巻頭 「写真説明」その2


「1」・総門「三門」
江戸時代の中頃と思われるが、詳しくは判らない。佛の教えでは、3門と言って
1,知恵の門「少しでも前進の生活を」
2,慈悲の門「やさしい心で生活を」
3,方便の門「佛さまに正直な生活を」
法蔵寺の総門は、この3つの心を収めている。
    建立 万冶元年 (1660)
    この鐘楼門は、万冶3年から、3年がかりで造られたといわれる。
    鐘銘には「慶長17年(1612) 大施主 威徳院、牛久保中尾元太夫、大工 藤原氏重久」とある。
    現存する建造物のうち最古のものである。


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「2」・鐘楼門
至徳3年の建立「1386年」と言われ、大修理が何度も行われている。梵鐘は慶長17年「1615年」に鋳造され、作者は史実によれば「牛久保の中尾元大夫と」。


「3」・本堂
大宝元年「701年」建立され、その後判明しているだけでも、「1662年」「1732年」「1879年」「1961年」4回大修理をしている。内陣の形式は若い僧の修行道場に作られている。 
    建立 享保2年 (1529)   再建(1) 寛文2年 (1662)
    再建(2) 享保17年(1732)  解体修理 明治12年(1879)

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「4」・観音堂「六角堂」
永承5年「1051年」源頼義公が東国に向かう途中、戦勝を祈願。宝治5年「1092年」凱旋の折りに、着用の甲冑を奉納した。
当山24代呈翁弘道和尚の享保13年「1767年」に、六角堂が再建された。家康公が長篠合戦に出陣の折りに、必勝祈願し、以後開運の観音様と敬はれ、親しまれている。平成12年には、回廊など大修理をする。

「5」・東照宮
江戸「東京」大門通り棟梁によって、文政年間に「1818年頃」に大修理があった。これを発見したのは、平成の大修理の時である。
従って、建立は250年から300年前であろうか。

「6」・草紙かけの松
「甲午「きのえうま」春旅」・作者高山彦九郎「安政3年」1774年没。同、本文に「法蔵寺門前の松枯れて今はなし・云々」と載っているが、初代の松はこの時に枯れていたと思われる。2代目の松は昭和59年松食虫のために枯れ今は3代目の松である。

「7」・客殿(方丈)
    建立 天文13年 (1554)   再建 明暦元年 (1655)

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