17号の関係記事の全文 ---- 1997年

乾燥した家はシロアリがつかないか?
奥村昭雄氏の『白蟻物語』について

 奥村明雄という人が『白蟻物語』という文章を書いておられます。この人がどういう人か詳しいことはわかりませんが、どうやら設計に携わる人らしいのです。
 この『白蟻物語』という文章は奥村氏がある工務店の依頼で書いたものということはその前文でわかります。
 この工務店の作る家は太陽熱を床下に送り込んで床下の土間コンクリートに蓄熱するというタイプのもので、全国各地で一部の工務店が採用しています。そし てこのタイプの家ではシロアリの新築予防処理は構造上必要がないとされているのです。おそらく奥村氏もこのタイプの家に賛同する立場で書かれたのでしょ う。
 彼はこの文章の前文で次のように書いています。
 「防除業界というものは、本質的には白蟻と共存関係にあって、薬剤の散布(薬効は続かないから又やらねばならない)以外に、白蟻の生態に基づく防蟻法には興味がないようです。」
 残念ながらシロアリに興味のない「薬剤散布業者」が主流となってしまっている今日の防除業界では奥村氏の指摘は的を射たものいわざるをえない面があります。
 そしてこれに続いて氏はシロアリそのものも外観を実にうまく表現しているのです。「白蟻というのはすばらしい生物で、人間も見習いたいほどすぐれた習性 をもっています。数十万匹も密集して住んでいるイエシロアリの巣の中は、ゴミひとつない清潔さです。生活から生まれる粗大ゴミも、喰べかすも、糞も、死骸 も、全て建築材料に転化してしまうという、リサイクルのお手本のようです。立派な給水設備も作ります。森林の中では、枯木を早く腐葉土にしてくれる掃除人 です。プラスチックさえくだいてくれます。だから『害虫』というのは人間の勝手な言い方です。」
 これもかなり適切な表現です。
 こうしてこの文章の前文ではシロアリというものを見事に表現しているのです。
 奥村氏はこの文章を書くにあたっていくつかの資料を研究し、氏が賛同するこのタイプの家屋では防蟻処理なしでもシロアリがつかないことを証明したはず だったのです。しかし、現実にはこのタイプの家屋でもシロアリ被害が起こっているのです。そして悪いことにこのタイプの家屋の特性のためにいったんシロア リ被害に遭うと、家の一部を壊さない限り駆除困難となってしまうことが多いのです。
 なぜそうなったのか。それは氏の文章の中にあるシロアリへの誤った認識から読み取ることができます。
 本文を検討しましょう。

水を運ぶのはイエシロアリだけではない

 「シロアリの種類」の項目では、まずいきなり「日本には、ヤマトシロアリ、イエシロアリの他に3種、南西諸島にはもう3種が住んでいます」といっていま す。何を根拠にこう断言されるのかわかりませんが、実際にはわが国には20種近くのシロアリが住み、家屋に被害を与えるのは6種なのです。どうも氏はよい 資料に恵まれなかったようです。
 つぎにイエシロアリが海岸線に沿って棲息している理由として「生活上、より多くの水分、湿度を必要としているという理由もありそうに思われます。湿った 木材しか食べないヤマトシロアリに対して、乾いた木でも食ってしまうイエシロアリは、乾燥に強いのでなくて、より水源を必要としているのだ、といえそうで す。」と説明しています。
 これは氏が数少ない資料から推測したことによる誤りですが、ことさらシロアリと水を結び付けようとしているようにもみえます。水源の多い日本でイエシロアリがわざわざ海水を利用するというのでしょうか。
 「最初の巣」の項目では、「彼等はどんな場所に最初の巣を作るか、白蟻の研究者はそのことには詳しくふれていません。」といっています。そして、最初の幼虫を育てるのにはどうしても水が要るから、水の近くの湿ったところであると単純に推測するのです。
 最初に巣のできる場所については奥村氏の思い込みとは逆に多くの専門書に書いてあります。日本しろあり対策協会の『しろあり詳説』でも「湿気のある柱や 切り株、地上にある木材の下」となっていますし、このほかにも樹木の枯死部、扉枠の下部、杭、木製土止、木製電柱などいくつでもあげられます。研究者が詳 しくふれてないというのはかなり失礼な言い方です。
 しかしついでいうなら、最初に巣のできる場所を水だけで判断するのは危険です。シロアリは確かに水が必要ですが、シロアリの必要とする湿気と人間の言うところの湿気とはかなりのずれがあるのです。中国風にいうと「湿を好み、水を恐れる」ということです。

副女王の子どもは生殖能力がない?

 「職蟻と兵蟻」の項目に移ります。ここでもシロアリが食べ物を探す際は兵蟻が行うとか、金属やガラス面には登れないなどの誤りもありますが、とくに大きな誤りとしては、次のようなものがあります。
 「生殖予備階級として、複数の副女王、副王が居ます。これは、正規の女王、王が欠けたときだけ生殖能力が発現します。しかし、これからは生殖能力のある子が生まれないので、次第に巣の勢力はおとろえ、やがて滅びてしまいます。」
 副生殖虫が生殖能力のある個体を生み出すことができないというのはかなり以前の考え方であって、1952年にSnyderによって訂正されています。た しかに副生殖虫の生殖能力は創始の生殖虫よりもやや劣りますが、創始の生殖虫が死亡するとコロニーが衰えて自然消滅するというのは明らかに間違っていま す。これでは現実にやがて滅びるのは家屋ということになってしまいます。
 この文章の誤りのなかでも圧巻は、「ヤマトシロアリとイエシロアリの生態のちがい」の項目です。
 一貫しているのはヤマトシロアリは乾いた木を食べないという神話にも似た思い込みです。現実の家屋では水分の全くない農家の梁や防湿コンクリートのある床下の木材の被害はかなりあるのです。けっして特別ではありません。
 ヤマトシロアリはたしかにイエシロアリと比べれば水を運ぶ能力は劣ります。しかしヤマトシロアリでも垂直方向に数十cmあるいは1m以上も水を運んで加害するというのが事実なのです。

蟻酸を分泌するシロアリは地球上に存在しない

 またイエシロアリとヤマトシロアリの概要という表が掲載されていますが、ここでもヤマトシロアリと「湿」という字をことさらつなげているわけですが、問 題は表の項目に「蟻酸」という欄があってイエシロアリは「多量、酸化力激烈」とあり、ヤマトでは「少量、酸化力小」となっているのです。
 シロアリに関する書物の中にはかなり通俗的なものがあって、これをうのみにしたら大恥をかいてしまいます。蟻酸についていえば、現在地球上に棲息するどんなシロアリでも蟻酸を分泌するものはいないのです。
 イエシロアリ属はたしかに敵に遭うと額腺から白い防御液を分泌しますが、これはタンパク性のコロイドであり、蟻酸ではありません。また、ヤマトシロアリ属ではそうした防御液はまったく分泌しないのです。
 その他タカサゴシロアリのような防御液を噴射するシロアリ科のシロアリでも防御液はテルペン類やキノン類であって、蟻酸というものはいっさい分泌しません。
 そもそもシロアリとアリとがまったく異なる虫であるという大前提から考えれば当然すぎることなのです。
 また一部にはシロアリが木材やコンクリートを蟻酸のような液で溶かすというようなことがまことしやかに吹聴されていますが、シロアリがコンクリートや金属を貫通する場合でも、彼らはその硬い大顎でかじるのであって、決して溶かしているわけではないのです。
 また中国の古文書にもシロアリによる銀の被害が記載されているように、シロアリの被害対象は木材以外でも金属、ゴム、鉱物質、化学製品と多岐にわたりますが、シロアリがそれらを「好んで食べる」かどうかは別として、少なくとも体の中に摂取するのは確かなことなのです。
 一方、付近に木材がない場合にはそこを通過しないかどうかといえば、たとえば床下の高さが1m以上あるような建物でも、地面から長い蟻道を構築して侵入することは事実なのであり、とくにコンクリートによる密閉空間ではそれほど希ではありません。
 ヤマトシロアリ属でもシロアリが木材を確認できる距離としては大体5cm程度ですが、上方向の採食活動の距離は前記したように軽く数mは超えるのです。
 したがって、奥村氏の想定するタイプの家屋でも十分被害の可能性はありうるのです。ところがこのタイプの家屋の場合、床下の蓄熱コンクリートかかなり厚く、部分的には床下空間もわずかしかないため、いったんシロアリ被害に遭うと駆除がきわめて困難になってしまいます。
 とくに駆除する場合もっとも重要なポイントは、イエシロアリ属では本巣の位置、ヤマトシロアリ属では侵入経路の探知ですが、これがこのタイプの家屋では家屋を壊さない限り確認不可能に近いのです。
 ところで氏が強調されている「薬剤に頼らない防蟻対策」というものは、まじめな防除業者にあっては常に重要テーマとなっています。床下を高くするとか、 通風をよくするとかといった奥村氏の提案しているいくつかの防蟻対策は、まったく当然のことであるし、防蟻板や忌避材料なども今後実用性のあるものにすべ きものであることも事実です。
 ところが奥村氏の文章を根拠にして「薬剤処理をしないでもシロアリが寄り付かない設計」というものが一人歩きするとしたらこれは大問題であり、なによりも居住者に大きな負担をかけてしまうのです。
 ようするに昆虫学とは別にひとつの学問が形成されるシロアリというものを、それほど単純に結論づけてはいけないということです。「水がなければ被害がな い」というのは「薬さえ撒けば防除できる」というのと同じくらい間違っているのです。事実シロアリに興味がない「薬散布業」的な業者ほど、ことさらシロア リと湿気を結び付けて床下換気扇などを販売し、同時に必要以上に大量の薬剤を使用しているのです。

シロアリを飼うつもりですか?
土間コンクリート蓄熱方式を考える

   最近木造住宅で土間コンクリートの上に直接フロアーを敷き詰めるという工法が増えていますが、シロアリ防除という視点からいうと、とんでもない被害を招き寄せるものとして危惧されます。
 具体的な構造は、布基礎いっぱいまでコンクリートを流し込み、そのコンクリートの中に床暖房のパイプを設置し、さらに温度を逃がさないように地面とコンクリートの間にスタイロフォームを敷くというものです。
 この工法は工務店にとっては床組みがないだけ工期が短縮できるかもしれませんし、床組み材が腐ったりシロアリ被害にあったりすることがないかもしれません。
 しかし、この工法はシロアリという点から見ると極端にいえば欠陥設計だといわざるをえません。
 なぜなら、この構造はまさにシロアリを呼び寄せるものだからです。土の中のシロアリにとって最も必要なものは、水分ではありません。水分は通常の地面で はどこでも存在するからです。問題は温度です。シロアリにとってとくに冬場の温度確保は最も重要なものであり、それを人間がわざわざ作ってくれるのだか ら、これほど都合のよいものはありません。
 さらにスタイロフォームはシロアリが棲息しやすい材料の一つで、この被害はすでに多くの地域で実例が報告されています。
 コンクリートを貫通することはヤマトシロアリでもよくあることで、鉄筋コンクリートの学校の校舎のフロアー被害は各地で起きています。校舎のコンクリー トの厚さは大体30cm近くあるわけですから、こうした民家のそれも温度が維持されるコンクリートならシロアリは冬場でも活発に貫通活動できるし、いった ん貫通すれば土台やフローリング材などの木材は目と鼻の先です。
 さらに、こうした家屋にシロアリ被害が出た場合、床下にもぐることができないので、その侵入経路を特定できず、適切な駆除をしようとすれば家屋の一部あるいは相当部分を壊さなければならなくなり、まじめな防除業者からは敬遠されてしまうのです。
 過去の一時期、家屋の中にやたらに土間を作る設計が流行りました。浴室はやむをえないとしても、洗面、トイレ、洗濯場などの床がすべて土間で作られ、こ の結果シロアリ被害が急増したのは事実でした。そして今日ではその反省に立って洗面所だけでなく、浴室でさえユニット形式になってきたのです。
 しかし、最近再び新たな土間依存型の家屋が前記したように増えてきたのです。これは遅かれ早かれ深刻なシロアリ被害を引き起こすことは間違いなく、設計段階での熟考が求められています。

... 上記2つの記事は1997年当時の当社の認識で書かれているため、今日での表現とは異なる部分があります。