台湾のシロアリ調査
神谷忠弘

2000年6月4日から7日まで、日本の4人のシロアリ技術者が台湾でのシロアリ調査を行ないました。
参加したのは私のほかにシロアリ技術者の星野伊三雄さん(東海白蟻研究所)、山根坦さん(山根白蟻研究所)、則木征一郎さん(東海消毒)、そして薬剤メーカーの安芸誠悦さんです。また、現地薬剤メーカーを経営する李慧音さんの随行と案内によって意義あるものとなりました。
5日には星野さんと私は李さんのオフィスのあるビルにおいて、台湾の害虫駆除業者を前に、シロアリ対策のあり方やシロアリの基本的知識について講演しました。



烏来のヤマトシロアリを探して

4日、台北の中正国際空港に集結した私たちは、李さんの案内でただちに烏来(ウーライ)という町に向かいました。
烏来は台湾北部の清流に沿った渓谷の町で、温泉地としても有名です。なぜ私たちが烏来をめざしたかというと、これまでの日本の資料によると、烏来には上唇が小さく尖ったヤマトシロアリの仲間、中国名・黒胸散白蟻すなわち Reticulitermes chinensis の一変種がいるということで、これを採取して確認したかったのです。またできることなら、日本の西表島のヤマトシロアリ属との関連性も知りたいということもありました。
ある寺院の入口の駐車場で作業服に着替えた私たちは、早速付近の雑木林を探しました。
山に入ることにかけては右に並ぶ人のいない山根さんは、どんどん薮の中に分け入りました。ヘビがいるとかいないなどということはまったく関知していません。
しばらくして山根さんはかれた木材を引きずり出してきました。と同時に寺院のうえの小さな工場の前の残材置き場でもヤマトシロアリ属を見つけました。
さっそく小型顕微鏡で調べると、上唇の尖り方は明らかに日本のものより鋭く尖っていて、前額部の額峰は一応ありますが、かなりなだらかであることがわかりました。つまり、中国式の分け方でいえば平額白蟻亜属 Planifrontotermes です。
しかし上唇先端が小さく尖った種は採取できませんでした。
この日はかなり暑く、みんな疲れているようなので、シロアリ採取はこれくらいにして、烏来の温泉に入って帰ることにしました。とくにワイシャツとネクタイ姿の李さんの弟さんはほっとしたような表情でした。
烏来温泉は日本と同じように半露天式の浴槽が清流を見渡せる形で作られていました。台湾で はこうした方式が流行っているようです。流行ものといえば、キティーちゃんもかなり流行っていて、テレビのCMでは健康食品までキティーちゃんブランド で、この烏来温泉のロッカーのノブもすべて銀色のキティーちゃんでした。
ちょうど日曜日だったので、温泉から渓谷を眺めると、川遊びをする観光客の色とりどりのパラソルが見え、帰り道も車でごった返していました。


風光明媚な温泉地、烏来


ただちにシロアリ採取へ


道端でシロアリ生息木の解体


ついでに烏来温泉にも立ち寄る

「コウシュンシロアリは恒春にかぎる」はずが?

シロアリ調査の中心は6日の恒春での調査でした。
恒春という地は日本のシロアリ研究にとっては、いわば原点のようなところで、素木得一氏が1909年にコウシュンシロアリ(中国名・恒春新白蟻) Neotermes koshunensis を見つけたのもこの地であるし、その後大島正満氏が長くシロアリの研究を行ない、いくつかの種について発表したのもこの恒春でした。
私たちは大島氏の文章に出てくる林業試験所恒春熱帯植物園の森に入りました。いまでは墾丁森林レジャー区として一般に開放されている広大な森は、私たちの眼にはシロアリの楽園のようにも見えました。
ほとんどの枯れた切り株や倒木にはタイワンシロアリ(中国名・黒翅土白蟻) Odontotermes formosanus が入り込み、びっしりと泥線や泥被で覆っています。
地面のいたるところに彼らの群飛孔や泥被があり、場合によっては植木鉢の植物にまで「手」を伸ばしています。
これだけタイワンシロアリが多いと他の種類はある程度けん制されているようで、たとえばタカサゴシロアリ(中国名・高山象白蟻) Nasutitermes takasagoensis は、限られたエリアに集中的に生息していました。イエシロアリも同じで、この森ではほんのわずかな部分でしか見られなかったのです。
しかし、土に関係しないレイビシロアリ科のシロアリは土生息性のタイワンシロアリとそれほど競合することなく、広く生息していました。
とくにダイコクシロアリ(中国名・截頭堆砂白蟻) Cryptotermes domesticus などは、レジャー区の高台にある灯台型の展望台最上階の飾り柱からも生息が確認されたのです。まさに domesticus の名前に羞じないしぶとさです。
私たちはとにかく本場のコウシュンシロアリを採取したくてあちこちを探しましたが、ついに 山根さんがそれらしい枯れ枝を探し出しました。コンクリートのベンチの上でこれを割ってシロアリ個体を取り出すと、職蟻兵蟻とともに有翅虫も見つかりまし た。前縁脈が茶褐色で透明の羽根を持つ有翅虫はコウシュンシロアリに近いものでした。
こうして私たちはついに「本場物」を採ったと思って大喜びし、山根さんなどは「やっぱりシロアリ研究の基本は恒春ですよ」と知り合いの研究者に自慢しようともくろんだのでした。
ところが、日本に帰ってから調べたところ、なんと触角の第3節が逆円錐形に膨らんでいたのです。そして他の部分もコウシュンシロアリとは異なっていて、明らかにアメリカカンザイシロアリ Incisitermes minor の特徴を持っていることが分かったのです。「その場でよく調べておけば」と悔しがっても後の祭りです。
しかし、私たちはここで新しい認識を得ました。つまり、アメリカカンザイシロアリと呼ばれ るシロアリは現存するものとしては2種あって、一つは日本の種で、玉虫色に黒光りする羽根を持つものであり、もう一つは中国などに生息する茶色の縁付きの 透明の羽根を持つもので、異物同名となっていたのです。現に私の翻訳した『中国におけるシロアリの分類と生物学』にもアメリカカンザイシロアリの羽根は 「茶色で透明」となっていて、日本の種とは異なる表現がされていたのです。ひょっとすると中国のものが日本のハワイシロアリ Incisitermes immigrans かもしれないとあとで思ったりもしました。
一行は森のあちこちで土をほじったり木をたたいたりし、汚い木切れをながめては嬉しそうに 話しているのですが、こんな日本人を台湾の人々は不思議そうな顔つきでながめ、ひそひそ話をしながら通り過ぎていきました。メーンゲートの横でとうとう星 野さんと山根さんが木切れの「店」を開いてシロアリの写真を撮ったりする頃になると、まわりの台湾の人々が珍しそうに寄ってきました。私がシロアリだと説 明すると、大きくうなづいて見ていました。



試験場の森への入口


台湾の最南端


この展望台の最上階にも
ダイコクシロアリの被害があった


タイワンシロアリ羽アリの群飛跡


コウシュンシロアリのはずだった

民俗資料博物館を調査する

恒春へ行く前日、つまり5日の午前に私たちはシロアリに悩まされ続けているという民俗資料博物館「北投文物館」を調査しました。
ホテル近くの地下鉄の駅から電車で新北投に行き、そこからタクシーで10分も走った高台に「文物館」がありました。
この建物はもともと日本軍の士官クラブとして1921年に建てられ、1984年から中国式建築を伝える文物館として利用されることになりました。そして内部には貴重な民俗資料が多数展示され、多くの観光客が訪れています。
ここは以前からシロアリの被害があり、その場しのぎの修理や駆除を繰り返してきましたが、シロアリの勢いは一向に止まらず、根本的なシロアリ対策を望んでいたのです。
天井には雨漏りがあり、柱や窓枠には蟻土が吹き出しています。床は歩くとぶかぶかするし、一見して駆除と補修が必要な状態であることが分かります。
最近では日本でも有名なアメリカ式のベイトシステムの会社が駆除の見積をしたようですが、 調査すらろくにしないでシステムのみの宣伝のような説明をしたために、管理者側はシロアリ駆除業者にかなり不信を抱いていたのでした。「この器具を設置す るとシロアリが自ら毒餌を食べにきます」という説明は、やはり理解されなかったのです。
私たちの調査では、ここの敷地の一部にはタイワンシロアリが、家の周囲には広くヤマトシロアリ属が、そして家の中にはイエシロアリが被害をもたらしていることが確認されました。
私たちは建物の内外をつぶさに調査し、被害の現われを一つ一つチェックしました。とくに星 野さんが床下にもぐって調査するのを見た管理者はかなり驚いた様子で、まさか日本人がそこまで細かく調査するなどとは思っていなかったようです。そのうえ 今まで聞いたこともないシロアリの名前と生態の説明には大きな興味を抱いたようでした。
私たちは薬剤メーカーの李さんにここのシロアリ対策についていくつかの提案を行ない、管理者側がきちっとしたシロアリ対策の手順とその財政的な計画を持つよう助言しました。
なお、新北投駅前の街路樹の杭から採取したイエシロアリは、やたらに額腺が目立つようなので、一応サンプルは採っておきました。



昔は日本軍の士官クラブだった


床下を調査する星野さん


初めて聞く説明に
管理人(左の女性)は感動


トイレに貼ってあった
殺虫剤「アース」のポスター

シロアリ技術者・愛好者の育成がカギ

世界に類を見ない生態に基づく伝統的なシロアリ駆除思想が形成された場所であるにもかかわらず、現在の台湾にはそうした伝統はまったく存在せず、専門機関のシロアリ研究すらほとんど見るべきものがないというのが現状です。
シロアリ専門の駆除業者はほとんどなく、アメリカ同様にPCO(害虫駆除業者)が他の害虫 と同じように薬剤散布に頼って処理しているのです。だからシロアリの種類についてもイエシロアリとヤマトシロアリしか知らず、ヤマトシロアリの名前でも散 白蟻という非常に適切で生態的な中国名があるにもかかわらす、日本の名前を音読みしただけの「大和白蟻」という表現が一般化しているのです。
だから、イエシロアリなどは根本的な駆除ができておらず、初日の夕食に立ち寄った比較的大きなレストランでも私たちのいた二階の部屋にはイエシロアリの蟻土が吹き出ていたし、ちゃんとシロアリ個体もいたのです。
5日午後の講演会では、星野さんがシロアリ駆除の生態的な立場について話したのに対して、 集まった業者からは、もっぱら「やり方」についての質問が多く出されました。比較的意識の高い業者ですら「やり方」や「マニュアル」指向ではないシロアリ 対策の”思想”というものはなかなか理解しにくいものがあったようです。
私は「シロアリはなぜ白いか」と題してシロアリの昆虫としての特殊性と活動タイプに基づくタイプ分けについて話をしました。
しかしこれも例として説明した防湿コンクリートの話から「コンクリートをシロアリが通過するかどうか」というような「防蟻処理」としての建物のあり方の話になってしまったようです。
長い間アメリカ式の「防除」思想でやってきたのだから無理はありませんが、これからの「レ スケミカル」や「ノンケミカル」の時代には、これまでの延長上ではシロアリ対策がなりたたないところまで来ているような気がしました。文物館でのベイト剤 業者の対応がそれをよく表わしています。
薬剤やシステムやマニュアルではなく、個々の現場で自分で考え工夫する技術者が今求められ ています。シロアリと対話するように駆除するという伝統的な生態駆除は、決して「やり方」ではなく思想なのです。そのことが理解できる若い技術者が台湾に 育つことこそが、台湾のシロアリ対策のみならず、シロアリの研究そのものをも大きく発展させるものと私は思いました。



「防除」指向が強い台湾の業者に
生態からの話がどこまで通じたか


画像で生態を説明する星野さん


星野さんの説明を王教授が通訳し
私が中国語の専門用語を書く


熱意ある青年(手前)がいたので
彼を交えてシロアリ談義

今回調査・確認したシロアリ

Reticulitermes spp.
Coptotermes spp.
Odontotermes formosanus
Nasutitermes takasagoensis
Incisitermes spp.
Cryptotermes domesticus



その他の写真