ニューヨーク邦楽事情   石榑雅代
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その47 2010年4月9日

あ〜手がしびれる



写真撮影中 "微笑む"ってなに?あ?顔がこわばる

あ〜手がしびれる

昨年のお正月はまた1ヶ月間休暇で、岐阜の実家にて上げ膳据え膳。あれは最高ですね。
邦楽らんどの管理人"マンファンさん"とも短い時間でしたが、愛知県の瀬戸市でお目に掛かるこ
とができました。

あっという間に1ヶ月が経ち、こちらに戻って来たのが1月始め。3才児と2人、14時間空の旅。
子連れなので飛行機には一番初めに乗せてもらって、後ろの方の2人がけの席がもらえてやれやれ
っとこれで安心と思っていたら、乗って5分もしないうちにフライトアテンダントがやって来て
「まわりのお客さまから、お子様の声がうるさいと苦情が出ていますので、お静かに願います」
といわれて、いきなりが〜〜ん。この先14時間どうする?
そのときすでに私、完全に逆ギレ状態。一体どいつが文句を言っているのかと周りを睨むように
見渡してみたが、みなそしらぬ顔。文句があるなら直接言いにこんかい!
だけどその後は、なにもかもエンジン音にかき消されて…。
してやったりじゃ。


              2010年リモジン最新のデザインか? 始めて見たぞ。
              運転手と車がよくあっていると思う


私も初めての経験でしたが半分くらい飛んだところで、突然すごい揺れが。息子の食事は下にぶ
っ飛び、シートベルト着用を呼びかける為マイクを持ったフライトアテンダントの叫び声がマイ
クを通して機内に響き渡り、おばさんたちも半狂乱になっている。
機体がギシギシいっているのが聞こえて、このまま空中分解もあるかもしれない。
息子のシートベルトをしっかり締め、彼の手を握り、あとはひたすら揺れが収まるのを祈った。
あんな大きい物体が映画のシーンのように揺れるなんて、乱気流の恐ろしさを知った。

あとから息子が主人に言っていた。飛行機がすご〜く揺れたけど、玲が一緒にいたからママは怖
くなかったと思うって。
それはある意味本当かも。子供と一緒に死ねたら悔いなし。

ケネディー空港に無事たどり着いてホッとしたのもつかの間、アパートに帰ったら暖房が壊れて
いて(ビル全体に入るシステム)凍え死ぬかと思った。結局2日間暖房なし。お湯を1日中沸かし
ても、何の意味もなし。寒すぎて1月のニューヨークではね。

そして今はもう3月半ば、時の過ぎるのが妙に早く感じられる今日この頃。この現象って歳のせい
だと聞いたが??

去年のバネ指の手術の後遺症?で(に違いない)頻繁に右手がしびれて、最近は腕の方までもし
びれてくる。先生の話では後遺症はないとことだったけどなんでだろう?
バネ指は治ったけど、完全に前とは違う浮腫みとしびれが常にあって不愉快度150%。
いま手術から半年強。もっと時間が経ったら少しはましになるのかな。

一去年から決まっていたボストンのオーケストラとの共演。
2曲楽譜を去年の11月にはもらっていたのですが、その頃には他の演奏会の為の練習が優先、なか
なか練習が始められず、ついには年を越してしまった。
流石にちょいと焦ってきて、まずコンピューターの音源でもと思いよくよく聴いてみたら、2曲の
うちの1曲は凄く難しそう。ひえ〜〜嘘でしょ??????

拍子が頻繁に変わって、楽譜についていくのが精一杯。
5拍子が18小節、3拍子が6小節、7拍子が11小節、2拍子が11小節、等々…ときて、長〜〜い休
みを数えるもの大変。
1、2、3、4、5、…と数え、突然どこかわからなくなって、ああ〜〜〜いまどこ?みなさんも、
経験ありませんか?
一度どこかわからなくなったらもう終わり。おまけに弾く手も大変ときた。で、一端弾いたら休
みなく弾き続ける。3月までに間に合うのか….??
大きな演奏会の度にいつも同じ事を繰り返す、こんな私はあんぽんたん。

繰り返し音源を聞いても、楽譜になかなかついていけない。4ヶ月も前から楽譜をもらっていたの
で、今さら弾けませんとも言えない。全部自分のせい。
寝られない日が続き、とにかく少しずつ練習してみる。が、難しい方のその曲、テクニック的に琴
で弾くには無理があると判断、作曲家(アメリカ人)に少しだけ音を減らしてもらい、微妙〜に簡
単にしてもらうように頼んだのですが、本人も結構大変ということは気づいていて(だったら、始
めからそんなの作るなよ)すぐに変更してくれたが、残念ながらそれは全く演奏者にとって意味の
ない変更。
彼は琴を弾かないので、実際なにが大変なのかがわからないのです。どう考えてもピアノ感覚で書
いている。
とにかく説明してもう一度書き直してもらったけど、同じ事の繰り返し。
こんな事をいつまでも繰り返していたら、どんどん時間がなくなるので、自分で変えてもいいか聞
いたらすんなりOK。随分弾きやすくしたつもりだったが、それでもまだまだ大変なところが山盛り。
なにからなにまで全部丸暗記しないと、テンポが早いのでとても指がついていかないし、変拍子で
ちょっとでも迷ったりしたら、もうどこかさっぱりわからなくなる。
こんな感じで本番まで悶々とした日が続いた。途中で落ちて最後までオケと最後まであってない光
景が夢になってうなされる。そんな日は決まって寝不足気味。



  会ってびっくり、みてびっくり、この方NYにいる作曲家っす


本番の5日前に1度目のリハの為バスで4時間半の道のりを1日で往復。翌日明け方にNYに帰る。
その日の午後、日本から糸締めの為にお琴屋さんが到着。
翌々日、お琴屋さんを一人残して、今度はいよいよ2泊3日で本番の為にボストンへ。初日は音楽
大学としてよく知られているバークリー音楽院でのレクチャー。日本人の学生が多いらしいが、
レクチャーには一人も来ていなかった。やっぱりね。

今回来てもらったお琴屋さんとは18年ぶりの再会。
私が東京の沢井先生の内弟子の時からの友人で、当時からとてもよく気があって大の仲良しだった。
空港で出迎えたときも、昨日まで一緒だったみたいな、なんの違和感もない。
昔からの友達っていいものですね。
ただ彼の髪に白髪がちらほら「あんた年取ったね…白髪あるんジャン」と言ったら「マー子、おめ
えは相変わらず脳天気やなぁ」って。
はい、お陰様でご覧の通りでございます(^_^)

今回57面の糸締めを1週間でやり遂げた彼。かなり強く締めてもらっているので腕が心配だっけど、
全部糸締めが終われるかどうか1000ドル掛けていたから、一度も弱音を吐かずに頑張ってくれた。
途中で少しだけ無口になっていた時期があったっけ…?よく楽器の事を勉強していて、色々と教わ
った。本当に見直した。

ボストンでの最初のリハの前日2日間は、ニューヨークトラベルショーとひな祭りイベントを掛け
持ち。着物を着たままタクシーでの移動で精魂ともに疲れきる。流石の私もギブアップ。悲しいけ
どもう若くない。
寝ても疲れが取れず全身鉛みたい。これじゃ身体が幾つあっても足りない。が、弱音は吐けない。
家では息子が私の帰りを待っている。最近では出がけに"信号はちゃんと右、左、右見なさいよ。
車に気をつけていってらっしゃい、バーイ"っと、しつこいくらい手を振って見送ってくれるまで
に成長。なので母は強く生きるべし。



    かなりひょうきんに育っってしまった息子や、これでいいのか?



演奏会当日までかなり苦しんだけど、本番には500人くらいお客さんが入ってくださり、演奏会は
無事に終わった。
最後には糸が全部言えるくらいまで覚えた。丸暗記の世界である。
会場のサイズや響き方から、マイクをいれるかどうか微妙なところだったのですが、いままでの経
験上入れるべきと判断した事もよかったかと思います。
4ヶ月間苦しかったけど、終わりよければすべてよし。



       演奏会のあと指揮者の洋一さんと


演奏会の後、ボストンを11時59分発の夜行バスで家路へ。
明け方4時にはNYに着くはずだったのに、運転手が道に迷って、NYに着いたのは6時半。
家に戻って少しだけ布団で横になる。1時間後の8時には元気いっぱいに琴屋さんがやってきた。
その日は私、妙に元気だった。なんだ、わたしまだ若いじゃないか!

来年にはシアトル シンフォニー オーケストラとの共演が決まっています。今度こそ、早目に練
習始めよっと・・・。

もう去年の秋の話しになってしまいますが、笙演奏家の石川高さんとご一緒する機会がありました。
ちょー驚いたのは高さんの細いこと。彼の腕は私の手首くらい、足は細くて今にも折れそう。
隣にいる私が更にがっちりしてみえちゃうじゃないですか…と雑談が盛り上がった。



    三味線の健太さん、作曲家、私と高さん



お恥ずかしいのですが、笙を間近で見るのは今回が初めてでした。すーっと引き寄せられる透明感
のある音。聞き入ってしまい、時間の過ぎるのを忘れそうです。
怜学舎のメンバーとしても活躍していらっしゃるので、委嘱の現代曲の演奏も多いそうです。楽器
についてのお話しが伺えて貴重な時間でした。


この演奏会は琴、笙、三味線の他に洋楽器を混ぜた構成で行われました。ボストンにありとてもレ
ベルが高いニューイングランド・コンサバトリーという音楽大学の先生2人が、この演奏会の為に
曲を書いたのですが、これがまた…、大大大問題だった。
呑気に雑談に花咲かしている場合じゃなかった。ほんとうは。

1曲は本番の5日前まで楽譜は届かないし(高さんはコンピュータを持ってきてなかったので、前日
リハまで受け取れず)もう1曲の楽譜は、三味線パートについては、きっと地球が逆さになっても
ぜったいに演奏不可能だろう。
前日になって、三味線での演奏は無理と作曲家が判断し、代わりにエレキギターなった。
エレキですよ!
どんな曲かご想像できますか?楽譜は音が細かすぎて絵かと思うくらいだった。

私はお得意の"さりげなくごまかす"と言う手段を使ってなんとか切り抜けたつもりだが、実はちゃ
んと弾けてなかった事バレバレ。
高さんとニューヨーク在住の三味線の健太さんと(本業はベーシスト)演奏会のあと御飯食べなが
ら、戦い抜いた戦友だねってお互いを讃え合う。
しかしよく知らない楽器を使うのに、何故作曲する前に勉強してくれないのかと思う。
その先生方、おのれはわる〜ないっていう感じだった。
いやいや、三味線の健太さんにおかれましては、本当にお疲れ様でした。



毎年恒例 スイスツアー


                      マルコさんの家の前で
 

15年来の友人で、太鼓と尺八のマルコさんの出身地であるスイスで、毎年公演をしています。
公演は恒例ですが、残念ながら私は子供が生まれてからは毎年参加する事が不可能になり、今回は
短い日程であればなんとかなるということで。
はじめに学校公演も入れて10日間行って欲しいと頼まれましたが、その公演の前後に他の演奏会の
為に数日留守を予定があったので、本当は長く行きたかったけど、家族のことを考えるとそうもい
かず( あたりまえです!)私だけ大きな公演だけにしてもらい、最短の4日間のスイス旅行。

朝会場について15分後には公演開始。よく間に合ったものだ。午後は早速その足でお土産を買いに
スーパーへ。
スイスはすごく物価が高いので、スーパーでの買い物が一番いい。近所の八百屋で買い物している
いつもの自分がいる自覚有り。スイスといえば乳性品が美味しいので、チーズやら生ハムやらを
大量に買い込む。一緒に行った男性陣は私の事を"見事なおばはんぶり"と腹を抱えて笑っていたが、
なんとでも言って、全く気にならない。年を重ねるという事はこういうことかしら? 良い物を安
く買う、人生の基本です。



              ラードでできてる豚 かわいいですね      

さあもうお土産も買ったし、もういつでも帰れるわ〜!
2週間も前から来ている他の人達からは、あなた今日来たばっかりじゃないのよぉ?と、どやされる。
マルコさんのお父様は、昔ご自分のレストランでシェフをしてらしたので、お昼と夕食は毎日彼の
手作り料理をいただく。



             えらいでかいキャベツやな?


毎年数回大勢連れでドヤドヤ押しかけ、たらふく飯喰っていく我ら。80才をすぎていらっしゃる。
厚かましい我々を内心どう思っていらっしゃるか恐ろしくて聞けない。が、幾つになっても息子の
為なら{えんやこーさぁ}って感じがありあり。親って有り難いですね。




夏祭り

ニューヨーク近辺には日本の食材が買えるお店が数軒あります。そんなには高くないです。ここで
は需要があるから高値を付ける必要がないのかもしれません。ですが、流石に天然の鮎とか、なん
たら牛みたいな特殊なものは無理ですが、大体のものが手に入るのは大都会ニューヨークならでは。
お店側も少しでも客入りをよくするために、季節にあわせて色々なイベントを企画しています。例
えばマグロの解体、北海道展、和菓子ウィークなど。
その中のイベントとして、今年始めて夏祭りで演奏しました。



  私は手の手術後だったので見学


現在そのお店は韓国人がオーナーなので、買い物客は日本人に限りません。とにかく、みんなで
あーでもない、こーでもないとワイワイやるイベントは楽しい。
琴の後は子供の太鼓。大人気。出てくるだけで可愛いから子供には負けるな。






勉強会で学んだこと

2回目の勉強会をしました。今回はこの日系のスーパーがある場所の一角を借りて、適度な緊張感
を得るために、通りがかりの一般の方にも入っていただけるようにしてみました。
勿論そんなに多くの人が琴や三味線に興味があるわけではないのですが、それでも20人くらいの人
が入れ替わりに入ってきて下さいました。
今回は私自身勉強したことがあった。
アメリカでは褒める、感謝を正直に表現するのが普通。
日本人ってご主人が奥さんを人前で褒めることはあまりないけれど、こちらでは普通します。

今回行ったのは名の通り勉強会、発表会ではないのです。
なので演奏の後コメントをします。
参加している生徒はこの勉教会の意義を知っているので、私が多少きつい内容で何かを言っても大
丈夫なのですが、偶然外から入って来てコメントを聞いた人は、ひどく驚くようです。

休憩の時に、外部から見に来ていたアメリカ人男性があるアメリカ人生徒のところにきて "Why
is she SO mean?"
その意味は"なんで彼女はあんな嫌みったらしいことばかりいっているんだ!" です。
生徒達はこの勉強会の趣旨をちゃんとわかってくれているので良いけれど、いつも褒める事を前提
としているこの国では、すんなりと受け入れられないようです。私なりに精一杯コメントしている
つもりでも、人によっては嫌みに取られちゃうんだと、正直言って私の方がとてもショックだった。
これがお国が違えば..ってことかあ。久しぶりのカルチャーショック。上達してもらいたいという
思いから正直にコメントしているつもりだけど・・・なんか難しいなあ。

ある尺八の方が日本からいらして、ご一緒させていただいた。帰り際に、外国でお琴弾いている人
とはおつき合いがないので、どの程度の弾けるのかわからずここに来るまで非常〜に不安でしたが、
みなさんよく弾かれますね..って。と、これはお褒めのコメントかあ?
小声で言いたい。外国で演奏しているからと言って、演奏レベルがとても低いと思われるのはつら
い。勿論、間違っても一流レベルとは言わないが、グループとしてもそこそこのレベルは保ってい
るつもり。いきなり言われるとそれもなんだかショック。色々なショックがある。

CDカバーに写っている私の写真を見て、これ"玲ちゃんのママ"と言ってくれる息子。かわいいとこ
ろもあるやんけ!
私ってこの子にとっては大事なママか、自分を必要としてくれると思うと嬉しい。が、毎日イライラ
の連続で3才児と真剣なにらみ合いが続いている。
「今日のママって、いつもよりちょっとかわいいんじゃない?」とにっこり笑う。「あら〜そうなの
?」と聞くとその後すぐに "ああそうでもないか" だと。
大人げないが、すぐに主人に電話で報告。だんな大笑い。


  アメリカのサーカスは規模が大きい

アメリカに来てから始めてサーカスに行って来た。スケールが違いますね!
ぞうさんなんて10匹以上出てくる出てくる、馬、ひつじやらも続々と登場。日本のサーカスと違う
ところは、色々な国がそれぞれ出し物をする。黒人のお兄ちゃんがめっちゃ足の長い竹馬で歩く。
倒れるのではないかと心配。中国雑伎団、モスクワのトランポリン等。楽しかったです。



 像さんやトラが勢揃い  世の中には器用な人がいるもんだにゃ


今年の桜祭りは5人の子供達がキラキラ星を弾きます。ちゃんと舞台に出てきてくれるか
ちょっと心配。


その48 2010年8月30日

ニューヨーク邦楽事情ならぬ、ニューヨーク住宅事情
働けど、はたらけど…!!

6月末に4才になった息子
生後5ヶ月の時から経験の豊富なベビーシッターに見てもらっていましたが、その方は殆ど英語が
話せずスペイン語だけ。家で日本語漬けなので、英語の方はまださっぱり。

そろそろ英語も勉強しないといけないし、社会性を身につけるためにも幼稚園に通わせた方が良い
ということで、長く御世話になったシッターさんを卒業し、いまは週に3日プリK(日本でいう幼
稚園の年小組)に通わせています。
そして5才からはキンダー・ガーテンに(幼稚園でいえば年長組にあたる)行くことになりますが、
さあ!マンハッタンはここからが大変。

高いんです!!何が高いって???????
まずこのプリKの学校に週5日、朝9時から最長夕方6時まで預けて(何時にお迎えに行ってもい
いけど)月に日本円で軽く10万円を越すのが普通です。更に有名幼稚園だと年間200万円とか。
うちの親にこの金額を伝えたら、電話口で固まってましたね。だって岐阜の田舎では想像できない
ことですよ!

様々な人種、生活レベルの人が集まるニューヨーク。
市内に数多くある学校のレベルにも大きな差が出てきます。

マンハッタン内は細かく学区が区切られていて、公立の小学校(無料)に行く場合は基本的に決め
られた学区の学校にしか入れません。
もしもその学校に行かせたくない場合は、プライベートの小学校にいかせるしか方法はありません。
私立の小学校となれば5才から年間200?250万円だそうです。完全に鼻血もんです!



    ウチの近所ハドソン川   空母も展示されている 常に大型客船が入ってきます


冗談のつもりが…。
ニューヨークの金持ちは半端じゃないってことは知っています。でもそれでもまさかと思い、プラ
イベートの学校で先生をしている知り合いの日本人に“こんな学校に通っている子の親って、自家
用ジェットとか持ってたりしちゃうんですかね????”
そんなご家庭の子供は幾らでもいますよって。
「たくさん??………」冗談のつもりだったけどねえ。


いまの私達の住まいは、タイムズスクエアーから徒歩約5?10分の住宅地。この数年で家賃も結構
高くなってきました。契約は一年更新なので、当然どんどん家賃が上がって行きます。この2年間
は不景気に助けられ?据え置きだったけど。

 
             ウチの家の前   セントラルパークで働く馬が普通に道を歩いている


この場所、ひと昔前は(私がアメリカに来た20年前はたしかにそうだった)あまり人が足を踏み
入れることがなかったエリア、ましてや女性が夜一人で歩くなんて誰も想像もしなかった場所なの
です。
が、そんな時代にもこの辺りに住んでいる人はいたんです。その頃から入居している人達は、レン
トスタビライズという契約で入居しているので、毎年決められた金額しか家賃が上がらないんです。
( 3%以内)
同じサイズの部屋に隣同士にいても、新しい人は月3000ドル(30万円) 昔から住んでいる人は5?
10万円とかって聞きます。
基本的にレントスタビライズで住んでいる人達は、法律で守られているので、死ぬまで出ないくら
いのつもりでいるらしいです。いまとなればラッキーですよね。

前ジュリアーニ市長のお陰でまずタイムズスクエアーが安心して歩ける場所となり、その影響でそ
の近辺もどんどんと治安が良くなってきて、いまやこの辺り極楽か天国か。
変な人に追いかけられ、命を落としそうになったと聞いたのはたしかにこの辺り??

住宅も購入となれば、億に近い。そりゃ1軒家ならそれくらいしてもおかしくはないでしょう?と
お思いかと。いいえ、それはアパートの一室です。広くても精々8畳がよくあって4部屋くらい(
キッチンとリビングを含む)
億って簡単に言うけど、一般庶民が気楽に払える金額じゃないと思うんですけど。借金返済額の他
に毎月の部屋の管理費が800?1500ドル平均。もう完全想定外。



        最近こんな高層ビルが次々と建てられています。火事の時怖そう?!


マンハッタン内には、低所得者を守るために建てられた建物が幾つもあります。残念ながらそのビ
ルの辺りに限ってはいまだに風紀もいまひとつ、当然学校のレベルもよくなりません。
道を1本挟んで微妙?な雰囲気になったり、そこを越えるとまた高級住宅地になったり。そんな状
況で住宅が並んでいます。市内には基本的に1軒家はありません。すべてアパートです。

子供を持つ多くの親は、子供が学童期になるとよい学校がある土地やエリアに引越をします。
家の価格は学区がよいところは決まって高くなっていて、そうでもない学区は少しだけですが部屋
の価格が低く設定されているようです。

金額と家の広さはよし!っと思った物件。でもよく調べてみたらやっぱり学区がいま一つ。いまひ
とつじゃなくて、いま10くらい。それでは引っ越す意味なし。


それが、マンハッタンから1歩出てみると
地下鉄に乗ってほんの数分の郊外に行くと、そういった学校&家選びの厳しさからは一気に解放さ
れるようで、お母さん達と学校の話しをしてもぜんぜん会話がかみ合わないんです。普通に学区の
小学校に通わせているんです。


ワシントンDCの生徒さんが、やはり娘さんの学校に合わせて引越をされ、高級住宅地に1軒家を
購入。
先日始めて伺ったのですが、1920年代に建てられたという。
ホテルみたいな玄関、広々とした居間に日本的な屏風やら、趣のある古い家具が。裏には勿論大き
な庭。BBQ楽しそう。
大きな家って掃除が大変だろうなっと思わず余計な心配まで。いまでは狭い場所に慣れてしまって、
広い家は落ち着かなくなってしまっているあたし。


来年の9月までには息子の学校を決めないといけない我が家。いま住んでいる学区の学校は、親的
にはちょっと納得がいかないのですが、厳しいニューヨークの現実を目の当たりにして、なかなか
気にいった物件( 買えるのがないっていうか…)が見つからず、四面楚歌状態。
このところ、すごく落ち込んでます。
ニューヨークでの生活の厳しさを骨身にしみ、ちょっとどうしたらいいのか?

働けどはたらけどって、こういうときに使うのかなあ
もっと働きたいけどこの景気では…ね。



       子供達

        撮影依頼に忙しいお子さま        5人でキラキラ星上手に弾けましたよ  


5人の子供が桜祭りに参加してくれた。
会場が広いのでみんなに同じTシャツを着せて、万が一の迷子に備える。この日だけ5月は思えな
い暑さ。珍しく湿気が凄かった。大人でも倒れそうなのに、子供に着物やジャケットはきつい。う
ちの息子は出番直前に知り合いの2才の女の子に付いてふらふら?っとどこかへ消えてしまうし、
私更にフラフラ。


          いまにも迷子になりそうなこの2人  

演奏後、記念に集合写真を撮ろうと思っても、お子達は限界を越してしまって、もうバラバラ!!
着物姿の写真撮らせて?って舞台裏では人気者。で、私達大人は全く出番なし….。


                     暑すぎて..



お月見


            たまには静かに月をみるっていうものいいですね

このお月見演奏会に10年近く参加させてもらっています。
この不景気、呼んでいただけるだけで有り難いと思わなければならないのが現状。
はじめの頃は豪華なお弁当を頂いていたりしていましたが、景気が下向きになった数年前から、だ
んだん予算が厳しくなり、今年はついに夕食持参かと思いきや弁当が出た。

こんな状態ではとても声は掛からないだろうなって思っていたら、一応連絡はもらったが人を雇え
る予算なんてない。が、一人での演奏も寂しい。こうなったら、生徒さんに演奏させてあげる機会
の場とさせてもらう。
今回は琴2、三味線4、尺八1名みなやる気満々。
その気持ちが有り難い。
8月半ばでも、マンハッタンから車で1時間半くらい北に上がると気温がぐーんっと下がる。
浴衣を準備して行った年は、寒すぎてどうしようもなく、洋服の上に浴衣を着た。お客さんもジャ
ケットを羽織っている。

寒いのに何故か蚊が沢山いて、弾いている時に顔や手に止まって発狂しそう。スポットライトで照
らされているので、キョロキョロしていたらお客さんから丸見え。仕方がないので息を吹きかけて
追い払うんですが、技がいる。
今年は幸いお天気が良かったので、外での演奏でした。
池を挟んで反対側にお客さんが座り、恐ろしく静まりかえっていて、蛙の鳴き声だけが庭園に響き
渡る。

今年はどうしたことか結構湿気もあり、着物が暑い。
肌襦袢が足に絡まって舞台に上がれない。思いっきりめくって這い上がりたい気分。生地がつぱっ
て破れそう….。


       また来年も是非演奏できますよう 祈らずにはいられない


今年は主人と息子もついてきた。
息子は派手なピンクのポロシャツきて、いっちょまえに譜面台とか運んでいるのがライトで照らさ
れてお客さんから丸見え。きっとみなさんあの子は???だっただろうと思う。





教えることって…

いまから4年くらい前、渡米前に日本でも習っていたあるお稽古事をこちらでも再開しました。
それはとても人気があり、入会まで長い人は一年待ちと聞いていました。実際、私も入会可の連絡
を頂くまでに半年以上かかりました。

アメリカに来てから、人に教えることばかりで、人から教わるということがなかったこと、教わる
人の気持ちも理解したいと思ったことと、何かお琴以外の事がしたくって始めました。

毎週決まった曜日、時間に通う事になっていましたが、演奏会やレッスンなどと重なり、なかなか
定期的に行くことが出来ず、3回程お休みしたところで、スタンバイ スチューデント扱いになって
しまいました。
スタンバイというのは、毎週のレギュラーの生徒ではなく、お休みの方が出たときに、自分が行け
る日を事前に伝えておいてその日に入れて貰うシステムです。
実はその方が私にとっては都合が良かったのですが、7回ほど通ったところで妊娠していることが
わかり、結局10回通って退会。
できることならば長く続けたかったのですが、仕方がありませんでした。

そこの教室には5人の先生がいらっしゃり、毎回教えてくださる先生が違い、私は4人の先生に交
代に教わっていました。勿論それぞれ全く違うタイプの先生。


一番年配の男の先生
こちらでたぶん40年以上教えていたのではないでしょうか。かなりのお年でベテラン先生の風貌。
気に入られてないと意地悪されるんです。例えば、みんなの前で「君は右足も左足もわからないの
かい?君、あーたね、日本語わかる?」
あと今日は何も言わないんだな?っと思っていたらこっくり
完全に寝てはいる訳ではないみたいだけど、目閉じてるし。ちゃんとみとらんかい!!
気がないのか、言っても仕方がないと思われているのか、終わって“ はい”っていうだけ。
“ はい”ってなに?なんのコメントもない。
意地悪くなにか言われるか、一切何も言わないか。その先生からはな?にも教わった記憶なし。一
体これってどうなのよっていつも疑問に思っていた。


若い男の先生
まあ若いといっても、私よりずーっと年上。
お稽古中には扇子は飛ぶは、間違えると“ ばか???!”とか言われる人も多々。私もそのお馬鹿
の一人。
よく私の顔を見て ”また君か?、疲れるな?“とも言われた。私も人に教える立場なのでわかるけ
ど、たとえ扇子を投げようが、つい”バカ“とかいう言葉が出てしまうのも、信じるところ、ある
意味一生懸命やってくださっているからこそ出る言葉。
まあ、半分はご自分のストレス発散としても、黙ってなんのコメントももらえないより100倍まし。
私はその先生を慕っていたが、それは一方的だったみたい(苦)


母親のような女の先生
いかにも…の先生って感じで、ちゃんと筋道たてて教えてくださる。常識人


同じく女の先生
この先生には随分訳がわからないことで色々言われた。
その昔ニューヨークでお琴を習っていた方で、私が琴を弾くということがわかると、なんでかわか
らないけど、いちいちいちゃもんをつける。
そんなお辞儀を舞台でしているのか、あなたのそのがさつさがすべての振る舞いに出ているとか、
琴を弾いているのに正座も出来ないの?とか。全く直接お稽古と関係ないことばかり。完全にイジ
メとしか思えなかった。

本当に人に教える事って難しい。
このお稽古通して、教わる人の気持ちを身をもって経験し、なにかしら勉強できたと思う。
絶対に教える人は、教わる人に対して愛情を持って接するべき。一生懸命に教えて貰っているか、
そうじゃないかってすぐにわかる。習う人もばかじゃない。

もともとただこのお稽古をしたかっただけではなく、教わる人の立場、実体験を通して学ぶという
のが最初の目的もあったので、結局短い期間しか通えなかったけれど、私にとってとても大切な事
を勉強出来たと思っています。


大学の時にたしか平和学か何だっかたわすれましたが、当時すでに70才後半の男の先生。聞くに
その世界では随分偉い方だったそうですが、学生に対しても威張った態度など一切されず、他の先
生の間でも年を取ったらああなりたいと言う言葉を聞いていました。

数年前、ある尺八の方がニューヨークにいらして、あるイベントで一緒になりご挨拶をしたときの
こと。
その方が私に「君は琴の….を知っている?じゃ….は?」と数人の琴弾きの名前を呼び捨て。
どんな偉い立場の人物であっても、そのような言動はこちらでは考えられないこと。
日本の邦楽界では名前が知られているのかも知れないけど、その権力は外国では全く通用しないと
思う。    “実るほど頭を垂れる稲穂かな”



夏祭り


                   とにかく弾いてみよう!


今年も日系スーパーで夏祭り。夕方には太鼓とメインの盆踊りがある。出店は金魚すくい、お面、
イカ焼き、たこ焼きなど。懐かしいお店が沢山。
やっぱりこんなイベントって、日本で生まれ育った私達には懐かしく、幼少時を思い出す。

8月の夏休みの最中できっと参加者できる人がいないかもと心配したが、結局琴12人、三味線7人
が参加してくれた
去年は店内での演奏したが、一つの場所に人が集まりすぎると消防法に触れるということで、今年
は外の駐車場。
マイクは4本。


         三味線内蔵マイクをつけたい!!


このようなイベントっていうのは、自動的に(いやでも?)人が見てくれるというのが最大のポイント。
だけど、演奏の場所は縁日のテントの後ろ側で(夕方からの盆踊りの場所としてkeep されていた)
朝の11時はただの広?いスペース。
どっひゃ!!これはちょっとさびしいどおっ。


              とにかく見てくれる人がいてよかった


まあ音を出せばきっと誰か寄って来てくれるからってことになって、取りあえず楽器を並べ始める。
その頃からジリジリを暑くなり始め、眩しくて目が糸。
弦も目に見えて延びているような気がする。

幸いマイクが良く通っていたので、近くにいた人が集まって来てくれました。駐車場で1回だけの
演奏だったので、
その後生徒さんが経営している陶器屋さんの中でも演奏させて貰う。主人が一言。やっぱり琴とか
三味線って、お祭りには合わないわな?って。    た。し。か。に


                お店の中でも弾かせて貰った


9月からジムに通います

いままで殆ど自由時間がなかった私にとっては、まちに待ったこの9月。
突然ですが!!
ゴムのスカートって、どれだけでも延びると思っていたけど大違い。少し前の私。ゴムのスカート
までがパツパツ。
何人の人に2人目??と聞かれたか。
おまけに体質らしいが、コレステロールが異常に高い。医者に、このままの数値だと60才になる
前に80%の確率で倒れますねと言われて、ちょっとびびってる。
まだ子供を残しては逝くわけにはいかん。
ふっと“健康の為なら死んでもいい”という本のタイトルが頭に浮かぶ。買って読んでみようかと
思う。

家で腹筋も始めましたが、腰に負担がかかりすぎるのか、尾てい骨辺りが擦れて負傷。尾てい骨が
標準よりも長いのかな?( 腹筋するといつもこうなる)これっていかに腹筋がないかっていうこと?
それともやり方が悪いのか。傷が治るまで擦れて痛くってできない。やる気満々なのになんてこった!
仕方がないので、プログラムを足上げに急遽変更。



 いつもここを走っています ハイウエーの横で、目に見えるくらいの排気ガスを吸いながら(苦笑)


少し身体を締めないと、この冬また日本に帰った時に、家族や親戚に太っているといじめられ辛い
目にあう。

なにか新しい事も習いにも行きたいし、ずーっとしまってあった20弦の練習もしたい。
あ?9月が待ち遠しい。ふふふっっっっっっっ!!


今年の日本は特別暑いようですね。
こちらも一時期暑かったです。夜の9時でも36度ありました。でもそれほど暑く感じないのは、
湿気が少ないせい。
湿気はきっついですね。熱中症にはお気をつけ下さいね!


その49 2011年2月7日

雨降って地固まる

休み明け

12月の始めから1月の一週目まで、今年は1ヶ月以上帰国。
長く休暇を取った事に別に意味はなくて、ただただもう疲れていたので帰りたかった。
1ヶ月も休めること、当然皆さまから羨ましがられ。まさに自由業がなせる技?

1年ぶりの日本、やっぱりいつ帰ってもいい。
有り難い事に実家、主人の両親も共に健在で私達を出迎えてくれるのです。人生半分を過ぎたこの
歳になると、周りでは親を亡くされた方、家族が病に倒れたという話、ひどければ自分が病気持ち
になってしまう人。
どんな薬を飲んでいるかとか、どんな病気の症状があるかっていう話で盛り上がると聞きますが、
まさにそれ、それです!お稽古時間の半分が、そんな話題で終わってしまう今日この頃なんですう?
って笑っている場合じゃないですね。

年末から結構寒くなってきた日本。雪を心配しましたが、無事にアメリカに戻れ、早速翌日から日
系の幼稚園の新年会での演奏、そのまた翌日は録音。そうです、休んでばかりはいられないのです。

またこれから1年間、目の回る生活の始まり…かと思うと、かなり気が重い。まあ?あまり考えな
いでもう寝ることにする。

日本ではアメリカの経済が戻りつつあると新聞に書かれていたけど、はあ??え?そうなの??っ
て言いたいです。
実際に住んでいる人間がまだ全然実感ないのになあ、本当はまだそうでもないと思いますけどぉ。



マンハッタンでは珍しいロフトがついているアパートに住んでいますが、毎年家賃が上がるんです!限界近し


主人は建築家としてアメリカの会社に勤めていますが、今の状況は本当に厳しいと毎日同じ事を繰
り返し言っています。
この経済に対して、過剰なネガティブ思考もどうかと思うけど、脳天気で楽観視しすぎた報道も、
またどうかと思ってしまいます。

流石に1ヶ月異国にいると、戻ってきてからの時差ぼけがひどいんです。
息子にいたっては、起きたいときに起きてまた寝る。
朝3時に起きて、夕飯かと思うような朝御飯をがっちり食べる。で、また寝て。
どちらの親御さんも、子供の時差ぼけには苦しまされると聞いていたけど、う?んこれか!
休んでいた幼稚園も行かせないといけないので、とにかく時間になったら送り出す。
久しぶりにまた英語の生活で、子供なりに大変だろうと可哀想だけど、こちらも専業主婦ではない
ので、ここは心を鬼にして、あとは先生宜しくぅ!…みたいな。
で、家に帰って来ると「玲ちゃん、英語話せないからって」と繰り返し言っている。やっぱりあま
り幼稚園になじめていないらしい。
2カ国語を学ぶ子は、どこかの時点で一度は苦労しないといけないと聞いた。可哀想だけど仕方が
ない。



時差ぼけの中、私はシアトル シンフォニーオーケストラとの共演(鳥のように)のために西海岸
へ。が、今度こそ雪で飛行機がキャンセル。
数日間留守にするので、色々と綿密に準備していた予定がぐずぐずと音を立てて崩れる。
当たる相手もなく腹が立つ。新年早々イライラ。もう目も当てられない。

幸い翌朝6時の便が1席空いていて取れたので、急遽そちらに変更。6時の便に乗るためには、家
を朝4時には出ないと間に合わないので、前日は寝ないで待機。この時点で時差ぼけであまり寝て
ないのと、この先の事を考えて緊張から身体は完全に鉛。

シアトル市内のdown townにある素敵な2500席の会場で、アジア フェスティバルが行われた。
日本の琴、中国からは笙、韓国はソプラノ歌手で売れっ子のスミ・ジョーがゲストとして出演。




大きなホール、気分いい


シアトルは日系人の方が多くおられ、お琴を弾く方もかなり沢山いらっしゃるそうです。
この演奏会の実行委員さんが、「こちらのお琴の方達がまとめてグループ券買って見にいらっしゃ
いますよ」とおっしゃるので、自然と背筋が伸びる。

1日遅れてしまったので、初日のリハーサルをミスしてしまい、あとはリハは当日朝だけ。なんか
ちょっと不安。
当日の午前中に20分だけリハが出来ました。やっぱりフルオーケストラの迫力は凄い。ホールの
豪華さも手伝ってだんだんと楽しくなってきた。と浮かれ気分とは裏腹に、どうしても1箇所オケ
と上手く合わない所が。20年以上弾いているのに一体なんてこと。
メトロノームを借りて、ホテルで練習。
機械に頼って暫く弾いていたら、気分が落ち着いてきた。
あとは頑張ろう。

夕方会場入り。
どんなときも琴奏者が誰よりも早く会場入りし、一番最後に出る?ねえ、そうですよね!いつも同
じだなあ。
少し遅れて笙奏者、スミ・ジョーさん達も到着。

売れっ子スミ・ジョーさんの部屋の前には、地元の韓国人の取り巻きやTVカメラも来ていて、と
っても華やかな雰囲気。
そんな彼女の隣の楽屋で、私は一人でせっせと立奏台を組み立て、譜面台やらなんやらを楽屋から
舞台に運び込む。
きゃ〜さびし〜〜〜い!

このオーケストラは、ほぼ毎週ゲストを呼んで演奏会を開催しているそうで、ヨーヨーマ、バイオ
リンのみどりさん、ピアノのランラン氏もよく来ているそうです。
この地区には大きな企業が多く存在するので、芸術方面にもよく寄付が集まるとも伺いました。
そのためか音響のスタッフも経験豊富の様子で、毎回必ず心配せずにはいられないマイクも、今回
は一発でセットしてもらえました。
4階まであるホールでしたが、音が隅々まで届いているという手応えの中、演奏はまあ無事になん
とか終わりました。
出番が終わったので、楽器もさっさと片づけて、着替えて舞台裏で後半の舞台を見る。


 

弾き慣れている曲でも やっぱ緊張

スミ・ジョーさんの歌を聞くのは今回が始めてだったのですが、まあなんとも素晴らしい声。私よ
り年上なのに、韓国人独特のかわいらしい雰囲気があって、舞台裏でも愛嬌たっぷり。スターなの
に凄いなっと思いました。楽屋や舞台裏での振る舞いとか、見習うべき部分が沢山あったな。

コンサートの後のレセプションに行くように言われたんですが、私はもうジーンズ。っていうか、
レセプションが有ること知らなかったし…。


  

中国系アメリカ人の指揮者、笙奏者、私、スミジョー、他助演者との記念撮影


なんとスターは細身の紫のドレスに替えて颯爽と登場。
私なんて着物も脱いでるから、あんた誰?ちょっとそこのチビちゃんどいてくれる?みたいな扱い。
それは別にいいのですが。


  
見よ!このドレス姿 ああ美しい


それよりももっとショックなことは。
まあそれでも壁際にいる私に数人のアメリカ人が私に気付いてくれて、話かけてくれるのですが、
会話の始めにはまずあなたの楽器はなんて名前だっけ?音はよく聞こえたけど、遠すぎて何が舞台
でなにやっているかよくわからないしね…
演奏の手応えが今ひとつ。
曲が終わってたしかに2500人分の拍手は貰ったけど、みなよくわからないままにただ拍手してく
れているだけなんだと思うと、琴が数ある中の一民族楽器でしかないことを思い知らされ、琴とい
う楽器自体の存在、自分が弾いている楽器の存在意義、また自分自身が見えなかった。
少しずつ琴や三味線が、海外でも知られつつあるのは確かですが、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ
なんだってことが。


所詮琴は琴であってそれ以上でもそれ以下でもない。
更に海外では知る人ぞ知る楽器。誰もが口を揃えて同じ事を言う。そうだよな。その通り。

数年前までは、邦楽器だからといって特別視されたくない、洋楽器と対等な扱いを受けたいという
ことを、いつも念頭においていた。一つの目標としてオーケーストとの共演というのが自分の課題
にあったのですが、この数年色々なオケと演奏させてもらってきて、やっぱり行き着くところ琴っ
て??という更なる課題が自分の中でまた沸き上がってきた。
どうしたらこの楽器自体、音楽のよさが世の中の人に伝えられるんだろう。

先日ある方がニューヨークで20弦琴の演奏会に行ってきた感想を話してくれた。
たしかに音数は13絃よりも多いからテクニック的に出来る事も多い、弾ける曲も増える。きっと
誰でも練習さえしたら大体の曲は弾け、もちろん着物は払拭、音楽的にも見た目にも琴臭くならな
いようにするのが、最近の普通。
曲のスタイルも当然フュージョン的なものでまとめられている。だけど2曲目、3曲目になるとも
う飽きてきてしまって、で、最後にはこの音楽を琴で弾く、または聴く必要性ってなんだろうと思
ったとおっしゃっていた。

楽器が持つ本来の良さを入れ、いまの時代に受け入れられる音楽。どんなジャンル音楽でも100%
の人が受け入れてくれる訳ではないけど、それでも琴が抱えている問題は結構大きいと思います。
どこかで誰かが、大体琴で出来る事はすべてやってしまっており、できそうな技も出尽くしてしま
っていると予想される中、この先琴がこの時代に、また次世代に地に足をつけた状態でしっかりと
生き残っていくために、どのような進み方をするべきなのか、真剣に考える時なのかなって。

が、考えてもそう簡単に自分なりの答えさえ出る訳でもないのですが。私にとっても、これから活
動を続けるに当たり、今後の大きな課題となりました。自分の中で琴というものをどう捉えていけ
るかということが。


  
心から満足のいく舞台を夢みて…..


私のこの悩みを黙って聞いてくれた、アメリカにいるお琴仲間がmailで送ってくれた言葉
"そういうお箏"を弾いている自分に誇りを持ってみたら?"
いまはその言葉が私の大きな支えになっています。
「実力」というものについても考えさせられた。
「実力」って技術だけに使われる言葉?
それとも、自分が創り上げて今日まで生きてきたすべての足跡すべてをひっくるめて「実力」と評
価されるのか?



ちょっと怖い経験

9月の2週目から新しい幼稚園に行くことになっていた息子。8月の末から微熱が続いていたけど、
まあ風邪でもひいたかとあまり気にしていなかったのですが、幼稚園が始まる日の朝になって39.5
度ときた。
幼稚園へ送った帰りに、入会したてのジムに早速行こうと思っていたのに、してやられた!!


  
仏教とだけどカトリック系の幼稚園にいっています。先生の多くは尼さん。平均年齢はたぶん70才くらいかな?



珍しく朝も起きられずぐったりしているので、これはちとまずいと思って小児科へ電話を入れる。
こちらは日本の様にどこの病院にでも行けるわけでないので、自分の指定している小児科の先生の
所に行かなくてはならない。事前に自分が持っている保険を扱っている小児科先生の中から選んで
登録しておく。
朝一番に電話をしたのに、予約は3時半だと言われて、39度の熱でぐったりしているのにそんなに
待てないと怒りをあらわにしたら、スタッフの昼ご飯の時間なのかどうか知らないけど、予約を12
時半に入れてくれた。
出来るんじゃないのよ。はじめからそう言えよと怒りがこみ上げる。
早めに家を出て診察を受けたら、その先生が提携しているニューヨーク大学病院にいますぐ行って、
レントゲンと血液検査をしてくるように言われる。もしや肺炎?

まさかそんな事になると思わないので、軽いカーディガンしか持っていってなかった。予想通り病
院の中は冷凍庫のよう。外はもう秋の風が吹いているというのに、なんでこんなに冷やしているの
か、寒がりの私には理解不可能。息子も熱があるので寒いのもあり、震えるのを通り越して、凍っ
てしまっている感じ。でも多くの人が半袖なんですよね。あの人達は違う種類の皮膚がくっついて
いると思う。

レントゲンの順番待ちの間、男性ナースが何度も息子の呼吸を確認に来てくれた。めっちゃ心強か
った。
でもいまの状態って、そんなに重症なの?

次は血液検査
子供の血管はなかなか見つからないのか検査員2人がかり。上手く血が流れず、針先の向きを何度
も変えてぐりぐりされている。針を刺したあとはもう痛くないと技師は言うけど…見た目が痛そう。

検査を終えて一端家に戻り、小児科の医師からの検査結果の電話を待つ。熱が高い子供を抱っこし
ていると、こちらが汗ばんでくる。

やっと6時になって電話が入り、ビールス性なので抗生物質は効かないので、この先は熱を下げる
しかないとののこと。

夜になると更にぐったり。
その晩は1時間おきに目が覚めてうなされて寝たかどうかわからず、親もふらふら。

翌日も相変わらず熱が高く、息子はお昼過ぎまで寝ていたのですが、気分が悪いらしく何度もおう
吐を繰り返す。
数回繰り返したあと、口の中が赤く染まっているので、もしやこいつ、こんな時にいちごのガムで
も食べたのか?と思って聞いたら、食べてないと言う。4時半になってまた吐いたら今度は少し血
が出てきた。歯茎にも炎症がまわっているのかと軽く考えていたら、5時半になってまた吐きたい
というのでトイレに連れて行ったら、いきなり大量の血を吐いた。全く予想しないことが起き、私
は腰が抜けた。とっさにどうしてよいかわからず、義理の父(医者)に国際電話を入れてこの事態
を伝えるとすぐに救急車を呼ぶように言われ、アメリカにきて始めて911(救急)に電話。
吐いたもので窒息しないようにと、色々あ?しろこ?しろと指示がでる。テレビで見たことがある
状況だった。

5分もしないで救急車が来てくれたまではいいが、隊員の人は結構落ち着き払っていている。彼ら
までが私のようにあわててはいけないが、まあのんびりやっているという感じ。急ぐとか走るって
ことからは無縁のご様子。

たぶん重症の患者を見過ぎているから、息をしていたらok、更に意識があればokって感じなのか
もしれない。
息子に英語で色々話掛けてくれるが、何を言われているかわからない上に、熱があるので息子は顔
は完全にいかれている。

一人の救急隊員は部屋の中を見渡して、凄く天井が高いな?とか、IKEAの家具が沢山あるねとか。
あの…..いまそんな話はどうでもいいんで、なにか処置でもして、さっさと病院いきましょうよ。
一応脈を取って、血圧も測ろうとしたけどそこで問題が。
子供の血圧を測る為の腕に巻く小さいサイズのものがないという。ないから、まあいいか?とかい
っている。え?そんなの有り?もしや子供の血圧計ったことないとか?

救急車に乗ろうとしたら道行く人が見てる。洋服に付いた血を見た人達がコソコソ話している。
見られてなんか恥ずかしい。

乗るときに聞かれた。選択肢事
1. どこの病院へ行きたいか
2. サイレンはどうする?鳴らすか要らないか?
渋滞で鳴らしてもあまり意味なさそう。交差点だけと言うことで決まり。

救急車なのに、渋滞にすっぽり入って全く動かない。サイレン鳴らされても、他の車も動く場所が
ない。
今回はそこまで急ぐ必要がないので良かったけど、生きるか死ぬかの重症の患者を乗せていたらと
思うと…。ぞっとする。
病院は、前日にレントゲンを撮ったニューヨーク大学に行きたいというと、その病院から2分くら
いの所にある別の病院の小児救急がよいと提案されたので、まあ専門家が言うのならとそこで同意。
救急病棟とは思えないリラックスした雰囲気。救急病棟に歩いて入った人は、外来と同じ程度の扱
いみたいな。急ぐでもなく、走るでもないスタッフ。ガムかみながら、一体誰が先生か看護士か??
私も流石にこの状況にも慣れてきているので、待合室で待つこと数時間。やっと呼ばれてまず受け
付けが終わり、そのあとさらにキリンも笑うほど、また待たされた。
そんなに忙しいのかとまわりを見渡すけど、なんか食べている人や雑誌読んでるとか。その中にと
っても背の高いイケメンの医者らしき人がサンドイッチを美味しそうに食べていた。

この顔でおまけに医者か…!文句なしの人生?なんて思っていたら、その人が私達の部屋に入って
きて、私が担当の医者ですって。
医者も人間だから腹も減るだろうけど、食べるのなら目につかない裏で食べたらと腹がたつ。

急ぐでもない、普通に診察してまた戻りますと言って部屋を出て行く。待てど暮らせど戻らぬ先生。
しびれが切れた頃、年配の先生が来てざっと聴診器を当てて、どこも悪い所は見当たりませんので
お帰り下さいと。
いやあ、あのさっきの血はどこから出たとか、なにも説明とか無いんですか?CT撮るとかなにかし
てもらったほうが….と言ってみたが、息子さんは元気ですよって。熱がずっとあるし、元気じゃ
ないと思うんだけどなあ。あの血は何??

そそくさと部屋を追い出されて家に戻った。
で、結局主人と今回の診察結果を自分たちで考えてみた。
鼻炎の気がある息子は、きっと鼻の粘膜が弱いため、長期間に渡って咳き込みすぎたために、鼻の
細い血管が切れて鼻血を全部のみ混んでしまい、沢山胃に貯まった血を口から吐いた。こんな感じ
でしょうか??

この事態で、病気の子供を他に見てくれる人もいないので、レッスンは休むしかなく、皆にキャン
セルのmailをまわす。
長年尺八の合奏に来ている生徒さんの日本人の奥さんが、心配して電話をくれて、息子の状態を説
明しているところで、めっちゃむかつくことがわかった。

彼女はソーシャルワーカーとして色々な病院で働いていたので、その道には詳しい。
どこの病院に連れて行ったのと聞かれたので、ニューヨーク大学に行きたいといったら、別の病院
の方がいいと救急隊に薦められたから、そちらに言ったといったら、うげぇ、まじ????って。
な、なに??

彼女いわく、その病院はニューヨーク市の経営で、どんな患者でも受け入れないといけないらしい。
たとえば外国人、保険のない人、もう道で死んでいそうな人とか。
で、実は先生達、その手の診療には全く興味はなく、エイズや難病の治療に命をかけている医者ば
かりの集まりらしい。

たしかに、院内には珍しく色々な国の言葉のサインがあり、主人ともこんな病院って珍しいよねっ
て話していた。

救急隊が私を見て外国人なので保険を持っていないと思ったか、外国人を間違いなく受け入れる病
院がいいと思ったか。
救急隊はこの病院の小児救急はとてもいいと言って私に勧めたが、それも実は本当かどうかわから
ない。
ニューヨーク大学に運び込むと、混んでいて診察まで時間が掛かるので隊員も帰れない、なのでさ
っさと手短に終わる所でってことだったのではないかと友人は言う。一体なんてこと?毎月一体幾
らの保険料払っていると思って?
やっぱりこの様な場面では、まだまだ人種差別があることを感じてしまう。

で、おまけに救急車の請求が770ドル(約7万7千円)
タクシーで行けば、15ドル(1500円)くらいだっただろう。渋滞だったから、結局到着時間は変わ
らない。
アメリカでCTを1回撮ると、100万円くらいかかるそうですよ。いい保険持ってなかったら、これ
またえらいこと。

毎月の支払う保険料によって、病院にかかった時の患者の負担金額が違っています。うちは沢山払
っているので、救急車も全額カバーだった。
それなのに、FDNY(消防署)からあなたの保険会社が払わなかったので全額支払ってくれと手紙と
請求書が届いたので、びっくりして保険会社に確認すると、もう支払い済みだという。
生徒さんにとても保険に詳しい方がおり、彼女に話を聞いてみたら、取りあえず請求書送っておい
て、もし払ってくれたら2重取りができてラッキー!くらいな感じで請求書は送られてくるらしい。
救急車も州経営のものと、個人経営があり、現地まで競争で駆けつけ患者の取り合いをするらしい。
なので現場には数台お出ましになっていることも多々ある。

今回ウチにはニューヨーク州の救急車が来たが、政府経営さえもこんな手段で請求書を送るなんて、
純粋な日本人の感覚からは理解の範囲を超えている。
なんでも確認してからでないと払ってはいけないという事を学びました。


  
なんでもやってみたい年頃  あー撥が????!!    
サンフランシスコの日影しょうさん、内弟子時代の仲間。20年だっても昔変わってない….!!??



いつもなんか忙しくて、じっくり息子と過ごす時間が取れない。今回これだけぐったりしているの
を見て、このまま死んじゃうのかと思って、改めて子を愛おしいと思い。
日頃怒鳴りまくっている自分を少しだけ反省。
もう少し普通に優しい母親でいられるように心がけてみるべかな?が、私はにわとりと一緒。
3歩歩いて忘れる(笑)

今年は寒いです。先日マイナスー15度行きましたし、本当によく雪も降り大変です。
まずは健康一番!!


  
車に積もった雪が凍っている
あんまりルールとかマーナーってないのかもしれない?やりたい放題のニューヨーク


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