「鳥の羽音で逃げた」業者を生んだもの

 やはり予想していた通りとなった。
 何かといえば、アメリカカンザイシロアリにまつわるお粗末な対応である。
 例のNHK番組放映後、番組を見た方が二階にアメリカカンザイシロアリが発生したといって某大手業者に駆除を依頼したところ、その業者は「まだ研究中で‥」と逃げてしまったという。
 まともなシロアリ技術者なら、アメリカカンザイシロアリであろうがその他の知らないシロアリであろうが、よろこんで調査に行くもの(これを研究というのだが)である。
 それにしても「カンザイ」と名前を聞いただけでビビって逃げ出すとはなんとも情けない。まるで水鳥の羽音に驚いて逃げ出した平家のようである。
 しかし、私が調査したところ普通のヤマトシロアリが二階の押入れの敷居を加害しただけで、さほど珍しくもない現場の光景である。拍子抜けもいいところだ。
 居住者にしてみれば、ヤマトシロアリでは「被害が及ぶのは湿気が多い床下周辺」で乾材シロアリは「湿気の少ない屋根裏や柱の中」とあの有名な番組で説明されたのだから、乾材シロアリだと思うのは無理もない。
 数年前にもよく似た出来事に遭遇した。築1年あまりの住宅の2階からシロアリが出たのをシロアリ関係者ですら乾材シロアリと勘違いして、被害すら受けていない真新しいフローリングまで壊したところヤマトシロアリだったというものである。これも「湿気の少ない高所は乾材シロアリ」という色眼鏡が判断を狂わせた。
 乾材シロアリの生態を乾燥や位置関係で説明する間違った記述や説明はNHKの番組が最初ではない。各種解説書や研修会などでも「ヤマトシロアリは低く湿った所、乾材シロアリは高く乾燥した所」という対比が以前から平気で行われてきた。しかし駆除現場ではこうした傾向や区別はない。だから、前記した建物の居住者と関係者は「湿気の少ない高所は乾材シロアリ」という現場に通用しない説明の文書の執筆者や関係者にフローリングの修理代を請求すればいいのだ(もちろん冗談)。
 当サイトでも繰り返し指摘しているところだが、ヤマトシロアリが湿気のあるところに生息するなどという悪しき俗論はもういいかげんやめてもらいたい。もちろんイエシロアリが木材を濡らして食べるなどという見てきたようなウソも含めてである。賢明な消費者の皆さんには、こんな俗論を吐く「専門家」がいたら「ははあ、この人はわかってないなあ」と思ってもらえばまず間違いない。
 ところで故山根坦氏の話では、太平洋上のサモワに日本の援助で立てた掘建て形式の建物があり、その柱にダイコクシロアリの仲間が生息していたが、シロアリが圧倒的に多かったのは地中に埋設された湿った部分だったという。「乾材シロアリなのになぜ」と初めは思ったというが、「乾材シロアリ」という名前はあくまで人間の概念でしかない。
 ある研究者と行動をともにしていたときその先生が「いったいだれが乾材シロアリなどと名づけたんでしょうかね」と言っていたが、まさにその通りである。そしてこうした概念から出発して判断することで「他と比べれば乾燥した環境に強い」というのが「乾燥した環境を好む」と俗流化して伝わってしまうのである。

 では実際の対処に際してどのように判断するのが正しいかというと、いくつかの分け方があるが、とりあえずは日本の家屋に生息するシロアリについては土壌に関与するかどうかで区別することである。つまり土壌性か木生息性かである。高さとか乾燥といった条件ではなく、直接シロアリの様子を見て判断すべきである。これは乾材シロアリの砂粒状の糞と本当の砂粒の区別さえできれば、素人でも大まかには判断できるはずだ。
 乾材シロアリなど木生息性のシロアリでは、たとえ蟻道を構築する場合においてさえ、どんなにわずかでも土を加工・運搬・蓄積することはない。
 逆にわずかでも生息部に土や土の構築物があれば、たとえ乾燥した高所の被害でも、それはヤマトシロアリやイエシロアリなど土壌性シロアリと判断できる(地下とつながらないような特殊な被害では土壌を他の材料で代替している場合があるがこれは別として)。
 前記した大手業者が逃げた現場は、被害部に蟻土が多量にあったので明らかに乾材シロアリではないことがわかるし、新築家屋の2階のシロアリも、シロアリの発見部位にほんのわずかに土がついていたことから判断できた。
 まあ、NHKが正確な説明をしなかったおかげで私にとってはこの顧客と縁を結ぶことができたと考えれば、NHK様様といえる。ありがたや‥‥あんあん。

2009/3