NHK「クローズアップ現代」 ==外来シロアリの脅威==

果たした役割と問題点

昨年1月19日に放送されたNHKの「クローズアップ現代」でわが国におけるアメリカカンザイシロアリの被害状況が取り上げられました。ここではその意義と問題点について考えます。

番組の内容

この番組は都内のある地域で80軒ほどの被害のある家屋が見つかったとしてその実態を示しました。そして典型的な被害家屋では対策に800万円もの費用(多くは改装費用だがその説明はない)をかけながらなお駆除できていないとして「駆除困難」という字幕も出されました。
また、対策として地域ぐるみで情報を共有すべきだとして住民集会を呼びかけましたが、560世帯のうち35世帯しか参加せず、資産価値の低下などへの心配も浮き彫りにされました。
一方、研究者へのインタビューでアメリカカンザイシロアリの生態が語られ、ヤマトシロアリとの違いや被害の進行と特徴も強調されました。また、容易に持ち込まれることから全国どこでも被害の可能性があることも強調されました。

番組の果たしたこと・意義

アメリカカンザイシロアリは必ずしもわが国では新しいシロアリではなく、30年以上前から都内はもとより各地で生息が報告され、駆除現場の混乱も報告されていたのですが、今回の放送でようやく全国的に警鐘を鳴らすことができたといえます。むしろ遅すぎたとさえいえます。
今まで民放では何度かワイドショーなどで話題にされましたが、ただ不安をあおるだけの内容がほとんどで、しかも放送時間帯も昼間が多いので、国民的には 「どこかに特殊なシロアリがいるそうだ」との認識にとどまっていました。しかし、今回の放送は夕食時に首都圏での事例として、しかもNHKが放送したこと からかなり多くの人々が身近に認識することになりました。
私たち技術者などへの問い合わせ内容からすると、一般消費者よりもむしろ建築業界の人々が最も大きく不安を感じたようです。
すなわち、家を建てて維持するうえで、生き物とのかかわりを考慮することなく機能本位で競争してきた建築業界にとっては、基礎断熱のシロアリ被害に続いて大きな警告となったのです。
たとえば、高気密住宅に万が一このシロアリが生息したならどんな結果になるか、生息部位が特定できるか、薬剤が使用できるか、という問題に直面します。
しかも一方では、こうした乾材シロアリへの知識を持たないシロアリ業者が大多数といえる現状もあります。

語られなかったこと・問題点

 乾材シロアリはアメリカカンザイシロアリだけではない

現状では生息地域が限られるとはいえ、わが国にはすでにアメリカカンザイシロアリ以外にも3種の乾材シロアリが生息しています。また外来の木生息性という点では関西のある地域では民家付近にオオシロアリ科のシロアリがいて、民家に侵入する可能性も十分あります。
アメリカカンザイシロアリの仲間に数えられているハワイシロアリは南大東島など南の島にいます。しかし、これは実際に比較したことのある人を除けば一般の シロアリ技術者でも間違うほどアメリカカンザイシロアリによく似た兵蟻なので、場合によっては内地でもアメリカカンザイシロアリだと思われている可能性も あります。
ダイコクシロアリは沖縄や小笠原に昔から広く住んでいます。兵蟻の形がアメリカカンザイシロアリと大きく異なるため、シロアリ技術者ならわかる人もある程 度はいます。しかしダイコクシロアリと同じ仲間のニシインドカンザイシロアリがわが国でも複数個所から見つかっています。世界的にはダイコクシロアリより もむしろ広域種なので、わが国での被害の拡大も時間の問題といえます。
こうしたシロアリの持込に対してわが国の検疫態勢はどうなっているのでしょうか。また、国内での物資の移動はどのようになっているのでしょうか。こうしたことは本来マスコミが取り上げるべきもっとも大きな問題ではなかったでしょうか。

 乾材シロアリの被害とヤマトシロアリの被害の比較の問題

番組ではヤマトシロアリでは「被害が及ぶのは湿気の多い床下周辺」といっています が、それは事実と異なり、視聴者に大きな混乱をもたらします。イエシロアリはもとよりヤマトシロアリでも梁や軒先など建物の高所被害や巣の構築はさほど珍 しくありません。逆にアメリカカンザイシロアリによる床下の被害も珍しくありません。
現に数年前にわずか築1年の建物の二階からヤマトシロアリが出たのを「こんな乾燥した高いところにヤマトシロアリがいるはずない」とシロアリ業者ですら勘 違いし、アメリカカンザイシロアリだといって真新しい床まで剥いで大騒ぎになった事例もあります。番組の説明では再びこうした混乱を招いてしまいます。
逆に、外国の例ではダイコクシロアリの仲間が埋め込み柱の乾燥部分ではなく土に埋まっている湿ったところに集中していた例もあります。日本のアメリカカン ザイシロアリでも乾燥した木材よりも適度に湿った木材のほうが住みやすいのです。乾材シロアリだから乾燥しているところに住むというのは、人間の思い込み に過ぎません。
乾材シロアリとヤマトシロアリなどとの決定的違いは、生息位置の違いよりもむしろ木生息性か土壌性かの違いです。前記した事例でも二階の生息部分をよく見れば土(蟻土)がついていたのです。土をまったく伴わない乾材シロアリとはここで区別するのがもっとも適切なのです。

 被害の進行と建物への影響

被害の進行はごくゆっくりで、新築時点でごく密度の高い地域で侵入された場合、大体 5年で被害が目立ちます。ただしそれでも被害は表面的なものが点在する形であって、番組で示されたような大きな穴が開くまでにはさらに年月がかかると思わ れます。これは我々少数の技術者がこのシロアリにかかわり始めた1992年当時にある部落で新築された建物の今日の状態やその後の定期駆除の経験から言え ることです。
とくに土台や柱に使われる芯のある木材が強度にかかわる被害を受けるのは非常に長い時間経過が必要で、初期の兆候で適切な対策を開始すれば、一度に駆除で きなくても強度の低下にいたることはまずないと考えられます。じっさい番組で示されたような柔らかな木材(住宅の梁?)は住宅では主要な部分には使われな いので、イエシロアリのような不安を感じる必要はありません。かなり昔からダイコクシロアリが住む沖縄や小笠原でもこのシロアリ被害で崩壊したことはない のです。
また、イエシロアリでは被害材を取り替えても巣の駆除がなければ再び被害を受けますが、乾材シロアリでは取り替えた木材が直ちに被害を受けるわけではなく、技術者のかかわりさえあれば材の取替えと処分は対策の重要な一環ともなります。

 糞の発見では遅い! 決め手は木粉

乾材シロアリの粒状の糞は木材に侵入してからある程度の時間が経過しないと出てきま せん。特に最初の糞は数粒程度ですのでまず見つかりません。糞が堆積された場所はかなり古くからの被害部位であり、しかも、大量に糞の詰まっている部分に はシロアリはほとんどいません。そこは糞室であってその奥にシロアリはいるのです。
しかし糞の出る前にはっきりとした兆候が出ます。それは羽アリがもぐりこんだときの木粉です。
番組では他の昆虫の木粉との区別を強調するあまり木粉一般を否定してしまっていましたが、羽アリの木粉こそが居住者が日常的にできる(唯一のといってもい い)対策の最も重要な部分なのです。木粉のある部分はもぐり込んで間がない羽アリ(羽は落としているが)がいますので、細いノズルつきの市販スプレー剤 (シロアリ用でなくてもよい)を隙間や穴に吹き付けたり、薬剤が使えない家庭ではエッセンシャルオイルなどの刺激性液体を注入すると飛び出してきますので 叩き潰せばよいのです。
乾材シロアリでは羽アリによる伝播が大きな意味を持つので、手の届く範囲は居住者が処理したほうが技術者の定期駆除よりも効果的だといえます。
具体的な対策を推進する立場から言えば、木粉についての説明がなかったことがこの番組の大きな欠点になってしまいました。

 行政への要請等

長期間放置された被害家屋では定期駆除よりも燻蒸処理のほうがコストとしても効率的 であるので、こうした建物についてはやはり援助が必要になります。被害家屋といっても様々で、定期駆除で十分対応できる場合もありますので一様に燻蒸であ る必要はないのですが、場合によっては部材の取替えなどのリフォームも必要になります。これらも援助が必要となります。また木材の移動を管理できる体制作 りは急ぐ必要があります。
こうした援助や木材管理についてやはりもう少し突っ込んだ報道が望まれるところです。

全体として必要だったこと

乾材シロアリの駆除現場では早くからこのシロアリの生態と駆除について一定の知見がありました。どんな研究よりも現場での駆除こそが生態とのもっとも大きな接点です。
番組を作るなら、こうした現場に根ざした総合的な監修が必要でした。しかし実際は現場の実態と研究者の見解を並べただけで総合的なまとまりがなく、部分的には上記したような間違ったメッセージすら含んでいました。また住民集会の是非も考慮されなければなりません。
やはり報道としては、被害の実態、最先端の駆除現場、社会的背景と問題点を総合的な監修のもとにうまく関連させて番組作りが行われなければ、無用な不安ばかりをあおることになってしまいます。