本当の耐震と文字通りの「耐震」

 新築現場での作業中にいきなり浮遊感を感じ、めまいかと思った。普段から血圧が高めだから、とうとう脳卒中の兆しが現れたかとその場に座り込んでいたら、ラジオを聴いていた大工から地震だと聞かされた。
 地震なら建物のキシミや振動音があるはずなのに、静かにゆっくりと土地全体が揺れている。まったく音はなく不気味なほど静かだ。揺れるというより浮遊している感じ、大型のフェリーに乗っているような感覚である。大工の一人は船酔いになりそうだと言っていた。これが噂に聞いた長周期振動というものだろう。初めての経験である。
 想像もできない災害となった東北関東大震災の地殻変動はこのような形で愛知県に伝わってきた。
 超周期振動というものは最近発見されたようで、地震に強いとされる超高層ビルもこうした揺れに対応していないことから被害が懸念されているようだ。直接地面の上だったからあの程度の揺れだったが、高層ビルだと大きくしなるようになるだろう。しかもあの揺れかただと地震の揺れに反応する機器が作動するかどうか不安にもなる。調べてみると、案の定2004年の新潟県中越地震の時に東京の六本木ヒルズではエレベータが故障する震度3の揺れだったにもかかわらず地震管制運転装置が作動しなかったという。
 とにかく今回の震災でもそうだが、地震というものは生き物の生態と同じで非常に多様である。人間の想定外の要素がやたらに多い。

 地震による災害は振動や揺れだけでなく、津波、火災、地割れ、崩落、隣家の倒壊など多くの要素によってもたらされる。ところが、建物の耐震装置は多くの要素の中の振動や揺れというわずかな要素にしか対応していない。しかもその振動や揺れも人間の想定したごく限られた形であって、すべての振動や揺れには対応していない。
 地震の要素の全てに対応できる「耐震住宅」などありえないことは今回の震災を見れば明らかであろう。だから、今売られている個人用の「耐震住宅」や「耐震構造」は非常に限られた条件、つまりたとえば海から遠く、地盤が安定した高台で、家が密集せず、斜面からも遠いなどの条件に恵まれた場合にのみ一定の安心が得られるものと考えなければならない。そうした条件がなければいくら「耐震対策」をしても被災の可能性は他の建物と同じである。
 ところが逆に言えば、いくつかの好条件に恵まれれば、とくに「耐震対策」がなくてもそこそこの家なら倒壊の可能性は低いともいえる。実際神戸など関西地域でも戦後まもなく建てられたような建物が軒並み残っている地域も少なくないし、今回の震度7でも津波や火災がなかった地域ではかなりの建物が残っているようだ。
 昔の人は建物を建てる場合の土地の選定にこだわりを持っていたようで、こちらのほうが地震に耐えるという点では今流行の「耐震構造」よりもはるかに効果的だと言えるが、現代では思うままに土地は選べないからそうも言っていられない。しかし、よくテレビに出るような斜面に強引に家を建てるとか、狭小地に余裕のない構造の家を建てるというようなことは避けたほうがいい。
 もちろん土地の選定がうまくできても完璧な判断かどうかは分からない面もあるし、壊れるときには壊れる。壊れることを前提とすべきである。そしてその時にうまく逃げ出せる工夫、命だけは守る構造にすることがほんとうの意味での建物の耐震構造(耐地震)と言えるのではなかろうか。

 PCにはセーフモード起動というのがあって、なにかトラブルがあった場合には余計な機能をそぎ落としてシンプルなシステムで起動できる。これと同じように、たとえば災害で電気が止まっても家の中で練炭や炭が使える工夫や共同の井戸など前時代的なシンプル生活の余地を残すのも災害に強い家と言えるはずだ。気密性を解除するとか臨時の発酵トイレなど個人の家の機能としてこうしたセーフモードでの住まい方のできる工夫も地震対策としては必要であろう。

2011/3