有限会社シンフォニア

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今朝、出勤しようと車に乗ろうとしたら、ボンネットに”わら”が落ちていた。
「何でこんなところに?」と思いながら車を走らせていると、ツバメがわらを銜えて車の前を横切った。
「そうか。ツバメの巣が車のすぐ上にあったから、あのツバメ達が今年の巣を作っているんだな」と合点がいった。
幼いころ読んだ絵本で、ツバメがわらを銜えて飛んでいる絵を見た記憶があるのだが、東京住まいだった8年間を除いて、毎年ツバメの飛ぶ姿を見てきたのに、あの様に、実際にわらを銜えて飛ぶ姿を見たのは初めての出来事だったように思う。

我が家の車庫の天井には昔からツバメの巣が複数あって、毎年飛翔してくるツバメたちを楽しみにしていたのだが、こうして今年の巣を作っている(あるいは補強しているのかな)のを実感したのは新鮮な感じがした。

「これから生まれる子供たちの為に、親たちは一所懸命に巣を作っている。」
そんな思いが頭に浮かんだ時、昨日ラジオで聞いたガッツ石松の言葉を思い出した。
「ガッツというのは英語で”根性”という意味らしいが、俺は”努力”という意味だと思ってる」
そんな言葉だったと思う。
しかし「根性」も「努力」も近頃では忘れられている言葉のように思えてならない。

明治・大正から昭和の初期に生まれた人たちは、まさに「根性」「努力」の人たちだったように思う。時代がそうだったから、と言ってしまえばそれまでだが、この時代の人たちにとって「生きる」ということは、「根性」「努力」なしには成し得なかったのだろう。
それが第二次世界大戦での敗戦をうけて、どうも「根性」「努力」という考え方が徐々に卑下されるようになってきたと感じる。
私も戦後生まれではあるが、学校での朝礼などではきちっとした姿勢で立っていることが当たり前で、街中などで座り込む若者を見ると「だらしない」と感じてしまう。
どんなに苦しくても辛くても、人前で座り込むなどというのは恥ずかしいこと。そんな感覚がある。
若者からすれば、「そんな強がってみせてもなんにもならないじゃないか」といわれるかもしれないが、「強がりではなく、自尊心の問題だ」と強く思う。

もしも親ツバメが「面倒臭いし、疲れちゃったから、巣の補強は壊れそうになってからにしておこう」などの思ったとしたら、おそらく、卵が生まれ、雛が育っていく過程で、巣はその重みに耐えられなくなって落ちてしまうだろう。
そんなことになったら親として恥ずかしい。
ツバメがそんなことを考えるかどうかは別として、人の親であれば、子供が恥ずかしい思いをしないように、どんなに疲れていても一所懸命に働いてみせる。子供のためなら、どんな苦労も厭わない。そんな「根性」「努力」を普段からごく自然に行っていけたら、それは人として幸せな人生ではないかと思う。

先日、父親が天寿を全うした。
入院中、毎朝、父が読みたがった「中日スポーツ」新聞を届け続けた。
最期の何日間かは、読む力も無かったし、亡くなる前日には、「中日スポーツ」を買って目が覚めるのを待ったが、遂に読むことも買ってきたことを告げることも叶わず、翌日に息を引き取った。

あのツバメがわらを運んだように、毎朝、新聞を届けたのだが、親子の絆(巣)を固めることができたのだと思いたい。
そして父が最期に見せてくれた「根性」を、今度は自分が子供たちに見せていかなくてはいけないと強く思う。
「ガッツとは努力。」ガッツ石松の言葉が心に沁みた朝だった。

About The Author

有限会社シンフォニアSinfonia 山本
本サイトの管理者です。
プロダイバー業務、パソコンの販売・修理、モバイル端末も扱います。
この一年くらいは、Win7 のPCを Win10 に upgrade する、お仕事が毎週のように入っていて忙しくさせていただいてます。
プロバイダーとしても最新の環境をご提供すべく努力しています。
また、クラウド、ウェブメーラー、スパムフィルターなど常に新しいものに挑戦するのが大好きです。

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