建物と生き物

「自然の中に家を建てる」という言葉はよく耳にしますが、「自然」とは「生き物」とほぼ同義の言葉なのです。つまり、家は生き物の中に建てられるのですが、どういうわけかこの点での理解が建築する側にもされる側にも不十分で、さまざまなトラブルの原因にもなっているし、現時点で憂慮すべき問題もあります。ここではこの点について考えます。

新築・リフォーム後の屋内で、 意図しない生き物が目立つのは異常ではありません。

建築と生き物の対応

更地にするだけで生き物は動く

 建物が建てられるということは環境の大きな変化です。今まであった家が壊されて更地にされると、地面には雨がしみ込み外気にさらされるので、それまで生 息していた多くの生き物は生き延びるために大きな動きを起こします。逃げ出したり死滅したりするものもあるでしょうし、近隣から移動してくるものもあるで しょう。ネズミが移動し、微細な植物の種子が舞い降り、鳥などの糞も落ちるでしょう。
 外見上では更地になって何もなくなったように見えますが、そこには目に見えない大きな動きがあるのです。
 一定期間後、建設のために土が掘られ、あるいは盛り土されると、生息域が分断されたり、あるいは盛り土に移動したりするかもしれません。

基礎完成は生き物の適応の始まり

 やがて基礎工事が終わると、コンクリートの下という安定した環境にいち早く入り込んで生息域を確保するものも現れます。もちろんそこで生き延びることが できるかどうかはわかりません。ヤマトシロアリはおそらくこの時期に分断と再適応を行い、早いものでは基礎断熱への侵入が始まると思われます。
 建物の上部構造ができて雨が落ちなくなると、クモ類やチョウの仲間、カビ類、鳥類、コウモリなどがそれなりの生息の仕方を探ります。外壁やデッキなど細 かな構造ができるに伴い、さらに多くの生き物が新たな環境への適応のために特別に大きく活動し、さらにそれらを追って多くの生き物がその周囲で活動を始め ます。
 中には建築資材あるいは施主や職人の持ち物などにまぎれて運び込まれるものすらあります。
 例えば、十年近くも木材の中で休眠状態だったであろうタマムシなど甲虫類が、その木材の環境変化によって一斉に羽化し穿孔して飛び出すということもあります。
 ゴキブリは人間によって運ばれることの多い虫で、ダンボール箱の片隅に生みつけられた卵鞘からは数十頭のゴキブリが生まれます。

新築後しばらくはあらゆる生物活動が昂揚

 こうして建物が完成した時点ですでに多くの生き物が入り込んでいるだけでなく、その後もしばらくは建物内外で生き物からの様々なアタックを受けます。
 新築家屋はもともとそこにあったものでなく、様々な所の様々な材料を組み合わせたものです。その土地での馴染みもなく湿気や湿度も不安定なので、各建材に目に見えないようなカビが生えるとか、それらを食べに食菌 性の各種昆虫が大量に発生するとか、周囲の生き物の好奇心を引く、あるいは雨水の動きに変化を及ぼすなどの要因が生き物の動きに影響を与えます。生き物に関する相談やクレームが新築後5年内外に集中するのはこのためです。
 新築後10年も過ぎるとようやく生き物の配置が決まり、生き物の動きが安定してきます。そしてその後は、リフォームなどで大きな振動や変化がないかぎ り、生き物の動きは割合緩やかで安定した状態で推移するのです。「古くなるほどシロアリが発生しやすい」ということはありません。
 逆にいうなら、新築やリフォームの後しばらくは生き物の動きに気をつけなければいけないということです。
 今でも家を建てるときに行う地祭り(地鎮祭)とは、昔の人が自然に変化を与えたことに対する生き物全体の動きが自分たちへの災いに転化しないように祈ったことの名残といえます。

ヤマトシロアリの歴史は人為的な分断から始まる

 ほとんどの土地に何らかの形で生息し、その土地の植物遺体の分解能力の一端をになっているヤマトシロアリは、家が建つことによってまるで投網を打たれる ように家の下に囲い込まれます。多くの場合、この時点でシロアリは分断され、運良く生き延びた内外のシロアリ集団は、分断されたままそれぞれ異なる環境に 適応して異なる道を歩みます。
 このことが「家の周りにシロアリがたくさんいるのに床下にはまったくいない」とか「床下は広くシロアリ被害があるのに、家の周囲ではまったくシロアリが 見られない」ということの原因なのです。いいかえれば、床下のシロアリを一旦駆除してしまえば(一度で駆除するかどうかは別にして)そこにはシロアリの空 白が生まれ、薬剤の持続性とはかかわりなく長期間シロアリのいない状態となるのです。
 これに対して集権型のイエシロアリでは、家を建て替えたり更地にしたりしても、ある程度以上の規模の巣系(巣のネットワーク)はほとんど移動せず、勢力をほとんど維持したまま適応します。本巣(根本巣)の位置が多少変遷したとしても、新しい家には強引に侵入してきます。
生き物対策からみた 失敗しない家の建て方 (その一例)

 立地・基本構造・材料・機能・デザイン・耐震・風当たり・日当たりなどあらゆる面から熟考して家を建てたつもりでも、そこに当たり前に住む生き物への配 慮がなかったために、後からそれらへの対処が迫られ、改修を余儀なくされたり、家屋の機能を一部縮小しなければならなくなったりすることもあります。

 天井裏や床下は無駄な空間でなく自然との緩衝地帯。安易に省くと後で困ります。

 「天井板の隙間から虫のようなものが落ちてきた」「粉のようなものが落ちてきた」「雨漏りがするようだ」というようなとき、天井裏が点検できる構造なら 割合はっきりとその原因がわかります。ネズミやムカデも天井裏の点検できる空間があれば、ここで様々な処理ができるので、駆除も割合単純なものになりやす いのです。
 床下空間も同じで、シロアリ被害はもとより、水漏れ、基礎の劣化の確認、配線・配管などのメンテナンスに是非とも必要な空間です。
 吹き抜け構造は高所のメンテナンスに自信がなければ行うべきでありません。きれいなのは最初だけ。飽きてしまえば無駄な空間で、各地で吹き抜けを部屋に直すリフォームがされているのはそのためです。「三次元の設計」は民家においてはきわめて不自然なものです。

 軸組み工法では軸(柱)がどこかで点検できるのが理想

 柱で家を支えているのにその柱の状態が見えないのは不安です。かつては柱が露出しているとか外壁材が容易に剥がせるというような建物が多く、様々な問題 に居住者自ら対処しやすいものでした。今では各種外壁材で囲んでしまっていますので容易には柱の状態は見えません。しかし、構造的工夫次第では床下や天井 裏から一部点検できるので設計上配慮すべきです。

 もと生き物だった材料は必ず生き物によって分解される

 木材はもともと生き物ですから管理されなくなればシロアリや木材腐朽菌が必ず分解します。最近では断熱材などにももともと生き物だった紙やウールなどが 使用され始めています。しかし、木材の場合でも一つや二つの薬剤処理試験で「防蟻は完全」といえないように、これらのの新しく売り出されている材料でも 「ホウ酸処理してあるから」というような一つの基準だけで被害にあわないと考えるのは、昆虫の多様性と比べてあまりに一面的です。「自然物だから」と安易 にとびついて後で困るのは居住者自身です。

 小さな空間、わずかな隙間、地表の密閉は生き物の巣箱を作るのと同じ意味

 昆虫類は外部から遮断された小空間をうまく利用します。この点では最近の建物は非常に都合のよいものといえます。たとえば、イエコウモリ(アブラコウモ リ)は約1センチの隙間から建物を出入りし、外壁の隙間で生活し、糞を屋根の庇などに蓄積します。ミツバチも小さな隙間を好んで利用し、天井から密が落ち るといった被害もしばしば目にします。ネズミだと断熱材など柔らかなものをかじって巣を作るとか、複雑な収納庫の奥を住処にしたりします。したがってこう した小空間を作らないのが一番ですが、どうしても必要な場合は、奥が点検できる構造や改修が楽な構造が必要です。
シロアリ対策でも基礎コンクリートの気泡や空疎部分をなくすことが大切だし、コンクリートの接着は接着面に凹凸をつけてしっかり接着するかいっそ隙間を大きく開けてしまうかといった工夫が必要です。

 空気が通れば通るほど生き物が集まる

 海でも潮通しのよいところほど魚がよく釣れるように、建物でも空気がよく出入りするところは生き物が通過しやすいのです。それを狙ってクモが巣をかけ、 ホコリもたまり、他の生物もやがては生息します。基礎パッキン、空気循環型の吹き出し口、ダクトなどはメンテナンス可能な構造にしておかないと後で困りま す。

 樹木やプランター、屋上緑化は必ず生き物を呼び寄せる

 生きた植物は昆虫の餌そのものです。それを育てる土壌や腐葉土も生き物の塊です。そこには意図しない生き物が数多く生息します。とくに屋上緑化は生物の 少ない国のモデルをそのまま実行すれば思いもよらない生き物の活動を見ることになります。木造家屋の屋根に水を含む土をのせることはそもそも不自然であ り、日常的に手入れができないようなら行うべきではありません。ぺんぺん草を生やすだけです。

 無理な構造、無理なデザインは生き物をも異常にさせる

 ある木造住宅では二階に木造のベランダを作り、木造の作りつけのプランターを設置していましたが、水漏れが頻発してヤマトシロアリの高所被害をまねき、 梁や柱など重要な構造材に被害が出ました。木造なのにまるでヨーロッパの石造り風のデザインで無理をしていたのです。一般的には、本来屋根であるべき部屋 の上に雨水が停留しやすいベランダを作るのも無理があり、各地でトラブルの元になっています。古い例では、本来家の外や水屋にあった浴室やトイレを、土間 と一緒に無理に建物内に持ち込んだことがヤマトシロアリの被害を増やしたのであり、日本の家屋は歴史的に無理を繰り返してきているのです。

建物、住まいにかかわる生き物たち
 住まいには以下のような多くの生き物がかかわっています。自然の中で暮らす以上、こういう生き物がいるのは必ずしも不自然で異常なことではないのです。そして昔 からこういう生き物と人々はそれなりに付き合ってきたのです。だから、そういう前提で生活しないと、不用意な材料を使って思わぬ被害にあったり、虫におび えて過剰な処置をしてしまいがちです。
衣類にかかわるもの
--- イガ類・カツオブシムシ類など
食品にかかわるもの
--- コナダニ類・ゴキブリ類・ハエ類・ヒラタムシ類・ゴミムシダマシ類・コクヌスト類・コクゾウ類・カツオブシムシ類・シバンムシ類・ヒョウホンムシ類・マメゾウムシ類・メイガ類・キバガ類・チャタテムシ類・アリ類など
家具や木材にかかわるもの
--- シロアリ類・ヒラタキクイムシ類・ナガシンクイムシ類・シバンムシ類・ハチ類など
紙・書籍にかかわるもの
--- シミ類・シバンムシ類・チャタテムシ類など
吸血・刺咬によりヒトや他の生き物にかかわるもの
--- ダニ類・シラミ類・トコジラミ類・カ類・ノミ類・ハチ類など
屋外から侵入するもの
--- ガの仲間・クモ類・ムカデ類・ハチ類・各種甲虫・身近な園芸にかかわる昆虫類
「不快害虫」と呼ばれるもの
--- チョウバエ類・ユスリカ類・カマドウマ類・カメムシ類・クモ類・ゲジ類・ヤスデ類など
哺乳類・爬虫類・両生類など
--- ネズミ・コウモリ・モグラ・ハクビシン・アライグマ・ムササビ・ヘビ・トガゲ・カエルなど
微生物
--- カビ類・木材腐朽菌類・土壌菌類・病原菌類・その他の雑菌類
上記以外にも地域や環境によって様々な生き物が生息しますが、とくにアルゼンチンアリやヒアリ、ゴケグモ類など近年生息を始めたものやこれから入ってくる可能性のあるものにも対策が必要です。