本山美彦『金融権力』岩波書店、2008年について

平成21729 水曜日

 

現在の資本主義が巨大金融権力によって、格差を拡大させていることについて、2008年の春ごろ、恩師の遠藤三郎教授から、当時でたばかりの本を読むようにいわれたことがある。

 早速、購入して、一読し、感銘を受けたのだが、後日、租税論を講義する際にも、資本主義の現状分析にあたって、どうしても避けて通れない問題を含むことから、再読してみた。この本の題名は、本山美彦『金融権力』岩波書店、2008年である。まさしく、高い現実感覚と深い理論認識を併せ持つ当著作は近年まれに見る好著である。また、グッドタイミングで、先日、この本を素材にしたNHKの番組を視聴する機会に恵まれた。

 この書物の要点を集約すれば下記のようになるであろう。(注1)。

 本山氏によれば、投機は正常な投資ではなく、資本主義の基盤を掘りくずすものである。投機は、ヘッジファンドにより行われた。後のノーベル経済学賞受賞者でもあるアルフレッド・ウィンズロー・ジョーンズ(1901-1989)は、1949年に世界で最初のヘジファンドを創設した。10万ドルの資金を集め、初年度の配当率は17.3%という高配当だったといわれる。ヘッジファンドとは、決して危険を避ける投資資金をいうのではなく、特定の富裕層のための私募ファンドであり、且つ、一般に開かれていないという意味で、公募ファンドとは異なる。

手持ち資金の何倍もの資金を動かすところから、運用資金については、膨大な借入に頼ることになる(レバレッジ)のが特徴である。当時、金融と証券の間には、第一次大戦の反省から、有名な「グラス・スティーガル法」という独占禁止法が存在さひており、業務として、資金を借りて、その資金を運用して、投資家に利益を配分することは、厳に戒められていた。

ところで、アメリカの法律は金持ちにはリスクを負ってもらってもかまわないが、庶民から少額の資金を集める際には、金融当局の厳しい監視にさらされる。しかし、ヘッジファンドは私募債なので、当局から監視されることはなく、ジョーンズをはじめとして、つぎつぎに設立されたファンドは、個人の共同出資企業であるパートナーシップにより、運営されていた。ちなみに、パートナーシップとは、わが国でいえば、民法上の匿名組合であり、出資持分により、利益が出資者に帰属する。

 ところで、ヘッジファンドの収益源は「空売り」である。空売りとは、例えば株式を所有していないのにもかかわらず、株式を売る行為のことで、商品先物市場などで用いられる業界用語である。投資家は、証券会社から株式を借りて、市場でその株式を売る。後日、その株式の相場が下がった場合には、下がった値段で同銘柄の別の株式を市場から買って、後日買った株式を証券会社に返却する。

 投資家は、例えば、空売りした100万円の手元資金のうち、例えば90万円を使って、同銘柄の株式を買うのであるから、投資家の手元には、10万円のキャッシュフローが残り、それが、投資家の利益となる。現実には、株式を借りている期間の株式貸与料の支払があり、10万円がそのまま残るわけではない。しかし、基本的には、相場が0円に限りなく下がった時に利益は最大となり、これに反して、相場が上がったときには損失は膨大な金額となる。

 わが国では、遅まきながら2007930日から「金融商品取引法」が施行され、ヘッジファンドに法の網がかけられることになったが、本山氏によれば、まだ建前の段階であり、これで情報開示が実施されるわけではないとされる。

 本山氏によれば、投機は正常な投資ではなく、一種の犯罪なのであるから、金融に秩序を取り戻すために、実体を備えない「空売り」などは、規制されてしかるべきことになる。本山氏の主張に筆者も全く同感である。時代を逆戻りさせることが、金融界には必要なのである。

 ところで、昨今、わが国の大学には、デリバティブにより大損をしているという報道がなされている。A大学も約120億円という損失が表面化して、大学経営の一部に悪い影響を与えている。私学の雄であるK大学では,損失は800億円を超えるといわれる。儲かっていたときもあるので、何ともいえないが、投資銀行のセールスを受け、損失はそれらの社員の高額給与などのかたちで、露と消えたものだと考えられる。

 デリバティブも同じように金融先物商品であるが、先物はいつか決済されねばならず、決済時まで損失が表面化しないというだけである。世の中で創造された価値は、金融によっては変化することはない。剰余価値の多くを一部の金融権力が得ていたわけであるが、剰余価値には上限があるから、金融権力も推移退廃があるのは当然である。

 こうして、誰も得をすることなく、庶民はさらに貧乏になったのであるが、これらにお墨付きを与えたのが、金融自由化、金融証券の垣根の撤廃、持株会社の解禁、派遣労働の範囲拡大などの金融、労働政策、また法人税率の軽減、組織再編税制などの財政政策であり、これらを一括する新自由主義的経済政策の数々だということを付け加えておきたい。

(注1)           本山美彦『金融権力』岩波文庫、20084月、54-62ページ。

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