人災のまっただ中で

 腹が立つことといえば、ちょっと以前、一部の政治家がやたらとシロアリという言葉を口にしていたことだ。マスコミにでないだけで今でも言っているのかもしれない。
 国の土台を食い荒らすシロアリだと公務員を攻撃した政治家もいた。また、悪政を推進した前政権党と対決していたはずの自党の主流派が逆に悪党に変質したことを「シロアリ駆除に行った者がシロアリになった」などという人もいた。
 近頃は「社会のダニ」という言い方も聞かれなくなってきたと思っていたら、国民から蛇蝎(だかつ)のように嫌われている人達によってこんなふうにシロアリという言葉が使われている。シロアリは土台をたまたま加害することはあっても重要な意味があって生きている昆虫だ。もちろんシロアリだけじゃなく、ダニも蛇蝎も意味があって生きている。
 これらの政治家たちは数年前にわざわざ日本で国際会議を開いて生物多様性について議論したことからなにも学んでいないようだ。

 先日NHKのBSで『台風騒動記』という映画をやっていた。1956年(昭和31年)に制作された山本薩夫監督の痛快な喜劇である。原作は我が三河が生んだ作家杉浦明平さんで、渥美半島の某所がモデルだろうと容易に推測される。原作の台風13号は当時まだ保育園児だった私にはまったく記憶が無い。
 あらすじはこうである。
 台風で多くの災害が出たある町では、被災民の苦労をよそに自分たちの利益ばかりを追い求める町会議員たちがいた。彼らは救援物資が山のように集まっているのに配らないし、被災者を支援する議論もしない。 視察とかなんとか理由をつけては芸者を上げてどんちゃん騒ぎだ。それどころか、町の学校の校舎が台風で倒壊したことにして国から復興を名目に1千万円の補助金をせしめようとしていた。 補助金が来れば校舎が鉄筋コンクリートで建てられると町民には宣伝する一方、実は地元建設会社と癒着して甘い汁を吸おうというもの。そして補助金の陳情とともに既成事実を作ってしまえと工事に着手するために町民から一律1万円を集めると発表して町民から反発を食らう。ところが国の調査官にわざと校舎を壊したことがバレてしまって補助金は来なくなる。 議員たちは「補助金が来なくなったのは町民を扇動し、国に間違った投書をしたアカの手先が教員の中にいるからだ」といい、真実を述べた青年教師(菅原健二)とその友人(佐田啓二)を攻撃する。しかし投書したのは元町会議長(左卜全)や元助役(中村是好)で、議員や町長(渡辺篤)たちは町民の前で大恥を書いてしまうというものである。
 議員やボスを散々笑いものにした映画は最後に「天災のあとに来るものは…人災である」と字幕を出して終わる。

 映画を見ながら頭に浮かんだのは今の社会状況である。まさに人災のまっただ中である。

 そうした人災のせいか、若い夫婦や老人世帯の中にはシロアリ被害が出たからといって業者による駆除を依頼する経済的余裕がない傾向にある。坪いくらの薬剤の全面散布はもとより、私達の提案するピンポイント駆除ですら費用の捻出に苦労しているようだ。
 今日では、人々はシロアリ被害があれば薬剤散布、湿気があれば床下換気扇や炭というように単純に出費できなくなっている。少々被害が広がってもこの先の推移と生活の維持とのバランスで対処しようとしている。
 したがって、今日のシロアリ対策に求められるものは、一昔前のような安全かどうかではなく、適切かどうかということではなかろうか。
 "適切"の中にはもちろん安全も含まれている。どんなに安全と言われる薬剤でも一律に使うべきではない。わずかなヤマトシロアリ被害に大げさにベイトシステムをすすめるとか、おまじないに近いベイトを生協のような団体が売るのもどうかしている。
 シロアリの状態の把握に基づき、居住者の諸事情も考慮して最適な方法を提案すべきである。あえて一度で駆除しなくても、最低限の処理で様子を見ることも必要である。

 ある大手床下産業は5年前に私が点検した家の床下にもぐって「蟻道がある」と大騒ぎして大変な額の見積りを出したようだ。しかしこの蟻道は5年前の私のカメラにもちゃんと収まっていて、「蟻道が途中で切れたままになっているので問題ありません」と説明したものである。蟻道があるというだけでわんわん大騒ぎをするというのは某社売り出し中の「シロアリ探知犬」なるものの水準である。
 またある家ではこの会社が「定期点検」しているにもかかわらず部屋の柱が折れ曲がっている。誰がどう見てもシロアリ被害だが、この会社の担当社員は「キクイムシです」とのこと。床下に蟻道がないのがその理由。こういう時こそ犬の出番。かの犬を連れてくれば確実にワンと吠えるはず。ただ惜しいかな、この会社では犬を連れてくるかどうかの判断ができていなかった。
 私が調べると基礎外部に親指ほどの太さのヤマトシロアリの生きた蟻道があったが、これも人災といえないこともない。
2012/8