レジュメ 税理士試験の一部免除についての現状と改革の方向

                      松井吉三

 要点(問題の所在と改革の方向)

 現行の税理士法によれば、一定の資格のある者に対して、その資格に基づき、一定の職業、事務に相当年数以上従事している者に対しては、その経験に基づき、税理士となるために必要な学識及び応用能力を十分有していると認められる場合には、申請によりそれぞれの専門分野に関係する科目の試験が免除されている。(8条の趣旨)

 平成7年公表の日税連制度部による「税理士法改正に関する意見」(以後タタキ台という)によれば、下記の意見である。

○「修士」の学位取得による試験免除を認めないこととする。法律学又は財政学に関する修士と商学に関する修士の両方を修得した者の税理士登録の増加傾向により、試験回避の弊害が生じているので、学位取得者の免除を博士号の取得者として、その学問領域を税法、会計学等の学問領域に改善すべきであるとしている。

○教授、助教授、博士との均衡からして、大学等の「講師」による試験免除を認めない。

○税務職員の税法免除要件である事務従事期間を5年間伸長する。又税法に加えて会計学まで免除するのは検討すべきである。

 試験の一部免除制度の課題と改革の方向については、試験制度の問題点とも相俟って、納税者の側に立つ税理士会、税理士像の確立に関連するものと思われる。戦後日本の税理士制度が「公正」あるいは「中正」な立場を標榜しながらも、一貫して徴税当局の下請け的制度になっていることが基本的な矛盾である。しかも昭和55年の税理士法改正にあらわれているように、その傾向は強まっているとみるべきではないか。公正な社会をめざすという立場で、税理士制度を漸進的に改善するということからすれば、税務職員の実質全科目試験免除が優先的に議論されるべきである。税理士会にとっては、税務代理の実質を上げていくことが、究極的に個人税理士の地位の向上につながるものと確信している。したがって、修士の問題と税務職員の問題が並列にあげられているのは問題がある。羅列主義でなく、税理士会の自治権の拡大、納税者側に立った税理士像からこの問題を深めて欲しいものだ。

 より詳しい議論を提供するため、現行の試験一部免除制度の概要を記す。その後問題点と改正の方向について触れる。(注1)

1、税法に属する科目

イ、大学教授等

 大学等で法律学又は財政学に属する科目の教授、助教授又は講師については、通算在職期間3年以上で税法に属する科目が免除。法律学又は財政学に属する科目の学位(修士、博士) 取得者についても、税法に属する科目が免除される。 

ロ、国税職員のうち特定の国税の賦課事務に従事した者

 官公署における事務のうち所得税、法人税、相続税、贈与税、消費税もしくは酒税の賦課又はこれらの国税に関する法律の立案に関する事務に従事した期間が通算して10年以上になる者については、税法に属する科目の内国税に関するものが免除される。昭和55年改正前は「官公署における事務のうち所得税、法人税、相続税、贈与税もしくは富裕税の賦課又は国税に関する税法の立案に関する事務」に従事した期間が10年以上とされていた。

ハ、特定の国税の賦課事務等以外の国税に関する事務に従事した者

 上記ロに掲げた以外の事務以外の国税に関する事務に従事した期間が通算して15年以上になる者については、税法に属する科目の内国税に関するものが免除される。

ニ、特定の地方税の賦課事務等に従事した者

 A官公署における事務のうち都道府県民税、市町村区民税、事業税もしくは固定資産税の府課又はこれらの地方税に関する法律の立案に関する事務に従事した期間が通算して10年以上になる者については、税法に属する科目のうち地方税に関する者が免除される。

 B上記Aに掲げた事務に従事した期間が通算して15年以上になる者については、税法に属する科目が免除される。

ホ、特定の地方税の賦課事務以外の地方税に関する事務に従事した者

 A上記ニに掲げた事務以外の事務に従事した期間が通算して20年以上になる者については、税法に属する科目が免除される。

 B上記ホのAに掲げた事務に従事した期間が通算して20年以上になる者については、税法に属する科目が免除される。

2、会計学に属する科目

イ、教授等

 大学において商学に属する科目の教授、助教授、講師の職にあった期間が通算して3年以上になる者、並びに商学に属する科目に関する研究により学位を授与された者については、会計学に属する科目が免除される。

ロ、会計士補等

 会計士補及び会計士補となる資格を有する者については、会計学に属する科目が免除される。

ハ、税務職員等で特定の研修を修了した者

 下記ABCのいずれにも該当する者については、会計学に属する科目が免除される。

 A@上記1のロ(特定の国税の賦課事務等に従事した者)、上記1のハ(特定の国税の賦課事務等以外の国税に関する事務に従事した者)及び1のニ(特定の地方税の賦課事務等に従事した者)に掲げた事務に従事した期間が通算して23年以上になる者。A上記1のホ(特定の地方税の賦課事務等以外の地方税に関する事務に従事した者)に掲げた期間が通算して28年以上になる者。B上記@に掲げた事務に従事した期間を通算した年数の28/23に相当する年数とAに掲げた事務に従事した期間を通算した年数とを合計した年数が28年以上になる者。

 B官公署における国税もしくは地方税に関する事務を管理し、もしくは監督することを職務とする職又は国税もしくは地方税に関する高度の知識もしくは経験を必要とする事務を処理することを職務とする職として大蔵省令で定めるものに在職した期間が通算して5年以上になる者。大蔵省令て゛定める定める職というのは、@税務署等にあっては、国税に関する事務を担当する係長以上の職又は国税調査官等(国税調査官、国税徴収官その他これらの職に相当する専門職)。A税務署等の官公署以外の官公署については、国税又は地方税に関する事務を担当する係長以上の職又は国税調査官等に準ずる職で、職務の複雑性、困難及び責任の度が @に掲げる職に相当するものとされている。

 C税理士審査会の指定した研修を修了した者。

 税理士審査会が会計学に属する科目について、満点の60%以上の成績を得た者が有する学識と同程度のものを習得することができるものとして認めて指定した研修。現在、税務大学校の本科研修、専科研修等が指定され官報に公告されているということである。

 税務職員等の会計学科目の免除制度は昭和55年の改正法で設けられたものである。税務従事期間が23年以上又は28年以上の税務関係職員で且つ管理的地位又は専門官の地位に5年以上あった者の内、指定研修を修了した者に、会計学に属する科目を免除するものである。

 税務職員の会計学免除制度の新設により、昭和31年に暫定的措置(5年間の時限立法)として新設、以来実施されてきた特別税理士試験制度が昭和61331日で廃止となつた。もともと時限立法だったのにもかかわらず、昭和36年の税理士法改正で「当分の間延長する」ことになって、税理士会の反発を呼んでいたものである。税理士会の反発に対して、政府は昭和38年に特別試験の存廃を含めた検討結果を昭和38年の税調答申となって結実させ、昭和39年改正法案となったが、これも税理士会の要望とかけ離れたものだあったために、猛烈な反対運動の結果、審議未了廃案とさせた経緯がある。昭和39年の改正法案では、特別試験を廃止して、税務職員に簿記を中心とする口頭試問による資格認定制度を設けることとされていた。税理士会は公平原則から反対した。改正法案を潰した日税連は諮問機関として税理士制度調査会を設置して、昭和43年に答申「わが国における税理士制度のあり方」を出した。さらに答申にもとづいて全国の税理士会に意見照会を実施して民主的な討議を行ない、昭和47年に「税理士法改正に関する基本要綱」を策定した。昭和47年の基本要綱によれば、国民のための税理士制度確立を理想としており、納税者の権利擁護と真の自由職業への前進を目指していたとされる。特別試験が存続すれば税理士制度を崩壊に導くから、その廃止は法改正に際し他の一切の事項に優先するものとしていたのである。日税連としては基本要綱にしたがって運動したが、当局の考えが変わらないので、相手にされなかった。そこで、方針変更して、特別試験の廃止など改正至難の6項目(使命の改正、弁護士・会計士問題、特別試験廃止、懲戒・監督の自治権、事前通知等)について、昭和55年改正で、税務行政サイド他の考えを容認した経緯がある。(注2)

 並行して、特別試験が憲法違反であるという訴訟(昭和47年提訴)があり(注3)、税務当局としても、「特別な」試験で税務職員に資格を付与する理論構成がいよいよ無理となり、それならば、諸外国の実施例もあるので、実務経験に富む税務職員等に対して、会計学の部門についても一般試験合格の学識と同程度のものと「感知」して、会計学に属する科目を試験免除することにより、不都合を解決する必要があった(注4)。結果、昭和55年の改正では、当局サイド寄りに特別試験の廃止が決まる等、総体としてみれば、廃案となった昭和39年法案と類似した内容になった。

3、税理士登録者数の推移

 上記の事態を反映するように、税理士登録者数のうち特別試験合格者数が近年逓減して、試験免除者の数が上昇している。国税庁の統計で試験免除者というのは、すべての科目について試験を免除されたものである。その内訳は明らかにされていないが、税務職員の占める割合はかなり多いものと思われる。(以上表1参照)

因みに、日税連の発表によれば、平成9年度の新規登録者数は、1803(内女性345)。平成9年度の登録抹消者は、1366(内死亡865人、業務停止500人、資格喪失1)である(注5)。資料が若干旧くて申し訳ありません。

 

4、「論点整理メモ」の議論

 平成7年のタタキ台の改正意見について、日税連税理士法改正対策特別委員会第2分科会の「論点整理メモ」(論点整理メモは114月から121月まで3回発表されているが、試験免除制度については、同第2分科会が114月に公開されたものに入っている。論点整理メモは、国税庁・大蔵省主税局との「税理士制度に関する勉強会」での議論の論点を整理したもの。意見の集約ではないとされている。)では、修士に対する厳しい意見と税務職員の会計学免除に対して厳しい意見が出されている。下記にその一部を紹介する。

○修士、講師を博士、教授、助教授と同列に扱うのはおかしい。

○ダブルマスターの弊害は実質上少ない。

○修士の取得による科目免除制度の学問領域が「法律学又は財政学、商学」と広範に規定されている。

○昔の修士と今の修士のレベル差

○税務職員の税法免除は分るが会計学については問題である。

○指定研修は税理士となるために実施されているとの誤解がある。指定研修内容を開示して、指定研修を受けた者が税理士となるための必要な学識及び応用能力を有するといった検証が必要ではないか。

23年以上勤務の国税職員で指定研修を受けた者の殆どが税理士の資格を得ていると見受けられ、一般試験に比べ優遇されていると思われるので、その研修内容を示して、一般試験と遜色ないものなのか検討すべきではないか。

○国税職員の試験免除制度は外国でも認められている国がある。

改正案の実現に向けての日税連と国税庁の協議要旨をいえば、@「修士」「講師」の免除の見直しには、理由づけとともに文部省、大学関係者等との調整が必要、A税務職員の試験免除制度は、合理性において、なお検討を深める。B規制緩和推進3か年計画(再改訂)にも掲載、ということである。

5、若干の問題点

イ博士、講師

一部免除の資格を修士から博士の学位にあげたことに飛躍がないか。

博士だからといって、免除する理由はあるか。

講師でも専任と非常勤の違いがあるがひとからげでよいか。

ロ学問領域についての誤解

 税の概念はひとり税法のみでなく、税の使い方まで含めた広い概念であることを承知していないと思われる。

ハ国税職員 

 税務職員については、徴収実務に携わってきた経緯があり、立場の異なる税理士へ一挙に鞍替えするのは納税者サイドからいって感情的に許されることではない。原則認めないというのが望ましいが、セカンドベストとして、宗旨変えの期間を設定することを考えたらよいのではないか。具体的には、退職後一定年数、例えば2年程度の期間登録留保等の措置が必要ではないか。

 他方、税務職員の免除制度に比較すれば他の資格免除の弊害は少ない。

6、おわりに

 税務代理の内容を充実させること、訴訟に関しても代理できるようにするのが税理士の地位向上に決定的に重要である(注6)。「訴訟代理」ということも展望すれば、税理士については、納税者側のためになる深い学識と納税者・国民の側に立脚した現状分析と理論構成力を保持することが要請される。また、活力ある経済と公平を旨とする税制とをどの程度バランスさせるか。積極的に税と税の支出のあり方についても提言していかなければならないであろう。

いまのところ税理士は「税務会計専門家」(注7)としての実務に偏移しており、そのための視野の狭さから、税制の専門家とは考えられてはいない。しかし唯一、現場を知るという立場にあり、学説、裁決例、統計等の文献を立説の根拠とする学者等より生の資料を持つということで、優れている面があることは知られていない。今後は理論面を充実することにより、学者、官僚に劣らず、改革の担い手としての力を発揮すべきではないか。この意味で、試験の一部免除制度についての「タタキ台」の案には、試験制度の問題点と合せて、改善すべき課題は大きいものといえる。

 

(注記事項)

1:税理士試験の一部免除の説明については、日本税理士会連合会編『新税理士法要説六訂版』、税務経理協会、1999年、78-82ページ参照。

注2:特別試験の受験資格は税務職員については、国税又は地方税に関する事務にもっぱら従事した期間が通算して20年(事業税固定資産税等は25年)以上になる者である。その場合の特別試験は、会計実務につき、原則として筆記及び口頭により行なわれる。合格者を決める場合には、受験者の実務経験年数を参酌することができた。同上書、83ページ参照。

注3:改正の経緯については、松下光弘「税理士制度の歴史的展開」、東京地方税理士会横浜中央支部講演録1997年8月実施分によっている。http://www.cyberoz.net/city/hirohase/matsushita.html。2000年9月5日閲覧分。

注4:北野弘久『税理士制度の研究-増補版』、税務経理協会、1997年、267-281ページに訴訟の内容が紹介されている。北野氏は特別試験を「適用違憲」としている。

注5:http://www.morikei.co.jp/zei/98_05.htm

注6:三木義一「日本の税理士とドイツの税理士」東京税理士会下記ホームページ

 http://www.alpha-web.ne.jp/tozei/4/doitu.html 200093日。ドイツでは、財政裁判所という特別な裁判所があり、租税に関する訴訟代理の多くが税理士によってなされている。また民主主義の観点から、年末調整を原則廃止とすることもあるべき方向である。塩崎潤「給与所得者にも申告納税制が必要」東京税理士会下記ホームページ。 http://www.alpha-web.ne.jp/tozei/4/hituyou.htm 200093日。

注7:北野弘久『税法学原論』、青林書院新社、1984年、355ページ参照。

(追記事項)

「税理士法改正要望書(案)」について

 平成12年9月21日に日税連より「税理士法改正要望書(案)」が公開される予定である。それによれば、上述の「タタキ台」の案と比較して、税務職員の方でより大幅トーンダウンとなる可能性がある。税理士法第1条に手を付けていないことなどとともに、重要課題は残される可能性がある。今後の動向に注目したいものだ。

 

1:税理士登録者数

弁護士

公認会計士

試験合格者

試験免除者

資格認定者

税務代理士

特別試験合格者

特例法認定者

昭和52年度(1977年)

491

4,148

12,391

3,879

2,214

2,626

9,861

35

35,645

昭和55年度(1980年)

483

4,544

14,316

4,360

1,985

2,328

12,487

32

40,535

昭和62年(1987年)

260

4,481

19,072

5,840

1,171

1,339

19,055

20

51,238

平成1年(1989年)

270

4,680

20,504

6,620

1,008

1,172

21,067

17

55,338

平成9年(1997年)

318

5,372

25,955

10,387

422

585

20,397

10

63,446

同上構成比

0.5%

8.5%

40.9%

16.4%

0.7%

0.9%

32.1%

0.0%

100.0%

20年間の増減実数

(173)

1,224

13,564

6,508

(1,792)

(2,041)

10,536

(25)

27,801

(注)用語の説明

1試験免除者-- 税務職員、学位取得者等で試験科目の全部を免除されたもの。

2資格認定者-- 税理士法施行時に一定年数以上の税務職員で、税理士資格委員会ノ認定を受けた者

3特別試験合格者--税務職員を対象に実施されていた試験。

4特例法認定者--一定年数以上業務従事の計理士で、税理士試験委員会の認定を受けた者

(資料出所)

国税庁編『国税庁統計年報書』大蔵財務協会、昭和56年版191ページ。同平成4年版219ページ。

http://www.morikei.co.jp/zei/98_05.htm