川崎瀧春枝の民謡教室



平成9年の第19回川崎会春の民謡端唄まつり  於 名古屋市民会館大ホール






川崎瀧春枝 本名鵜野ハルエ


昭和57年 家元川崎瀧雄(名古屋)の名取り
になり、川崎瀧春枝(写真左)の芸名になる。
川崎ファミリーの川崎千恵子先生(写真右)の
代稽古を10年ほどつとめ芸を学ぶ。
平成7年に会社を辞め、お弟子さんを
「大きい舞台に出してあげたい」という
思いで指導している。




日刊工業新聞のコラムで紹介された記事を紹介します。

追われず悠々一生懸命
伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ、尾張名古屋は
城で持つ・・・」でご存じ伊勢音頭。うたうは中京が生
んだ民謡”端唄”の名門「川崎会」の師範川崎瀧春枝
さん。実はこの人、昼と夜では別の顔。昼はマキタ電
機製作所第1工作部組立係、鵜野ハルエさん。勤続
30年の大ベテランだ。若者に交じりグラインダーを組
み立てるオバサン。だが、ひとたび三味線を手にすれ
ばそこはお師匠さんに早変わり。この人と民謡三味線
の出会いは30年も前。秋田から出てきたばかりの少女
にとって工場勤めはつらく、寂しく、悲しいことばかり。
そんな時、同社中興の祖、故後藤十次郎社長に直接
励まされ「努力すればきっと報われるはず。好きな民謡
と一緒なら・・・」と三味線を手にした。
 それから10年、本格的に学ぼうと川崎会の門をたたい
た。家元川崎瀧雄の前で故郷の”秋田もの”をうたい、
道場破りと間違えられたとか・・・。2年後、家元から「瀧」
の一字をもらい、名取り「川崎瀧春枝」に。そして師範。
 音楽の都ウイーンやベオグラードでも公演した。
 今では川崎瀧春枝一門を構える。
 4年後には定年。じょんがらに挑戦しようと2年分のボ
ーナスで津軽三味線を手に入れた。仕事も芸も決して
追われることなく悠々、一生懸命。居間に飾った民謡歌
手佐藤和雄の「芸は夢で遊ぶ」を実践する。