環境の厳しさと
適応の妙味

オーストラリア北部ノーザンテリトリーのシロアリ





オーストラリア北部のノーザンテリトリーではシロアリの様々な姿に接することができる。また、シロアリの果たす役割を理解する上でも大いに興味深い地域でもある。



ダーウィンの街はシロアリの塚だらけ

ダーウィンはノーザンテリトリーの北端、トップエンドTop Endと呼ばれるこの地域最大の都市で、第二次大戦中には日本軍の空襲も受けている。赤道に近い熱帯の街で、空港に降り立った時から蒸し暑い。
空港から市街地への道路は比較的広くて 空いているが、道路の両側には赤茶けた盛り土のようなものが並んでいる。これこそシロアリの塚である。中には鉄条網を包み込んだものもある。車から降りて この塚を思い切り蹴ってみた。猛烈に硬い。おそらく車がぶつかってもびくともしないであろう。
ホテル”トップエンド”は市街地の端にある小さなホテルである。中庭のプールを囲むように客室が作られ、どの客室からも目の前のプールに入ることができる。
このホテルの周りには多くの植え込みや樹木があるが、これらのほとんどにシロアリの塚がある。あるものは樹木に寄り添うように、またあるものは円錐形に屹立し、大きいものから小さいものまで多種多様である。
ダーウィンの繁華街に繰り出した。 ちょっとした街路樹や植え込みにもこれまた例外なくシロアリの塚だ。つまり街中塚だらけ、シロアリだらけなのである。そのうえ高い樹木には塚だけでなく、 テングシロアリ亜科のシロアリが作ったやや固めの蟻道も下から上に向かって細長くついている。
ダーウィンという街は、だからシロアリ好きには楽しくてしかたのない街である。



沿道の塚


垣根のまわりにも塚


市街地の植え込みの根元にも塚

森にはシロアリ塚、道路には無縁仏?

ダー ウィンからカカドゥ国立公園に向かう。街を出れば信号もなにも無い。どこまでも続く一本道だ。一時間走っても対向車の来ないこともある。時折ワラビーなど が飛び出して来て車と衝突するというので、すべての車には前方に突き出た鉄パイプの柵がついている。なにせ時速140キロで走っているのだから車は急には 止まれない。なかには3両連結の巨大トレーラーなんかも爆走しているのだ。
そのせいかハイウエーの両側には赤茶けたイエシロアリの仲間のシロアリ塚が道祖神のような格好で並んでいる。これを勝手に称して「ムエンボトケシロアリCoptotermes muensis」とした。
森に入るとあたり一面に例のイエシロアリの塚が林立している。イエシロアリといっても日本にいる台湾イエシロアリCoptotermes formosanusとは違う。ツカイエシロアリC. acinaciformisである。個体の形や大きさは台湾イエシロアリとほとんど同じである。
これらの塚は枯れ木を包み込むようにできている。塚の内壁は黒く艶があり、日本のイエシロアリの巣とは大違いである。この黒い部分はカートンcartonと呼ばれ、原住民であるアボリジニはこれを燃やして蚊を追い払ったり、肉料理の香り付けに利用するという。
塚の2階や3階に当たる 場所には、多くの場合アリが居候していて、へたに塚をいじるとこれらのアリが噛み付いてくる。もちろんアリとシロアリは平和共存ではなく、敵対関係にある のだが、結果としてはアリは塚の防衛に貢献してしまうのであり、大きく見るなら共生関係といえるのである。
とくにグリーンアンツGreentree antsと呼ばれる腹部が緑色のアリは意地汚くどう猛で、しつこく噛み付いてくる。
ツカイエシロアリは日本では木管シロアリと呼ばれることもあるが、これはTree-piping termitesという現地の名前のやや苦しい直訳であるが、樹木の内部を食害してパイプのようにしてしまうのである。
原住民アボリジニの楽器ディジェリドゥは、こうして空洞になった木から作られるのである。



まっすぐな道が飽きるほど続く


こんなトレーラーが爆走する


林立するツカイエシロアリの塚
これが道路わきに並ぶと
まるで無縁仏に見える

シロアリ塚が観光資源

カカドゥ国立公園を貫くハイウェー沿いには、立木ほどの高さの巨大なシロアリ塚が木々の間に見え隠れする。Cathedral termites(聖堂シロアリ)と名づけられたテングシロアリ亜科のNasutitermes triodiaeの塚である。形は様々で、円柱形、複合型、キノコ曇型などあるが、すべて縦襞がついている。おそらく温度調節のためだと思われる。
塚の表面部分は柔らかで、指でも容易に崩れる。表面部分は気泡状に小部屋が作られていて、部屋の中にはイネ科の細い植物が切り揃えて詰められている。これもおそらく食物貯蔵を兼ねた断熱構造だと思われる。
壊したところにはおびただしい数のテング型の兵蟻が集まって来て、刺激を与えるたびに防御液を噴射してくる。日本のタカサゴシロアリと違って、こげ茶色の頭殻以外は乳白色の兵蟻である。
また、塚の内部はかなり硬く、塚を壊そうと思ったならダイナマイトが必要である。しかし表面はカルメ焼のように軟らかいので、被破壊部には職蟻が多数動員されて塚を修復する。かなり大きく壊されても、翌日にはほぼ完全に修復できてしまうのだ。
このように聖堂シロアリはオーストラリアのシロアリを代表するような立派な塚を作るので、観光用に見学通路と説明の看板まである所もある。まさに観光資源である。
アボリジニはこうしたシロアリの塚をかつては薬用に利用したり、オーブンの代りにしたりした。いまでもこの塚を砕いた土はテニスコートに最適なものとして利用されているようである。



聖堂シロアリの見学スポット


小部屋に貯えられたイネ科植物

南北に偏平した塚

ダーウィンの南に位置するリッチフィールド国立公園にはMagnetic termites(磁石シロアリ)とよばれるAmitermes meridionalisというシロアリの塚がある。
この塚は高さが大きいも ので2~3メートルだが、どの塚もすべて南北に偏平して衝立のような形になっている。これは炎天下の太陽熱を避けると同時に朝夕の太陽熱を利用して温度調 節しようというものである。この地域は赤道に近いとはいえ夜は5℃程度にまで気温が低下するうえに、雨季には水没する区域に塚が立っているので温度調節は かなり重要である。
この塚も周辺部の小部屋には聖堂シロアリと同じ草が切り揃えて貯えてあるが、聖堂シロアリの塚のように柔らかではない。表面はかなり硬く、ちょっとやそっとでは壊れない。また、この塚にも場合によっては例の緑のアリが同居している。
このシロアリの仲間Amitermesはカギシロアリといって、兵蟻の大顎の内縁に後ろ向きの縁歯が1対あり、まるで鈎のようである。そして偏平した塚を作らずに円錐形の塚を作るものはfloodplain termites(氾濫原のシロアリ)と呼ばれている。



南北に偏平した磁石シロアリの塚


大体こんな大きさが中くらい

かなり身近なムカシシロアリ

この地域にはムカシシロアリMastotermes darwiniensisというシロアリが生息しているが、実はこのシロアリの発見によってシロアリとゴキブリが近縁であることが実証されたのである。
すなわちこのシロアリだけがゴキブリのように卵を塊で産み、このシロアリだけが羽アリの後ろ羽根の後ろが膨らんでゴキブリの羽根のよう(臀片)になっているのである。
もともとは数種がオーストラリアの近隣の国々やヨーロッパにも生息していたが、現在はムカシシロアリを除いてすべて化石種となっている。
こんなわけだからこのシロアリはかなり重要な位置にいるのであって、学術的には貴重なのである。ところがこの地域ではこのシロアリはかなり人間に近い場所にいて、家屋の「害虫」となっているのである。
体はかなり大型で、現地ではGiant nothern termites(北の巨大シロアリ)と呼ばれている。木材と地下に住み、この地域において塚を作らないという点でも珍しい種である。



ムカシシロアリの羽アリ・職蟻・兵蟻


ムカシシロアリ(上)と
ヤマトシロアリ(下)の
翅の比較
臀片は右後翅のように
折り畳まれている

環境がシロアリに塚を強制した

オーストラリアにはヤマトシロアリ属は生息していない。しかしヤマトシロアリに近いHeterotermesや名前もまだ分からないヤマトシロアリに似た形のシロアリもいる。
ダーウィンのホテルのま わりにいるシロアリの中にはヤマトシロアリそっくりなものもいるが、やはり塚を作っている。山に入って腐った木材を壊すと、主には木生息性のレイビシロア リ科が見つかり、土壌性のものが少ない。土壌性のシロアリはほとんどが塚を作り、たとえば一株の草を確保するにもとりあえず草を株ごと塚で覆ってしまい、 後でゆっくりと地下から巣の中に運び込むというのである。だから、小さな塚を持ち上げると容易に持ち上がってしまうし、中にシロアリがまったくいない場合 も多い。
考えても見れば乾燥した乾期と地面が水没する雨期に分かれたこの地域では、ほとんどのシロアリは塚なしでは生きられないのである。だからこそイエシロアリですら塚を作るのである。
すなわち、塚を作る種類のシロアリが住んでいるのではなく、この地域の環境がシロアリに塚を作ることを強制しているのである。



一見すると
ヤマトシロアリそっくりのシロアリも
公園の樹木に塚を作っている


木のほとんどない岩山にも
テングシロアリ亜科の蟻道がある

塚の役割

シロアリの塚は前記したように原住民に利用されてきたが、そのほかにも様々な役割を持っている。
古くなった塚、とくにシ ロアリ食のフクロアリクイ(ナンバット)やハリネズミなどによって穴が空けられた塚は、他の多くの動物の巣として利用される。rare hooded parrotというインコやトカゲ類はよく塚の中に巣を作るという。また、森林火災の時には動物たちのシェルターにもなる。
さらにもっと重要なことは、塚を構成している土の中にはシロアリによって豊富な栄養塩類が蓄積されていて、塚が風化して土壌にもどる際に、植物にとって重要な養分となり、この地域の森を支える大きな要因となっていることである。
シロアリによって不用な植物遺体や下草が刈り取られ、土中には網の目のようにトンネルが掘られて空気が導入され、土壌が活性化する。年に一度の羽アリの群飛によって幾多の生物に栄養が再分配される。
つまり、ノーザンテリトリーにおいてはシロアリの塚は森林における物質循環の象徴だといえるのである。


送水管に取り付いた塚


荒れ地もシロアリの活動によって
やがては樹木の育つ場所となる