西表島のシロアリたち


沖縄県の西表島は、位置からいえば沖縄というより、むしろ台湾の隣です。
この島は山が高く、周囲の平らな島々が潮位の上昇によって海に沈んだ地質時期でも沈むことがなく、多様な生物を豊富に保ってきました。(上の写真は平らな竹富島と山の高い西表島)
したがって、この島の生物学的な意義は大きく、各分野の研究者が幾たびも訪れています。
そして、シロアリの生息も多様で、日本のシロアリの中でもこの島にしか生息しないものがいくつかいるし、また、島の生態系における役割の大きさにも驚くべきものがあります。
当社の神谷など数名のシロアリ技術者と研究者は、ここ数年この島のシロアリ調査を行い、いくつかの発見や認識を得ることができました。

森で一番目に付くのはタカサゴシロアリ

タカサゴシロアリNasutitermes takasagoensisは日本で唯一のテングシロアリ亜科のシロアリです。
テングシロアリ亜科というのは、兵蟻の大顎が退化している代わりに、額部に円錐状に吻(象鼻)nasteが突き出て、ここから外敵に対して粘液を吹付けるというシロアリです。
多くの場合、巣は樹木の高い所に球型や紡錘型につくられ、そこから地面に長くて柔らかな泥線や泥被(といっても土の成分は少ない)が延びています。
目立った巣ができていなくても、樹木にはこげ茶色の泥線が延び、それをわずかに崩してみると茶色のタカサゴシロアリが活動しています。
タカサゴシロアリは職蟻の大きさに比べると兵蟻はかなり小さく、巣から離れたところでは兵蟻の数はそれほど多くありません。しかし、泥線を壊すとたいてい数頭の兵蟻が出てきます。
巣は柔らかで、鳥などによって容易に穴があけられますが、コロニーの活力が大きい場合はすぐに修復します。なかには地上に近いところにもできるので、近寄って観察することも容易です。
このシロアリは、職蟻も兵蟻も白くなく茶色で、ほとんど光を嫌いません。しかし、通常外を歩きまわることはなく、やはり泥線・泥被を延ばして活動します。
食料は地面などの腐ったり枯れたりした植物で、森林での分解者として生息しています。

タイワンシロアリは地面を耕す代表格

春から秋にかけて草むらや枯れ木にはタイワンシロアリOdontotermes formosanusの黄土色の泥線・泥被が目立つようになります。これは表層の土ではなく、彼らの住む地下の土でてきているので色が違うのです。
タイワンシロアリの泥線・泥被はやわらかく、雨などで容易に流されてしまいます。こうしてタイワンシロアリは毎年毎年大量の地下の土を地表に運び、同時に 大量の植物質を地下に持ち込んで菌園に加工します。こうして西表島では常に土壌が耕され、さまざまな生物の生活環境が維持されているのです。
タイワンシロアリは日本で唯一のキノコシロアリ亜科のシロアリで、直接に植物を食べるのでなく、土中に数多くのドーム型の部屋をつくり、そこに植物の糞(偽糞)を集積して菌園を作ります。そして、そこに生育した菌を栄養源とするのです。
だから、次の女王・王である有翅虫は、外へ群飛するときには菌を小脇に抱えて飛び立つのであり、そのための特殊な構造をもっています。
そしてどんな小さな初期のコロニーでも必ず菌園があるのです。
菌園は大きくなると子どもがかがんだくらいのものになり、その周囲には天井がドーム型の太い蟻道でつながった数多くの菌室が作られます。
だから、サトウキビ畑などではタイワンシロアリの生息域と重なる場合が多く、トラクターで耕すと菌園が現れたり、サトウキビそのものの被害も出ます。
有翅虫はかなり大きく、夕方(イエシロアリより早い)に群飛します。地表に円錐形の群飛孔をつくり、その直下には群飛のための待合室(候飛室とか移殖室という)もできます。
有翅虫の中には群飛することなく巣の中で羽を落として生殖をはじめるものもいるので、女王が複数になることもあります。そのせいか、タイワンシロアリでは補充生殖虫(副女王など)は存在しません。
また、イエシロアリのようにエリア内での集中性や排他性がないので、大きなコロニーのネットワークの間の土壌に、群飛した新しいカップルの有翅虫が小さな独立コロニー(独立菌園)を作っていることもあります。
森や畑地で、泥線や泥被、あるいは地表に落ちた小枝などを持ち上げると、たいてい頭がオレンジ色のタイワンシロアリの職蟻が多数見られます。こうした現象 は民家の周囲でもまれではなく、芝生の間でも見られます。兵蟻はやや数が少なく、職蟻よりも頭の色が濃く、卵形で、黒い大顎があります。
タイワンシロアリでは職蟻は兵蟻同様に戦闘的で、ながく素手で触っていると職蟻に噛みつかれます。もちろん痛くありません。
タイワンシロアリの菌園からは季節になるとタイワンシロアリタケの仲間Termitomycesが成育し、地表にキノコとして現れます。これを現地のひとは「ナバ」「ジーワイナバ」といって、かつては食料にしていたそうです。中国でもニワトリの肉に似た食感ということで鶏従菌(従は土ヘン)と呼び、缶詰にもされているといいます。
なお、タイワンシロアリは沖縄本島でも首里付近に生息しています。

最終処分者、「土食い」シロアリ

西表島には木を食べずに土(といっても腐葉土化した植物遺体)を食べるシロアリがいます。彼らは土の中に分散して生息し、小さなコロニーを作っています。
彼らの蟻道は地中の柔らかなトンネルで、通常は1頭がやっと通れる程度の細いトンネルを掘って活動しています。
全体に皮膚の薄いシロアリで、とくに職蟻は「きんつば」のように腹部が黒く透けて見えます。だから、ながく外気に触れていることはできません。
兵蟻は非常に変わっていて、長い大顎が左右不対象にゆがんでいます。
ニトベシロアリPericapritermes nitobeiは左大顎がとくに大きく捻じ曲がり、外部の刺激に対してこれをはじきます。もう一種の土食いシロアリであるムシャシロアリSinocapritermes mushaeも長い大顎がややゆがんだ形で、これまたはじくことができます。数年前に採取されたトビツノシロアリTermes sp.は、長い大顎がほとんど左右対象ですが、額が角状にとがり、これも大顎をはじきます。
彼らは腐葉土化した植物遺体(ヒューマス)を食べることで、有機物の最終処分者となっています。

木生息性シロアリも多様

道路際の枯れ枝を折ると古いものにはアリ類がいますが、やや肉厚の部分にはコウシュンシロアリNeotermes koshunensisがいます。コウシュンシロアリは個体が大きいのでかなり目立ちます。
この他にも西表島の木生息性シロアリはカタンシロアリGlyptotermes fuscusやダイコクシロアリCryptotermes domesticusも生息しています。ダイコクシロアリは小笠原のものと比べてかなり色合いが異なります。

ヤマトシロアリの仲間も多い

ヤマトシロアリ属は九州以西では、各地域に地方種がいて、西表島にはヤエヤマヤマトシロアリRetculitermes yaeyamanusやキアシシロアリR. flavicepsなどの地方種がいます。
これらの違いは腸内に共生する原生動物やDNA、あるいは体表ワックスなどによって区別されますが、外見上の違いはわずかで、大顎の付け根にある上唇の形や剛毛の生え方によって区別されます。
西表島でヤマトシロアリ属を採取すると、本土のヤマトシロアリR. speratusをよく観察しているひとは、なんとなく違いがわかりますが、一見して種の違いを判断できる人はまずいません。頭の色がやや薄いという程度はわかるのですが、超強力なルーペなしに上唇の毛まで見分けることはできません。
何のために独立種として分けられているのか考えてしまうところです。

一応イエシロアリもいる

森の中でイエシロアリを見ることは割合少なく、多くは人間の生活域に住んでいます。バス停やちょっとした杭、家屋の周りの大木などにイエシロアリは生息しています。
民家の被害もかなりありますが、どういうわけかきちっと駆除されておらず、住民からはあきらめの声もよく聞かれます。



樹木の泥線をはがすと
タカサゴシロアリがいる


タカサゴシロアリの巣は
大きくてやわらかい


タカサゴシロアリの兵蟻・職蟻


道端にはタイワンシロアリの
泥被が目立つ


立ち木にはシロアリの泥線が


泥被の下には頭の黄色い
タイワンシロアリがいる


タイワンシロアリの女王と王
タイワンシロアリは
巣系が大きくなると
女王が複数になることもある


タイワンシロアリの菌園のひとつ
こうした菌園がネットワークされて
ひとつの巣系が形成される


土食い系のニトベシロアリ
ニンフはかなり大きい


ムシャシロアリの女王・兵蟻・職蟻


木生息性のコウシュンシロアリ


キアシシロアリ兵蟻


ヤエヤマヤマトシロアリの創始女王