで国債所有者の利子を払うのは愚の骨頂である。国債等の債務の一律何割かの棒引き措置の実施の方がましである。負担のバランスを維持する上で、消費税を引き上げる場合は、高額所得者、高額資産保有者の差別的重税を課すのが分配論的見地から正しい。世代間不公平を言い出せばきりがない。いまのリタイア世代は、休みもなく働くことで、経済成長の礎を築いてきた。現在の政治体制の維持を優先するのであれば、厚生年金の報酬比例部分は廃止されるべきである。
7 結語
7.1 1980年以後の収入階級別公的負担の実際
勤労者世帯についての実証分析を総合すれば、1980年以後の租税の再分配効果は低水準で安定している。高度成長期の一時期に大きく下げた再分配効果の水準が、低成長期にそのまま維持されてきたわけである。1980年以後、税・社会保険料の所得再分配効果(再分配係数)は4−5%であり、たいした変動はなかった。定率保険料の社会保険料の所得再分配効果は殆どゼロであり、負担水準の比例的増大は低所得階層には厳しい。主に厚生年金保険料の負担増大により、税・社会保険料を合わせた公的負担が各収入階級で増大している。所得税については、1989年の所得税の最高税率の急激な低下、近年の20%定率減税が再分配効果の僅かな減少を招いている。消費税については、税率5%でも家計収入にとっては、かなり負担が大であり、且つ平均的な税負担になっていることが判明した。それでも、表−1の各収入階級の租税・社会保険料負担率が国民負担率(2001年37.8%)(16)よりかなり低い原因の一つは、社会保険料会社負担分を考慮していないからである。これを考慮すれば、低所得者の負担率は約2倍になる。1950年代後半、1960年後半〜1970年代前半に税・社会保険料の所得再分配効果が大幅に減少したことと合わせると、1980年代以後の20年間は、系譜としては70年代後半以後の低成長税制の特徴を継続している。
法人税については、基本税率の大幅な低下により、最近20年間で法人税等の負担はかなり減少したものと思われる。筆者の仮定によれば、法人未分配利潤の所得分配に与える格差拡大効果は少なくない。法人の未分配利潤を家計に配賦して、税・社会保険料を控除した後の所得分配のジニ係数は、当初所得のジニ係数を11.8%(1980年)、12.2%(2001年)アップ(不平等化)させた。なお収入階級別家計総負担試算にあたっては、法人利潤、法人税の株主への帰着、間接消費税の消費者への帰着を想定した。表−4に収入階級別税・社会保険料、法人未分配利潤の帰属一覧表(URL http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/sozeihutankekkahyou4.xlsにも掲載)を示した。
7.2 税制改革の提言
以上の実証分析とケース・スタデイ、税理論の公平性・簡便性の視点から税制改革については、下記の具体的提言が可能である。大枠では、所得課税の強化と低所得層の社会保険料の引き下げが喫緊の課題である。
所得税については、給与所得控除を廃止する代わりに基礎控除・扶養控除を増大させる。筆者は、低所得者でも所得税のなにがしかは負担する方がよいと考える。最低税率適用者の増加と高所得者の限界税率の10ポイント程度の引き上げにより所得税の復権と一定の累進度の確保をはかる。法人税では米国との比較から、基本税率を据え置いた上で、10%の税率ラインを創設する。
健康保険制度の制度間で異なる受益、保険料も問題である。国民健康保険、健康保険、厚生年金に税方式を導入するとともに、低所得者の保険料負担を通常の生活で納付できる水準に減少すべきである。安易な消費税増税の前に、既存の政府支出システムが見直されなければならない。とくに補助金行政の廃止、地方税源の充実など財政民主主義が具体的措置で確保されなければならない。消費税率のアップは財政事情から仕方ない面もある。その場合でも、税制全体の累進税率が維持されるようにすべきである。
表−4 収入10分位別勤労者世帯税・社会保険料負担一覧表
|
年分 |
収入階級 |
平均年実収入金額@ |
所得税 |
住民税 |
社会保険料 |
間接税 |
負担計A |
法人未分配利潤B |
税引後収入(@−A+B) |
負担率A(A/(@)×100 |
負担率B(A/(@+B)×100) |
|
|
|
円 |
円 |
円 |
円 |
円 |
円 |
円 |
円 |
% |
% |
|
1980年 |
1 |
2,168,532 |
11,400 |
16,700 |
151,329 |
40,858 |
220,287 |
31,430 |
1,979,675 |
10.2 |
10.0 |
|
|
2 |
2,754,000 |
45,900 |
35,800 |
188,113 |
40,858 |
310,671 |
69,146 |
2,512,475 |
11.3 |
11.0 |
|
|
3 |
3,091,668 |
65,800 |
47,900 |
203,959 |
46,288 |
363,947 |
78,574 |
2,806,295 |
11.8 |
11.5 |
|
|
4 |
3,458,412 |
86,200 |
59,800 |
218,307 |
46,288 |
410,595 |
94,289 |
3,142,106 |
11.9 |
11.6 |
|
|
5 |
3,790,356 |
110,000 |
75,100 |
233,543 |
47,777 |
466,420 |
119,433 |
3,443,369 |
12.3 |
11.9 |
|
|
6 |
4,136,988 |
138,000 |
93,100 |
251,580 |
47,777 |
530,457 |
172,864 |
3,779,395 |
12.8 |
12.3 |
|
|
7 |
4,481,844 |
165,300 |
110,300 |
270,532 |
51,440 |
597,572 |
220,009 |
4,104,281 |
13.3 |
12.7 |
|
|
8 |
5,025,612 |
205,000 |
135,900 |
291,089 |
51,440 |
683,429 |
314,298 |
4,656,481 |
13.6 |
12.8 |
|
|
9 |
5,702,316 |
255,000 |
170,400 |
319,172 |
57,107 |
801,679 |
471,447 |
5,372,084 |
14.1 |
13.0 |
|
|
10 |
7,352,616 |
440,400 |
272,000 |
364,830 |
57,107 |
1,134,337 |
1,571,490 |
7,789,769 |
15.4 |
12.7 |
|
|
計 |
41,962,344 |
1,523,000 |
1,017,000 |
2,492,454 |
486,940 |
5,519,394 |
3,142,980 |
39,585,930 |
13.2 |
12.2 |
|
2001年 |
1 |
3,309,492 |
0 |
3,500 |
349,541 |
147,038 |
500,079 |
34,922 |
2,844,335 |
15.1 |
15.0 |
|
|
2 |
4,123,200 |
17,000 |
21,700 |
436,551 |
167,196 |
642,447 |
48,017 |
3,528,770 |
15.6 |
15.4 |
|
|
3 |
4,711,968 |
40,400 |
34,200 |
481,078 |
181,703 |
737,381 |
52,382 |
4,026,969 |
15.6 |
15.5 |
|
|
4 |
5,308,092 |
75,700 |
52,900 |
552,210 |
193,765 |
874,575 |
65,478 |
4,498,995 |
16.5 |
16.3 |
|
|
5 |
5,845,452 |
96,900 |
64,200 |
584,485 |
213,746 |
959,331 |
104,765 |
4,990,886 |
16.4 |
16.1 |
|
|
6 |
6,357,540 |
121,600 |
77,300 |
638,454 |
228,726 |
1,066,080 |
113,495 |
5,404,955 |
16.8 |
16.5 |
|
|
7 |
7,244,856 |
166,300 |
113,600 |
719,579 |
241,977 |
1,241,456 |
327,389 |
6,330,789 |
17.1 |
16.4 |
|
|
8 |
8,098,536 |
212,500 |
158,400 |
783,654 |
264,423 |
1,418,977 |
371,041 |
7,050,600 |
17.5 |
16.8 |
|
|
9 |
9,066,864 |
269,100 |
215,800 |
832,625 |
293,331 |
1,610,856 |
584,935 |
8,040,943 |
17.8 |
16.7 |
|
|
10 |
12,073,224 |
588,500 |
409,200 |
1,221,666 |
343,818 |
2,563,184 |
2,662,765 |
12,172,805 |
21.2 |
17.4 |
|
|
計 |
66,139,224 |
1,588,000 |
1,150,800 |
6,599,843 |
2,275,723 |
11,614,366 |
4,365,189 |
58,890,047 |
17.6 |
16.5 |
|
|
注1: |
収入は、1980年と2001年の総務庁『家計調査年報』の勤労者世帯10分位データの「実収入」。「実収入」には社会保障給付を含む。 |
|
|
|||||||
|
|
注2: |
法人未分配利潤は、給与所得、申告所得、法人所得の計に占める法人所得の割合で帰属総額を推計した |
|||||||||
|
|
|
(申告所得中の給与所得等、二重カウント分を控除)。1980年は家計所得の7.49%。1980年は同6.7%を仮定。 |
|||||||||
|
|
注3: |
法人未分配利潤の各階級への配賦基準は、1980年は、『昭和55年分税務統計から見た申告所得税の実態』、 |
|||||||||
|
|
|
2001年は、『平成12年分税務統計から見た申告所得税の実態』の配当所得申告データによる。 |
|||||||||
|
|
注4: |
当初収入に対する税引後ジニ係数の変化率は、1980年:−11.81%。2001年:−12.17%。 |
|||||||||
|
|
注5: |
間接税は、消費税、物品税、酒税、たばこ税(国、地方)、揮発油税・地方道路税。 |
|
||||||||
|
|
注6: |
社会保険料は政府管掌分の自己負担額のみで推計。雇用保険料の自己負担額を含む。 |
|||||||||
|
|
|
会社負担分は企業にとって、義務的な経費として負担感があり、家計収入レベルでは、あえて無視した。 |
|||||||||
|
|
注7: |
間接税の消費者への完全転嫁、法人税の株主への帰着を仮定。 |
|
|
|
||||||
1) 貝塚啓明・新飯田宏、1965年「税制の所得再分配効果」(館龍一郎・渡部経彦『経済成長と財政金融』、岩波書店)、44-80頁。橋本・福重・大竹・跡田・斉藤・本間「税制改革のシミュレーション分析」1989年(本間正明・跡田真澄編、『税制改革の実証分析』、東洋経済新報社)、167-197頁。林宣嗣、1987年『現代財政の再分配構造』、有斐閣。石弘光、1976年『財政構造の安定効果』、勁草書房。
2) 松井吉三、1984年3月「戦後日本の税制の所得再分配効果」(『愛知論叢』第35・36合併号)、55頁。同論文は拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/saibunpai.pdfに再録されている。負担計測の方法は、この分野の先駆的研究である貝塚啓明・新飯田宏の前掲論文によっている。1960−70年代の勤労者世帯1世帯あたり税・社会保険料負担の計測によれば、平均総負担率が13.3%(1958年)、9.6%(1960年)、9.6%(1973年)で1960年以後は殆ど変化がない。ボトム第1分位合計負担率が8.4%(1958年)、6.6%(1960年)、6.7%(1973年)でこれも1960年以後同じ。トップ第5分位の負担率は17.7%(1953年)、12.5%(1960年)、11.7%(1973年)と微減であった。
3) 総務庁の『家計調査年報』には実収入のなかの1項目として「社会保障給付」がある。公的年金給付と他の給付例えば生活扶助、雇用保険給付が入るものとされる。本稿では、受益の方は、折込済みとする。宮島洋氏は、年金改革論について、費用負担主体と給付受給主体との間の内部的相互依存に注目すべきという。宮島洋、1992年『高齢化時代の社会経済学』岩波書店、21頁参照。
4) 税務統計上の配当所得の申告状況による。『貯蓄動向調査』の株式保有状況で再試算すると、当初家計収入のジニ係数に比較して、税・社会保険料、法人未分配利潤のすべてを考慮した後の所得分配のジニ係数は、2001年:2.8%のプラスの再分配効果があった。ジニ係数は0から1までの値をとり、小さい程公平。拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/sozeihutankekkahyou.xlsに、1980年と2001年のジニ係数の計算過程と結果を掲載。
5) 拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/mibunpai.xlsに計算過程を掲載。ところで、総務庁『貯蓄動向調査』の株式保有データで未分配利潤を家計に配賦すれば、マイナス1.8%の再分配係数(2001年)に止まる。しかし法人経営の利益に預からない人々に未分配利潤を配賦することは、誤りである。
6)日米間の所得税負担率の計算結果は下記に掲載。拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/nichibeishotokuzei2002.xls
7)大蔵省、2000年4月、『財政金融統計月報』、第576号、20-21頁。
8) 国税庁企画課編、2000年12月、『税務統計から見た法人企業の実態』、15頁。利益計上法人についての数値である。
9) 法人税負担率は拙稿2003年: http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/hikakuhoujinzei2002nen2.xls掲載。配当の二重課税排除に関して、米国では2004年度予算教書で、株主納税段階での配当所得の全額控除が提案されている。
10) Kevin Christensen,Robert
Cline,&Tom Neubig.
”Total Corporate Taxation:”Hidden,”Above-the-Line,Non-Income
Taxes.”National Tax Journal54No.3(September,2001):495-505参照。
11)松井吉三、1988年3月、「戦後日本の間接税の所得再分配効果」(『愛知論叢』、第38号)、58頁参照。
12)酒税他の推計方法は、拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/shuzeitouhutan.xls
に掲載。
13)消費課税負担率の結果表は、拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/shouhikazeihutanritsu.xlsに掲載。
14)2001年には、トップ第10分位では、妻の勤め先収入が年194万円ある。社会保険料を本人で支払う収入水準である。妻の社会保険料を加算した後の数値である。1980年では妻の勤め先収入が年87万円であるので、80年では妻の社会保険料をゼロと仮定した。『家計調査年報昭和55年』105頁、及び『同書 平成13年』175頁参照。
15) 矢吹紀人・相野谷安孝、2003年、『国保崩壊』、あけび書房64頁参照。
16) 参議院予算委員会調査室編、2003年5月、『平成15年度財政関係資料集』74頁より。
参考文献
1,彦谷貴子、2000年、「レーガン改革の再評価」(跡田直澄編著『企業税制改革』、日本評論社、122-159頁)。
2,熊沢通夫2001年「90年代地方財政危機下の地方税制・税収の構造変化」、自治労連・地方自治問題研究機構ホームページhttp://www.jichiroren.jp/labo/is/no15.html。
3,Kevin
Christensen,Robert Cline,&Tom Neubig.”Total Corporate
Taxation:”Hidden,”Above-the-Line,Non-Income Taxes.”National Tax Journal54No.3(September,2001):495-505.
4,小西砂千夫、1997年、『日本の税制改革』、有斐閣。
5,石崎唯雄、1983年、『日本の所得と富の分配』、東洋経済新報社。
6,橘木俊詔、「「結果の不平等」をどこまで認めるか」(「中央公論」編集部編、2001年、『論争・中流崩壊』、中央公論新社75-88頁所収)。
7,田近栄治・由井雄二、2000年、『日本の企業課税』、東洋経済新報社。
8,遠藤三郎、1998年、『現代の財政理論』、ナカニシヤ出版。
9,宮島洋、1992年『高齢化時代の社会経済学』岩波書店。
1)貝塚啓明・新飯田宏、1965年「税制の所得再分配効果」(館龍一郎・渡部経彦『経済成長と財政金融』、岩波書店)、44-80頁。橋本・福重・大竹・跡田・斉藤・本間「税制改革のシミュレーション分析」1989年(本間正明・跡田真澄編、『税制改革の実証分析』、東洋経済新報社)、167-197頁。林宣嗣、1987年『現代財政の再分配構造』、有斐閣。石弘光、1976年『財政構造の安定効果』、勁草書房。
2)松井吉三、1984年3月「戦後日本の税制の所得再分配効果」(『愛知論叢』第35・36合併号)、55頁。同論文は拙稿2003年:http://www.sinfonia.or.jp/~matsui/saibunpai.pdfに再録されている。負担計測の方法は、この分野の先駆的研究である貝塚啓明・新飯田宏の前掲論文によっている。1960−70年代の勤労者世帯1世帯あたり税・社会保険料負担の計測によれば、平均総負担率が13.3%(1958年)、9.6%(1960年)、9.6%(1973年)で1960年以後は殆ど変化がない。ボトム第1分位合計負担率が8.4%(1958年)、6.6%(1960年)、6.7%(1973年)でこれも1960年以後同じ。トップ第5分位の負担率は17.7%(1953年)、12.5%(1960年)、11.7%(1973年)と微減であった。