脱しきれていない「脱農薬」
『新建ハウジング』というタブロイド版の業界紙が「脱農薬」というシロアリ対策についての記事を載せている。
間違えてはいけないのは、この新聞が示しているのがこれからの新しい、あるいは本来的なシロアリ対策のことではなく、化学殺虫剤の代わりにヒバ油や月桃油 など自然抽出物を使うということである。シロアリ対策そのものは何一つ新しくないし、あいかわらず従来の大量散布をそのまま忠実に踏襲している。
掲載されている処理現場の様子は、どれもまともなシロアリ技術者なら目を背けたくなるようなものだ。どうして新築現場の必要もないところに処理するのだろ うか。しかも薬剤が床板にこぼれるほどの大量散布だ。ヒバ油だろうが月桃油だろうがこんな使い方はシロアリの生態にあわない過剰処理だ。他の写真でもホウ 酸含有薬剤を外壁の下に垂れるほど大量に動力噴霧器で吹き付けているが、そんなところはシロアリの予防処理としては必要のないところだ。(もしも必要があ るなら刷毛で塗るべきだ)
今新築の現場では床下の構造が大きく変化している。ベタ基礎やユニットバスなどが定着し、水周りがシロアリ対策に占める重要度は確実に変化しているし、シ ロアリの侵入の仕方も変化している。シロアリ対策としての予防処理は、こうしたことについて現場の技術者が判断を下すことが出発点になければならない。ど こにどう薬剤を処理すれば最も効果的で最小限の処理となるのかという判断である。「脱農薬」の人々は一体こうしたことをどう考えているのだろうか。
ある建築士が「うちでは月桃油を使っているから安全だ」というようなことを述べていたが、どこにどう使用するのかが語られない。「定期的に自宅の外周の土 台にヒバ油を塗ってシロアリ対策をしている」という建築士もいる。しかし、そんなところに塗っても無駄だ。意味がない。そして、一般にどんな薬剤であれ処 理すべき場所について判断できない人が漫然と処理してはいけないのだ。日本では家庭用殺虫剤が普及し過ぎてこういうことに麻痺している感がある。
すなわち、こうした人々はすべてヒバ油とか月桃油という物に支配されてしまっている。物が安全なら安全、物が危険なら危険。これではあまりに情けない。もちろんシロアリ対策とははるかにかけ離れた世界だ。
物が、材料が、薬剤が「安全」なら今までどおり「農薬」とまったく同じように使用してもよいと考えることは、シロアリ対策としてはまったくの古臭い論理だ といえる。また、「農薬」散布の論理そのものだ。たとえばこの新聞で紹介されているホウ酸含有の水溶性薬剤を全国規模でこうしたやり方で処理したならどう なるか。たちまち環境汚染に到達してしまうのは火を見るよりも明らかだ。
「シロアリが死ぬから人間も死ぬ」と薬剤を表するのはやや飛躍がある。しかし、「シロアリが死ぬなら微生物も死ぬ」というのは正しい。いくら自然抽出物だ からといってこんな大量散布をしていたのでは土壌生物への大きな脅威とならざるを得ないし、シロアリ対策のより安全な転換への大きなブレーキとなるのは明 白だ。
工務店の皆さんに言いたいのは、こうした薬剤として確立していない物質を採用する場合、個々の家屋にどのように処理するのか聞いてから採用すべきだという ことで、「安全」だからといってこんなにだらだらと大量散布された家を健康だといって施主にすすめないでほしいということである。
必要のないところに撒かない”これが一番安全であり、正しいのだ。
2001/10