−規制緩和と財政民主主義についての若干のコメント−


Wednesday, May 14, 1997

野村総合研究所のリチャード・クーと藤田茂の両氏の日本経済新聞1997/3/26日の「経済教室」によれば、「今の日本経済は、史上最低の金利水準でも民間企業の資金需要がほとんどないという異常事態である。日銀が幾ら資金供給を増やしても経済活動が拡大する理由はない。

現在必要なのは、投資機会を創出する規制緩和と当面の景気底割れを防ぐ財政支出であり、景気緩和論は、政策論議を問題の本質から遠ざけてしまう。」として、金融政策の無力とケインズ的な財政の下支えの必要性を指摘している。

実体経済の沈滞の下では、金利を幾ら低くしても、それ以上に儲かる可能性がない以上、資金需要は増加しない。問題は、経済活動に刺激を与えることである。しかし、投資の主体は民間企業であり、私企業が自由に商売ができない環境が制度的に存在するのであれば、規制緩和を押し進めることが第一である。

だれでも、投資の機会が均等に与えられることが資本主義の自由である。しかし、それが今の日本に決定的に欠けている。ある程度の規模で開業する場合、役所のお節介(認可、規制等)が必ずある。したがって、政治家のコネもまた必要である。

私にいわせれば、こんな国は「民主主義国家」とは到底いえない。

政府は政府で国家レベルから市町村、特殊法人に至るまで、予算を消化することが仕事であり、考えていることといえば、今の給料が責任の割に安いことであり、したがって、退官後の就職先のことであり、退官後の特殊法人の収入源であり、国民のために予算を有効に使うということは、おそらく小指の先ほどもないであろう。

国民は国民で「無関心」を装うために、官僚、政治家、財界の一部のやりたい放題で、政治状況は最悪である。

経済の悪いのも、制度的、構造的のものであるので、金融政策、財政政策も量的な変更にとどまっては、かえって将来的に逆効果である。

重要なのは、日本を「公正」で「自由」な国に変えることである。ということは、今が悪いのであるので、良くするには今の状況をいったん全否定することからはじまらなければならないであろう。最初は、お金の問題ではない。お金のあるないは結果である。

財政、租税政策に関していえば、憲法上の平和主義、民主主義の観点から、見直す必要がある。租税収入が歳入予算、歳出予算と無関係な形できめられてよいものではない。問題は、政府の行動に対して、納税者のコントロールがきくかいなかがである。財政に関していえば、財政議決主義と財政民主主義の視点が憲法上の民主主義を反映する。

この視点からいえば、「財政収入は国会で議決した財政支出(具体的には予算)が前提になってこそ決定されるものである。」(注1)という主張は、財政法学を専攻するものの良識のあらわれである。したがって、意に反して過大となった税収は、納税者に返すことが基本である。

吉田善明氏によれば、キーワードは下記の3つである。(注2)

  1. 納税者の権利
  2. 租税内容合憲制の確立
  3. 支出内容の合憲制の原則

以上の3原則に照らしあわせれば、戦後50年の今日、政府のとってきた種々の政策は、その多くが反対方向に向かっているといわざるをえない。

以上の意見に異論がある人がいるとは考えられないが、例外的に文句のある人はメールを担当:松井まで届けていただきたい。


注1:吉田善明「戦後50年と財政法研究への反省(総括)」(日本財政法学会編『戦後50年と財政法研究(1)−国家財政』、龍星出版、1997年5月)、19頁。

注2:同上論文、18−24頁参照。