扶正去邪(ふせいきょじゃ)
昔の東洋医学では体の抵抗力が弱った場合、暑、寒、湿、燥、火、風という気候変化の要素(六気・ろっき)によって6つの病気(六淫・りくいん)になると考えられていた。
すなわち暑さを体に引き込むと暑邪(しょじゃ)になり、寒さを引き込むと寒邪(かんじゃ)、湿気を引き込むと湿邪(しつじゃ)、乾燥を引き込むと燥邪(そうじゃ)、火(熱)を引き込むと火邪(かじゃ)(熱邪)、風を引き込むと風邪(ふうじゃ)となる。
現代では風邪だけが日常用語の中に残り、「風をひく」ことと「風邪になる」というのが同意のものとして合成され「風邪をひく」といわれている。
東洋医学ではこうした病気に「扶正去邪」という考え方で対応した。つまり、六気は自然にあるものだからなくすことはできないので、体内に本来ある力(正)を強めて邪の要素を外に追い出すというのである。要するにバランスで物事を考えているのだ。

話は変わるが、最近の家屋では、虫を引き込んで起きる虫邪があるようだ。
急増する基礎断熱経由のシロアリの侵入もそうだが、新築直後に蛾が発生してトラブルとなった例は今後増加するであろう事例の一つである。
この事例では蛾はアメリカシロヒトリという今ではとくに珍しくもない「樹木害虫」で、たまたま何らかのきっかけで建築中に侵入し、家屋内で越冬羽化したものらしい。
ヒトリ蛾の仲間は「火盗り蛾」と書き、灯火に向かって家屋にもよく侵入するもので、家屋や人間には害はない。だから虫の生態からいえば、家屋に住み着ける環境ではないのでそのまま放置してもいいし、あるいは、叩き潰すか掃除機で吸い取ってしまえばいいものだった。
しかし、工務店から派遣された「消毒業者」なるものは消毒用のクレゾールを屋根裏部屋に大量散布し、居住者の健康を害してしまった。
なぜ殺虫剤でなくクレゾールを撒いたのかというと、その家が高気密住宅であるために市販の殺虫剤も使用してはならないとされていたからで、消毒剤ならいいだろうという判断だったのかもしれない。もちろん、ターゲットが見えていないのだから効果はなかった。
ここでこの虫邪に対する「扶正去邪」を考えてみる。
まず虫が出たことを「邪」とするなら、それがどんな虫で、どこに生息し、居住者はどう対処すればいいのかという処方箋を求めること、これが「正」の要素である。
家屋自体は虫を生み出す要素はないのだから、とりあえずは「邪」ではないが、閉じ込める要素があるとか虫がいないことを前提として作られていたとすれば「邪」といえないこともない。
しかしそれはともかく、実際の推移としては虫の種類や生息場所(発生源)の探求は後回しにされ、まず「消毒」が行われた。居住者への昆虫の説明もなく、しかも生息部位がわからないので広く大量に薬剤が散布された。
つまりここには「正」の要素がなかったのである。すなわち正しい判断が最初にあれば、薬剤を一滴も使わずに問題は解決した。しかし実際は、虫が出たという ごくごく小さな「邪」に正しく対処しなかったために、「消毒」や「薬害」というより一層大きな「邪」が形成されてしまったのである。これでは病気は治らな い。
ただこういう場合「扶正」をしやすい家屋とそうでない家屋があって、最近の家屋はこれが難しい。
市販の殺虫剤も使えないという高気密高断熱の住宅が無菌室の中に建てられるのでなく生き物だらけの自然の中に建てられる以上、これからも様々な虫邪が起きることは容易に想像される。
家から一歩外に出れば(あるいは出なくとも)、無数の生き物が目に入るはずで、それをあえて無視して家が建つとすれば、大きな矛盾を抱えることになる。
断熱材の中に入り込むのはシロアリだけではないし、通気システムや換気システムなどにも長い間には多くの生き物が適応してくる。中には放置できない虫や動 物もいる。そういうときに「扶正」を行うための構造的配慮が最初から家屋あれば、居住者に多大な負担をかける可能性は少なくなる。
高気密高断熱の推進者から「隙間だらけ」と罵られる家の「隙間」は、生き物との関係ではそれなりにバランスを取っているし、どこでも見られる公約数的な構 造は、生き物との対処において歴史に試され済みである。しかも寒いとか暑いとかいっても、一年のうちの数ヶ月が人並みに暑く、人並みに寒いだけである。
逆に、推進本の数値や理屈を信用して空気循環やら土間床やらの一つのシステムに白紙委任してしまうと、あとで対処し難いものになってしまう。そのとき推進者が「想定外」「特殊事例」だと逃げるのは「扶正」ではなく不正にちかい。
2005/12