啓蒙か脅しか‥スズメバチ番組

 毎年秋口になるとスズメバチに関するテレビ番組が放映されるようになった。
 ただ不思議なのは、ごく普通のスズメバチ駆除を放映する番組がほとんどないことだ。
 多くの番組ではすでに巣の周りに多数のハチが興奮して群がっているし、ひどいものではスプレー片手にザクザクと巣を壊してしまう業者もあった。「名人」 と紹介されていた業者などはいきなり建物の外壁を壊したり、夜の駆除だというのに白色ライトを照らしていたが、たぶん永年駆除をしている多くの害虫駆除業 者は頭をかしげたはずだ。
 ああした乱暴で大げさな駆除だと視聴者を脅すには都合がいいのかもしれないが、多くの業者が行っているであろう駆除は番組の様相とはやや異なるはずだ。
 何が違うかといえば、基本的な考え方として「ハチを散らさない」「刺激しない」ことを基本に駆除するのが原則である。ハチを刺激しないようにまず出入り口を押さえる。それから巣の中に殺虫剤を吹き入れるのである。
 入口を押さえずにどんなに強力なスプレーを入口から吹き付けてもハチは飛び出してくるので、入口は物理的に塞ぐ必要がある。もちろん巣の位置や形状によってこれが困難なこともあるが、原則としてはここから出発しなくてはならない。
 かなり以前に名古屋市内の駆除風景がテレビで放映されたが、その業者は巣の入口を速やかに脱脂綿で塞ぎ、それから当時は四塩化炭素を巣の中に入れていた (実際はゴキブリ用スプレー剤でもいい)。だから最近のテレビ番組に比べると派手さがないし怖さもない。あっけなく終わってしまう。しかし見ていた私は見 事だと感心した。
 だから私も時折スズメバチの駆除依頼があるとそうした方式で駆除する。最近私たちの場合は穴を塞ぐのにもう一つ工夫して遠くからでも塞ぐようにしているので、たぶん映像としてはもっと面白味がないだろう。

 一方スズメバチ番組の中には駆除とは別の角度から作られたものもある。
 すなわち昔から伝わる方法でスズメバチを採取して食べる人たちの紹介である。東海白蟻の星野さんから聞いたスズメバチ「愛好家」のやり方がつい最近テレビにも出てきた。
 棒の先に着けた針金にコオロギをつけて採餌活動中のスズメバチに差し出し、これに飛びついて肉団子を作るハチにそっと目印のコヨリの輪を腹部からはめ、 これの飛び立つ方向や距離から巣を見つけて採取するというものである。この方法は三河地方ではヘボと呼ばれるクロスズメバチ(香嵐渓で有名な足助はヘボ飯 が名物)の採取でも伝統的に行われている。
 星野さんの知り合いの「愛好家」の話では、コヨリの輪を入れる際、ハチの機嫌が悪いと後足で蹴るそうで、これを三回やられたらあきらめたほうがいいという。まあこういう話が出てくるのが本当の名人といえる人たちである。
 もちろんこういう人たちは駆除をするわけではないので巣の採取ではハチは散らばるし、食べるのだからスプレー剤も使用しない。しかし人家近くの作業ではないのでとくに問題ないし、巣から離れたハチはいきなり人を襲うものではない。

 昔から里山の人々はまるでミツバチから蜜を取るように巣を採取してはタンパク源として利用してきた。アシナガバチですら私が子供のころは巣をとっては 「栄養になるから」とかいって幼虫を飲み込んだものである。里山では昔からこうした人とハチの関係があり、ハチとのやり取りの形ができていて、たとえ人家 の軒先に巣ができてもうまくやり取りしてきた。
 しかしこれが都市や住宅密集地だとこういうわけにはいかない。いつも洗濯物を干すベランダの上などにできれば駆除しないわけにはいかない。
 住宅密集地で問題となるのは大きくいえば2点ある。
 一つは、生ごみや甘味飲料の空き缶などの放置などによる餌の供給であり、もう一つは、建物の複雑性によって駆除が多様化複雑化せざるを得なくなることである。
 とくに後者は家を建てる際には気をつけなければならない。
 すでに2×4の壁の中や通気工法による壁の中にアリが巣をつくる事例が目立つようになってきたが、小空間が多い現代の建物では複雑な巣がで きやすい傾向にある。また、生き物との関係を認識しないまま自然を求めて不用意に林間に家を建てることから過剰な反応や恐怖にさらされることも多い。

 アメリカカンザイシロアリの時もそうだったが、こういう分野ではマスコミは「敵」や「怖いもの」を想定しないと番組が作れないようである。しかも一つの 番組が放映されると他局でも似たようなものを作る。下手なサッカーのようにボールの方にワーッと行ってしまう。とくにNHKは教育テレビがあるのだから、 こういう問題は興味本位にバラエティーで扱うのでなく教育テレビで扱うべきものではないだろうか。

 教育といえば、せっかく政権交代したのだから生物教育も考え直してもらいたい。
 小学校であれだけ昆虫について学ぶのに成人するとやたらと虫嫌いになるのはどういうことか。ある教育関係の集会で「学校は教えれば教えるほど教科を嫌い にさせてしまうので余計なことをしないでほしい」との極論が聞かれたが、昆虫などまさにそういうもののように思えてならない。もうこの際、店で買わなけれ ば手に入らないようなカブトムシやクワガタを教科書から削除したらどうだろう。そして外国のカブトムシやクワガタムシの輸入・売買の全面禁止。そのかわり に身のまわりや建物まわりの生き物としてゴキブリやダニ、ムカデ、ハチ、そしてシロアリなど生活に必要な昆虫論としてきちっと教える。これこそ生物多様性 維持の時代にふさわしい教育ではないだろうか。

2009/10