設計者の仕様なら「保証書」もそちらで

 とくに新築時のシロアリ対策で目立つが、設計者により薬剤や処理法・処理部位などが指定されることがある。私は以前からこれには大きな疑問を感じている。
 新築でのシロアリ対策では、現場の状態や建物の構造を見た上で現場でシロアリ技術者が最適な方法を判断するのが原則的なあり方だ。
 どのようにシロアリが侵入するかを想像してその建物の対策の重点を判断しなければいけない。
 そして、当然にも既設建物での被害状況に数多く接したシロアリ技術者でなければ判断できない。
 どうして設計者が薬剤や方法を決められるのだろうか。

 以前知人の技術者が、設計者から建物内外のすべての柱を高さ1メートルまで薬剤処理するように言われて憤慨していた。
 業界団体の仕様では設計者のいうような規定なのだが、経験のある技術者なら柱の処理では外周のみの処理が一般的である。建物内部の柱がヤマトシロアリ地域で5年や10年で劣化することなどありえない。ベタ基礎ならなおさらだ。それでもあるとすれば建物の構造に原因を求めねばならない。
 不要な薬剤を居住空間に処理するのは害はあっても益はない。
 今ではかつてのような空気汚染につながるような薬剤は使用されていないが、それでも気分を害する人は現にいるし、余計に薬剤を使えば施主には余計な負担になるのだから、不要な部分に薬剤を使うのは避けるべきである。意味のない部分に薬剤処理するのは汚染でしかないのだ。

 文化財の修理となると、設計者が細かな薬剤処理を指示するのが当たり前のようになっているが、ここでもシロアリの生態に合わない不要な処理が指示される。例えば、シロアリの兆候が見られない現場でも、一律な土壌処理や木材への二度塗りが当たり前になっている。まったく非文化的だ。
 しかし、ヤマトシロアリ地域なら定期点検で十分対応できるし、防腐や防黴も現場で個別に考えるべきことだ。
 なかには、被害の可能性がないにもかかわらず、予防として亀腹(床下を盛り上げて漆喰で固めた部分)への穿孔注入まで指示する設計者もいた。かりにそのとおりに処理したとしてもおまじないほどの効果もなく、これでは文化財の修理どころか破壊となる。
 かつて、すべての柱にドリルで注入した跡が残る文化財の古民家を訪れたことがあるが、被害もないのに直径10ミリほどの木栓が3個ずつ打ち込んであり、場所によっては遠くからでも目立っていた。これも文化財の保護ではなく毀損にあたる。

 設計者がシロアリ対策について「できるだけ居住者に影響がないように」とか「防腐・防黴対策も兼ねて行いたい」というような考え方を表明するのは大いに結構だが、処理にともなう責任文書や「保証書」を出すのはシロアリ技術者である。具体的にどうするかということについてはシロアリ技術者に一任すべきである。
 どうしても設計者が仕様を細かく指示するのであれば、現場での処理はたんなる請負作業なのだから専門知識などいらない。設計事務所や工務店の社員がやればいいのであって、責任文書や「保証書」も設計者自身が作成すればいいのだ。

 設計者がシロアリ保険の保証額まで指示してある設計文書を見たことがあるが、何を根拠に指示するのだろうか。
 以前本欄で書いたが、保険(ここでは処理後のシロアリ被害についての保険)と保証とはそもそも矛盾する。
 「大丈夫です」といって出すのが「保証書」、だから保険はいらない。保険は処理に不安があるからかけるもの、だから業者がこっそりと社内で掛けるべきものである。
 何百万、何千万の保険付工事をアピールするのは、それだけ不安の残る処理をしましたと宣言するようなもので、世間に恥を晒すようなものではないだろうか。

 私のところでも各方面との付き合いの必要上「保証書」をともなう処理には矛盾を承知で最低限の保険をかけるが、一度も使ったことがない。おそらく今後も使わないと思う。仕事で使う車の損害保険よりもはるかに可能性は低い。保険料を一方的に払うだけだから、保険会社にとっては上得意のはず。
 ただ、私のところでは仕事の多くは「保証書」をつけないピンポイントの処理や経過を見ながらの処理(報告書や診断書は当然つけるが)だから年間の保険料もわずかである。

 そもそもヤマトシロアリ地域では適切な判断で処理すれば、何百万という賠償額にはならない。万が一賠償が必要になっても、数十万円が関の山。きちっとした当初の説明と事後の対処をすれば高額な賠償にはならないし、そもそも賠償という概念が生まれないものである。

 設計者が過剰な処理や保険金額を指示するというのは、とりもなおさず不安に満ちた処理を指示することにほかならない。
2015/6