シロアリはなぜ白いか?
シロアリあれこれ

■■■■■ 目次 ■■■■■
シロアリはなぜ白いか
兵蟻は本当に戦うのか
人恋しいシロアリ
羽アリの群飛は生態系へのボーナスだ





シロアリの生態について基本的なところで思い違いや間違った俗論があり、専門家を自称する床下産業や一部研究者のなかにさえ間違った結論を真実だと思い込んでいるむきもあるので、ここでは基本的なところを明らかにしたいと思います。


シロアリはなぜ白いか

シロアリの色は様々あって、必ずしも白いものばかりではありません。たとえば日本のタカサゴシロアリNasutitermes takasagoensisは職蟻であっても茶色ですし、外国に住むコウグンシロアリの仲間Hospitalitermesなどもかなり濃い体色です。つまり、世界のシロアリは程度の差はあってもほとんどのシロアリには色があり、むしろ白色のもののほうが少数派だといえるのです。
しかし、シロアリの実体をなす職蟻は、多くの場合、他の昆虫に比べれば淡い色であり、一部の国で「白いアリ」を意味する名前が使われているのもうなづけます。そして、そこには極めて重大なシロアリという昆虫の特徴があるのです。

幼虫タイプの社会性昆虫

社会性昆虫、とくに完全な分業と共同性の存在する真社会性の昆虫にはシロアリ以外にもアリ・ハチの仲間がいます。しかし、彼らのほとんどは体の色が濃く、乳白色のものはほとんど見られません。
それはハチ・アリの社会は自ら活動でき ない幼虫を除けばすべて成虫によって構成されているからです。ハチ・アリは完全変態の昆虫であって、蛹の時期を境に「活動よりも自らの成長のために生き る」ウジ状の幼虫期と「自らの成長よりも活動のために生きる」成虫期とに分かれます。そしてコロニーの成員として活動するのはすべて成虫であり、成虫は野 外での活動に適した外骨格や眼、手足などをもっているし、行動も機敏なのです。
ところがシロアリでは、孵化したばかり の幼虫であっても手足があり、しばらくすると職蟻の後について働き始めるのです。そしてハチ・アリのような蛹の時期もなく、いわば幼虫状態のままで「成 虫」になるのです。そして、しばらくは働きながらも自分が兵蟻に成長するのか職蟻になるのか、あるいは羽アリへと変化するのかわからないのです。
つまり、シロアリは幼虫のままで働き、成長が各段階で猶予されているのです。だから、たとえばアメリカカンザイシロアリIncisitermes minorやコウシュンシロアリNeotermes koshunensisといった木生息性レイビシロアリ科では、すべての職蟻が羽アリや生殖虫に向かって成長しつつも猶予されているので、場合によってはいったん羽アリに向かって背中に翅芽ができてから兵蟻に転化するものもいるのです。つまり翅芽を持った兵蟻です。
ヤマトシロアリでも職蟻だけの個体群が何らかの環境変化によってコロニーから隔離されると、わずかな間に職蟻から継承生殖虫(いわゆる副女王)が生まれるのはこうした幼虫の性格によるものです。
こうした幼虫によるコロニーの構成は他 の昆虫でも見られます。たとえばチビナガヒラタムシという甲虫の一種では、多くの個体は白い幼虫のまま生殖し、さらにその幼虫は外見上も異なる二つのタイ プに分かれて活動するのです。そしてほんのわずかな個体がメスの成虫となって外に飛び出しますが、日本にはオスの成虫がいないので成虫は生殖できないので す。つまり、幼虫の生殖活動によって生息しているのです。
幼虫が生殖活動を行う幼態成熟というの はこのほかにも様々な生物で見られますが、シロアリもじつはこうしたタイプの昆虫だったのです。すなわち、シロアリのコロニーを構成するほとんどの個体は 幼虫であって、唯一の「成虫」である羽アリですら幼虫としての資質を保持し、これからもまだまだ餌を食べて成長しなければならない運命にあるのです。だか ら、ハチ・アリでいうところの成虫とは意味が違うのです。
すなわち、色が白いということの理由の一つがこの幼虫としての性格にあるのです。

集団的「外骨格」なしでは生きられない統合生物

シロアリは個体のほとんどが幼虫状態で あり、野外で活動するようにはできていません。彼らの皮膚は薄く、外気に触れることをとくに嫌います。シロアリはだからけっして個体が裸で活動しないので す。シロアリはかならず集団的な「外骨格」を形成し、「外骨格」が延びた分だけ活動エリアが広がるのです。すなわち、シロアリの個体はシロアリそのもので はないのです。
土壌性シロアリにおける集団的「外骨格」というのは大きくいって二つに分けられます。
一つはシロアリの通常のエリアを形成する蟻道・蟻土です。蟻道・蟻土はかなり硬くて密閉性があり、多くの場合内皮(内壁)構造を持っています。このエリア内ではトビムシやハネカクシなどの生物がうまく共生し、カビやガスなどの環境条件をうまくコントロールしています。
もう一つの「外骨格」は泥線・泥被と呼 ばれるもので、いわば臨時のものです。泥線は大まかな進行ルートを設定するものであり、泥被は幅広く活動エリアを確保するものです。泥線・泥被は比較的軟 らかで、厚味もなく、ちょっとした環境変化によって崩れてしまいます。季節的に現れる羽アリの群飛孔もこの一種です。
蟻道・蟻土と泥線・泥被のありかたは種 によって大きな違いがあり、比較的蟻道・蟻土と泥線・泥被の違いがはっきりしたヤマトシロアリ属に対して、イエシロアリ属ではほとんどが蟻道・蟻土である し、タイワンシロアリではすべて泥線・泥被となっています。(ただし、イエシロアリでは排出土も蟻土と呼ばれる)
シロアリは必ず自然界ではこうした集団的「外骨格」をともなうのであって、たとえば土壌性ではないレイビシロアリ科でも木材そのものが「外骨格」の役目を果たしていて、羽アリ以外はけっして外に出歩かないのです。
もちろん、例外もあります。前記したコウグンシロアリやカマシロアリDrepanotermes、あるいは一部のオオキノコシロアリMacrotermesなども野外を裸で行進します。しかし、そうした場合でも、まず兵蟻の帯ができ、その中に注入されるように職蟻の隊列が入り込むのは、集団的「外骨格」のなごりだといえるのです。
ようするにシロアリとは単に個体の集まりではなく、集団的「外骨格」によってあたかも単一の生物のように統合された社会性昆虫なのです。したがって個々の個体の皮膚は外骨格としては不完全であり、ここに色が白い根拠があるのです。
なお、一部にイエシロアリの個体が蟻道 などの外に出て活動するという報告や実験がありますが、これは風を遮断した暗い場所で、かつ、外敵の気配すらないという条件での実験であって、自然状態と しての実験ではなく、ここからシロアリ個体が外を歩き回るという結論を得るのは間違いです。
過去にホイーラーという人が提唱した超 個体という概念は、シロアリの鳥瞰的な見方としては妥当性がありながらも、生殖虫を頭脳に見立てたり、職蟻を体細胞に見立てるなど非科学的な側面がありま した。ところが、この論を否定するあまり鳥瞰的な視点を欠落させたシロアリ観が一部に形成されシロアリ研究を自然から引き離す傾向が広がったのです。そし て、ここ数十年のシロアリ研究、とくにシロアリ対策との関連の研究において、自然から切り離された個体による研究によって実情に合わない結論ばかりが出し 続けられ、現場を混乱させていたのが現実でした。したがって、シロアリをたんなる個体の集合と考えるのでなく、統合された生物として扱うべき時にきている のです。


ヤマトシロアリの職蟻・兵蟻・ニンフ
彼らの皮膚は野外活動には
まったく不向きである。



ヤマトシロアリの泥線
集団的「外骨格」なしには
シロアリは野外活動はできない。
先端部が濡れているのは
地下から水を運んだからだ。



ヤマトシロアリの蟻道
白く見えるのが内皮構造
内皮構造によって
密閉度を高めている



ヤマトシロアリの泥被
泥被によって
活動エリアを広く確保する



あまりに多すぎる
裸の個体による実験

生理学的な実験はともかく、
シロアリの生態を調べる実験や
薬剤試験が安易に
裸のシロアリ個体を使って
行なわれている。
だがそれはシロアリではない。
シロアリとは
集団的「外骨格」を伴い
その中を個体が循環し
常に個体が更新され続ける
統合生物なのだ。
蟻道を誘引できなければ
誘引剤ではないし
蟻道を阻止できなければ
忌避剤ではないのだ
ざんねんながら、
これまでかなり多くの実験が
裸の個体を使用して
実際と食い違う
間違った結論を出してきた。

兵蟻は本当に戦うのか


シロアリの兵蟻は何のためにいるのかと聞けば、ほとんどの人が「コロニーの防衛」だといい、あの大顎で外敵と戦うと思ってしまいます。しかし、実際は人間の思い描くような戦いぶりではないのです。

丸い頭と長い頭の兵蟻の違い

兵蟻には大きく分けて2つの種類があります。
一つはどちらかといえば丸い頭を持つもので、イエシロアリ、キノコシロアリ亜科、テングシロアリ亜科、あるいはマルガシラシロアリ Globitermes なとがこのグループに属します。
もう一つはどちらかといえば長くて大きい頭のもので、ヤマトシロアリやHeterotermesといったミゾガシラシロアリ科の一部のもの、アメリカカンザイシロアリなどのレイビシロアリ科の多くのもの、そして土食い系(ヒューマス食い)のニトベシロアリなどがこれに属します。
頭が丸い兵蟻は、どちら かというと行動が機敏で、個体の絶対数量も多く、外敵に対して集団で戦おうとします。たとえば、イエシロアリやテングシロアリ亜科では蟻道や塚の一部を崩 すと、無数の兵蟻が現場に集結してきます。これらの兵蟻は、まさに戦う個体、ソルジャーの名に羞じないシロアリです。タイワンシロアリにいたっては職蟻で すら噛み付いてきます。
ところが、頭の長い兵蟻ではかなり事情が異なります。
ヤマトシロアリの兵蟻は 蟻道を崩しても現場に密集してきません。やっと出てきた数少ない兵蟻の前に指を突き出すと、まず後ずさりして逃げようとし、無理に大顎に触れたりすると やっと噛み付くのです。なにかいやいや噛み付いたような表情です。だいたい戦うにしては兵蟻の数が極端に少ないのです。写真を撮ろうとしてもなかなか兵蟻 が現れてくれないこともしばしばです。
また、アメリカカンザイシロアリやナカジマシロアリといったなど木生息性のシロアリの兵蟻も同じで、巣を壊すと一目散に逃げ出すので、兵蟻の採取すら困難なこともあるのです。
では、彼らは一体何のためにいるのでしょうか。

長い頭は敵の「お荷物」

長い頭の兵蟻 のいるシロアリコロニーに共通するのは、生活空間が狭くて、細いトンネルの多いエリアで生活していることです。また、多くの場合コロニーの個体数が少ない ので、丸い頭のシロアリコロニーとの比較では兵蟻の数の割合が同じでも、絶対量が圧倒的に少ないのです。こうした場合侵入してくる外敵に兵蟻の個体を集中 するわけにはいきません。そこで、兵蟻をトンネルのところどころに配置することで外敵の侵入の障害物にしようという戦略が採用されるのです。
すなわち、トンネル内に 侵入してきた外敵は、長くて大きな頭の兵蟻に出会うたびにこれをもてあまし、万が一これに噛み付かれたり抱き付かれたりすると、狭いトンネル内では行動の 自由が奪われるだけでなく、トンネルが塞がった状態となり、後から来る仲間も立ち往生となってしまうのです。シロアリはこうして敵がもたつく間に兵蟻を捨 て石にして一部のトンネルを塞ぎ、コロニーを守るのです。
また、ヤマトシロアリな どでも羽アリが群飛する時だけは兵蟻が群飛孔付近に這い出てまじめに「警戒」しますが、この場合警戒というよりも「食べるなら自分を食べてくれ」といって いるようなもので、頭が赤くて目立つのはダミーとしての意味があるのです。この点では頭の丸い兵蟻も同じです。
一部の本にはニトベシロ アリなど土食い系のシロアリの兵蟻は「外敵を弾き飛ばす」などと書いてありますが、これは大いに疑問のあるいいかたです。第一、ニトベシロアリやムシャシ ロアリでは弾いて外敵と戦うには兵蟻の個体数が少なすぎるのです。これは狭いトンネル内で大顎を弾くことで、敵を驚かせたりして捨て石としての時間稼ぎと いう面の方が強く、とくに土食い系のシロアリのトンネルがきわめて柔らかで狭いことを考えるなら、むしろ大顎を弾くことでトンネルを破壊して敵の侵入の障 害を生み出す意味の方が実効としては大きいのです。だから彼らの大顎は前に向かって弾かれるのではなく、むしろ上下方向に弾くからこそ、シャーレのうえで はみずからを弾いてノミのように跳ぶのです。
また、「自分自身を弾い て逃げる」というのはまったくの誤りで、わずかな数の兵蟻が飛び跳ねて逃げてもコロニーには意味がないし、彼らはシャーレの上で生活しているのでなく、ト ンネルの中にいるのだから跳ねて逃げる余地もないのです。そのうえ、土食い系のシロアリは世界のシロアリのなかでも最も皮膚の弱いものの1つであって、飛 んで逃げても生きられる望みすらないのです。

歩く弁当箱

ある本のシロアリについての記述に「餌 を取るのは職アリ、運ぶのは兵アリ」などと書いてありますが、これはまったくの間違いで、兵蟻は頭部が特殊に変形し、物を運ぶどころかすべての労働にむい ていません。だいたい「餌を運ぶ」という行為のあるシロアリは、コウグンシロアリの仲間やシュウカクシロアリ科、あるいはツカシロアリ亜科のシロアリで あって、ほとんどのシロアリ、とくに土壌性シロアリでは採取された餌は直ちに職蟻の体内に取り込まれてしまうのであって、ハキリアリが葉っぱを運ぶような やり方で運ばれないのです。
では、兵蟻は平時には何をしているので しょうか。答えは「何もしていない」というのが正解です。兵蟻はただうろうろと歩き回っているだけで何もしないのです。おまけに兵蟻は頭部が特殊に変形し ているので自分で餌も食べられないので、いちいち職蟻から口移しで食べさせてもらっているのです。そのうえ永く平和な状態が続いたとしても兵蟻の数は減ら ないのです。
シロアリの社会では兵蟻には防衛以外に も重要な意味があったのです。それはタンパク質の貯蔵庫という役割です。シロアリの集団をよく観察すると、ある時急に兵蟻がいなくなったり、場合によって は兵蟻の頭だけが転がっていたりすることがあります。つまり、共食いの対象となったのです。シロアリのコロニーは兵蟻を養うことによって環境の急変に対処 していたのです。フロリダ大学のシロアリ研究者ナンヤオ・スー氏はこれを「歩く弁当箱」と表現していました。

(※ イエシロアリなど活動的で数の多い兵蟻ではある種の作業を行うこともありますが限定的です。)

丸いタイプのイエシロアリ



丸いタイプのタカサゴシロアリ



丸いタイプのキイロマルガシラシロアリ



長いタイプのニトベシロアリ


長いタイプのコウシュンシロアリ


ヤマトシロアリの気泡状の巣
部屋は狭い通路(矢印)でつながり、
兵蟻1頭で守りやすくなっている。

頭が長いというのは
こういう防衛方法に適している


主な防衛行動の一般的区分
大顎型兵蟻
兵蟻が噛み付く
ヤマトシロアリ
コウシュンシロアリなど

兵蟻が噛み付いて液を塗る
イエシロアリ
ツチミゾガシラシロアリなど

兵蟻が穴を塞ぐ
ダイコクシロアリなど
兵蟻が弾く
ニトベシロアリなど
テング型兵蟻
兵蟻が液を吹きつける
タカサゴシロアリなど
兵蟻をもたない
職蟻が噛み付いて自爆する
ムヘイシロアリなど

人恋しいシロアリ


以前しろあり同好会のメンバーが足摺岬でシロアリ調査を行なった時、会の顧問である吉野利夫氏が「イエシロアリっちゅうのは人恋しいシロアリごたるなぁ」といわれた。
なるほどナカジマシロアリやサツマシロアリがたくさんいる森の中ではイエシロアリはそれほど目立たないのに、人間の手が入った遊歩道近くの杭などにはやたらにイエシロアリが多かったのです。
同じようなことをオーストラリアの研究者も指摘しています。アラン・アンダーソン、ピーター・ジャックリーンの両氏はその著書『トップエンドのシロアリ』で、次のように述べています。
「おもしろいことにムカ シシロアリは、人間の生活区域以外ではおとなしく目立たないシロアリなのである。たとえばダーウィン地域のユーカリ原生林でのシロアリ被害は、ムカシシロ アリによるものは全体の5%以下(ほとんどの被害はイエシロアリのもの)なのであって、自然の森林では彼らのコロニーは比較的小さいのである。ところが いったん人間によって切り開かれた地域では彼らは異常に増殖し、1コロニーで100万の職蟻を有する大集団となり、数ヘクタールにも及ぶ被害を与えるので ある。」(神谷・訳)
つまり、オーストラリア北部ではイエシロアリ(ツカイエシロアリCoptotermes acinaciformis)ではなく、ムカシシロアリMastotermes darwiniensisが「人恋しいシロアリ」になっているのです。
ひょっとしたら日本の多くの地域ではヤマトシロアリが「人恋しく」なっているのかもしれません。


ムカシシロアリの兵蟻


ツカイエシロアリの塚


羽アリの群飛は生態系へのボーナスだ


シロアリの羽アリ(有翅虫)はシロアリのコロニーが一定の状態に達したとき、一年のうちの限られた時期にだけ一斉に群飛します。必ずしも毎年群飛するわけではありません。
自然状態では、羽アリはコロニーが成熟段階に達したことの表明であり、コロニーに余剰が生まれたことの証明でもあります。(自然飽和型群飛)
別の角度からいえば、コロニーの大きさ や個体生産力とそれに対応する環境規模(餌の量など)との間に矛盾が生じて個体の間引きが始まったともいえます。この間引きは必ずしもコロニーが大きく なったときばかりに行われるとは限りません。とくにヤマトシロアリでは、コロニーが大きくならなくても、家屋の新築によるコロニーの分断や不十分な駆除な ど、生息環境が著しく縮小したり変化したりした場合もこの矛盾によって羽アリの群飛が起き、コロニーの新たな適応が始まるのです。(変化適応型群飛)
条件の整ったシロアリのコロニーは、年 に一度のチャンスしかないこの群飛というフェスティバルのために、専用の群飛孔を作るなど念には念を入れた準備をします。羽アリとなったシロアリは群飛の 直前の数日で変色し、巣の中で群飛の条件がそろうのを待ちます。タイワンシロアリでは羽アリ専用の待合室(候飛室)まであります。
やがて、群飛の時期がおとずれ、温度、 湿度、気圧など頃合いの条件がそろったのを見計らって職蟻が群飛孔の蓋を開けると、まず兵蟻が頭を並べて警戒し、羽アリの群れを群飛孔の外に導きます。羽 アリは最初のうちは群飛孔の周囲に群がってひしめきあっていますが、やがて1頭がヒラヒラと飛び立つと、それにつれてつぎつぎと光(電灯や太陽、月明か り、その他)に向かって跳んでいきます。ヤマトシロアリでは昼間、イエシロアリでは夕刻、タイワンシロアリではイエシロアリより早い夕刻、アメリカカンザ イシロアリでは昼間です。
羽アリはオスとメスが混ざっていて、羽 根を振って飛ぶことで生殖意欲が湧いてきます。できることなら他のコロニーの羽アリに出会いたいために同一地域では同一の時刻に飛び出すのです。こうして 無数の羽アリははじめての野外活動に入り、多くの危険の存在するなかでたがいに相手を探して歩き回るのです。
しかし、彼らを待っているのは死です。 営巣にまでたどり着けるのは土壌性シロアリではほんのわずかです。コロニーごとに分散して群飛するレイビシロアリ科ですら営巣率が低いのに、まとまって同 じ時期に群飛する種では1%にも満たないのです。国によってはスコールのなかを泳ぐように群飛する種もあるぐらいで、こうした場合には雨で叩き落とされる ものも多数いるのです。
また、群飛の瞬間から営巣に到るまでの間じゅうスズメなどの鳥類、トカゲ、カエル、コウモリなどの動物、アリ、クモなどの虫類が嬉々として羽アリを襲い、なかには群飛の時刻を心得ているものもいて、最初から連れ立って羽アリを食べに来るものもいるのです。
だから、シロアリを餌にする生き物にとってはこれほどうれしい瞬間はありません。まるで新築家屋の上棟式の餅投げのように大騒ぎです。
なにしろシロアリの羽アリは動きが鈍 く、飛ぶのも遅く、ほとんど抵抗もせず、毒もありません。だから捕獲が容易です。またそれ以上に生き物にとってうれしいのは、羽アリの体のタンパク質や栄 養分が極めて豊富だということです。単位重量あたりでは牛肉以上の量のタンパク質があり、各種アミノ酸も含まれているのです。なぜなら、営巣に成功した羽 アリは交尾して最初の職蟻が働けるようになるまでは、主に自分の体内の栄養分で生き、同時に最初の幼虫の餌まで与えなければならないからです。とくに木を 直接食べられないタイワンシロアリでは菌園ができるまでは栄養をまったく取れないのです。
すなわち、シロアリは他の動物が利用できない植物遺体をタンパク質に変えて生態系に提供しているのです。これを「栄養の再配分」といいます。
もしもシロアリがいなくなってしまったとするなら、かなり多くの生き物が春から夏にかけての繁殖時期に栄養源を失うことになるのです。生態系が最も栄養を必要とする時期にまとまった栄養を提供する。これはすなわち生態系へのボーナスなのです。

なお、シロアリの羽アリの群飛はハチや アリになぞらえて「巣分かれ」と説明されることがあります。もちろんシロアリにとっては繁殖が目的であるし「巣別れ」として機能するのは確かですが、それは集団の推移からいうと主要な側面ではありませ ん。上記したようにシロアリでは環境との矛盾の解決のために群飛すると考えたほうがシロアリとやり取りする上では「巣別れ」よりもはるかに妥当だといえます。


ヤマトシロアリの床下の群飛孔


切り株からあふれ出た
ヤマトシロアリの羽アリ


ヤマトシロアリの羽アリ


イエシロアリの群飛時刻に
街灯の下集まったヒキガエル
(写真提供・山根坦氏)


アリに襲われた羽アリ