ところで、有機リン剤はシロアリ「防除」の主流薬剤となるはるか昔から使用されてきたが、家屋内ではほとんど薬害の原因とならなかった。 それは、衛生害虫の駆除においては使用量が極めて少なく、面積単位で使用されてもいなかったことによるといえる。有機リン剤の薬害が有名になったのは、ゴルフ場での大量散布や農薬としての大量使用の現場だった。 有機リン剤は、即効的な作用とともにガス化しやすいという特徴があり、直接処理できない昆虫に対しては非常に大きな効果を発揮した。しかし、ガス化しやすいものを大量に散布すれば、まさに毒ガス状態になってしまうのはあたりまえだ。 一方、シロアリ対策の分野では伝統的な技術にこだわる業者を押しのけるように、マニュアル式の大量散布が仕様書として確立され、ガス化しにくい当時の主流 薬剤クロルデンですら土壌汚染や水質汚染を引き起こしつつあったし、家屋においても油剤(駆除ではまったく必要ないのに仕様書で決められていた)の多用に よる中毒症状も報告された。 本来のシロアリ対策における施薬は、他の昆虫に対するのと同じく、目標以外に影響させないというのが基本であった。そして現に、こうしたやり方が多数を占めていたかつてのシロアリ対策では有機リン剤であろうが、有機塩素剤、砒素化合物であっても何一つ危険ではなかった。 薬害の急速な増加は、一方における大量散布とシロアリ全滅思想の確立、他方における大量散布に適さない有機リン剤の採用とが結びついたものだといえる。よ く例に出される空気循環式の家での薬害など、「木部には油剤」のマニュアル規定が大きく影響したものである。だいたい「木部には油剤」という規定は、誰が 考えたのか知らないが、シロアリの生態からいえばまったく根拠のないものである。 有機リン剤の使用中止は、こうしたなかにあって一時避難的には意義のあることである。このまま使用することがいいはずはない。しかし、肝心の大量散布とマニュアル志向から脱することなしには、薬害はますます増えるばかりである。 なぜなら、誰が撒いても「安全」な薬剤になればなるほどマニュアル化が進むからであり、効果がなければいっそう大量の使用が許されてしまうからである。木酢液しかり、ヒバ油しかりである。 じっさい有機リン剤の代替薬剤として広く使用されているピレスロイド剤は、一般に昆虫に対する忌避性があるために、昆虫からも認識されやすく、わずかな空白部分にシロアリが集中してしまうのである。 もちろん、熟練した技術者が使用するならポイントを抑えることもできようが、会社そのものが古くても経験の浅い社員の多い業者では、使用量や処理部分の拡 大でしか対応できない。だから必要もないのに土台や束のすべてにドリルで穴を開けたりして、仕様書以上に「丁寧」な「消毒」をするのだ。 薬害の本当の解決は、大量散布やマニュアルの放棄であり、目標以外に影響させないという原則に立ち戻ることである。 どれそれの薬剤を使うからとか、どこどこの協会の会員だからとか、あれこれのシステムだからとか、そうしたものを基準にすることからの脱皮が関係者だけでなく消費者個人個人にも求められているのだ。 すなわち、目の前の技術者(営業マンではない)がどれだけ情熱的にシロアリを語ることができるかが判断のかぎであって、シロアリ対策の主人公である居住者とシロアリの言葉を翻訳できる技術者との人間的な関係が確立されなければならないのである。 2001/2
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