ついに携帯電話からスマートホンに替えた。オープンソース派の私としては当然にもAndroidのものだ。 以前のらくらくホンは字が大きくてよかったが、あまりに低機能。 知り合いの工務店の社長のスマホを見せてもらったら字も拡大できるし動きも俊敏。そこで私も導入となった。 今まで顧客とスケジュール調整するのにGoogleカレンダーの起動が遅くて困ったが、今度は瞬時に見られるうえに、スケジュールの追加や変更も容易になった。しかも声でのテキスト入力もかなり正確に認識してくれる。 大容量のカードが内蔵されているので写真もしっかり入る。カメラもかなりの高画素数で、ルーペをかませなくてもシロアリをそこそこ大きく捉えることができるし、動画もPCの全画面に耐えられるものが撮れる。 しかも、HDMI端子があって最近の薄型テレビに繋げるので、PCなしでも顧客にプレゼンができる。 写真や音楽、動画ファイルの出し入れも、PCにつなげば各フォルダが見えるので、特別なアプリに頼らずにファイラーで移動・コピーすればよい。あるいはDropboxなどを使えばケーブルでつながなくてもファイルのやり取りが出来る。 GoogleMapやGoogleEarthも軽快に使えるので、出張先の位置や地形確認で困らない。 もちろんいいことばかりではない。 スマホは電話というより「電話のついたPC」だからそれなりに扱う必要がある。 カバーや保護フイルムは当然必要だが、カバーを付けてもホコリだらけの床下にそのまま持ち込めない。これまでのように作業服の胸ポケットに入れて行くなどとんでもない。床下には袋に入れて持ち込み、無線イヤホンのスイッチ操作で電話を受けられるようにしている。床上に置いたままだと数メートル床下を移動するだけでイヤホンへの電波が途切れてしまう。 また、PCと同じだから初期設定のまま使うのは意味がない。最初から付いている電話帳やスケジュールは使いづらいので別のものを入れる、というように自分にあった無料アプリをインストールし、不要なものは削除する。当初はこれに結構時間がかかる。その上、各アプリはしばらくするとアップグレードの通知が来るので、必要に応じて更新する。 こんなことで通信量が増えるので携帯電話の頃と比べると負担がかなり増えることになる(パケホーダイ加入は必須)。あれこれインストールした最初の月の請求総額はやはり9千円弱(パケット料金だけで5700円)だった。 ということは通信が必要でないときはこまめに設定して不要な通信をしないようにしないといけない。 また、電池の消費量も多いので少なくとも2日に1回は充電が必要になる。 しかも携帯電話のように電源の自動入切ができないので、寝る前に電源を落として朝立ち上げるようにしている。 年配者への配慮は全くないので使い方などはネットで検索して自分で覚えるしかない。携帯電話に付属した基本操作の分厚い説明書はなく、たった1枚の紙に簡単な説明が書いてあるのみ。付属の冊子は5冊ほどあるが、どれもドコモのサービスやネットの利用説明ばかりでゴミが増えるだけ(ネットで見れば分かることなのに)。 若い人達は割合こういうことに慣れているようで、こういうものに関する情報をうまく取捨選択している。 だから、ネット上で食堂のランク付けを行う「たべログ」のヤラセ投稿でも「もともとそういうもの」とあまり動じていないようだ。 ただ、今年の初詣などを見ていると若い人達が結構まじめに手を合わせていたり、おみくじの運勢がどうのこうのという声も聞かれ、ああいうものには一方的に入れ込んでしまうのだなと思った。 私などは毎年欠かさず家族全員で豊川稲荷に初詣に行っているし、神社仏閣も好きだが、あまり真面目に拝むほうではない。賽銭もほとんど出さない。文化として味わっているだけで建物への興味のほうが大きいので、余計な部分ばかりを見て回っている。 今年は面白い現象を目にした。奥の院に弘法大師のお堂があるが、正面の弘法大師の前にはあまり人だかりがないのに、右手にある賓頭盧(びんずる)像のまえに若い人達の行列ができていた。日本での賓頭盧は体の病んだ部分をさすると治癒するというように思われているようだが、病気の人が多いのか、社会不安の現れなのかわからないが奇妙な光景だった。私は栃木の鑁阿寺の賓頭盧の頭を触ったことがあるが、いまだに頭がよくならないのはたぶん信心が足りないせいだと思う。 そういえば、昨年は出雲方面への出張駆除があって仕事の合間に神社やお寺を見てきた。 宍道湖の北岸には一畑薬師という寺があって以前から行ってみたいものだと思っていた。なぜなら紋所もほぼ同じ同名の寺院が我が家の北の山頂にあって、初詣の時期にはテレビCMまで流しているからだ。 島根の一畑薬師(一畑寺)は岡崎の一畑薬師(一畑山薬師寺)のように山の上にあるが、参道には古くからの土産物屋が並ぶなど風情があり、歩いていて気持ちがいい。宍道湖を望む景色も素晴らしかった。歴史としては島根のほうがはるかに古い。 島根のものは木造の社殿で、森に馴染んだ落ち着いた風情。参道の土産物屋も含めて歴史を感じることができる。一方、岡崎のものは私が小学生の頃にできた新しいもので、社殿もRCだ。筆者が子供の頃はよく遊びに行った。当時は本殿のみの境内だったが、知らない間に建物が多数建って境内の規模が驚くほど拡大していた。筆者としてはどちらの肩を持つものでもなく、それぞれに趣がある。 両寺院はともに臨済宗妙心寺派だが寺同士の関係は全くないようだ。島根の一畑薬師の土産物屋さんで聞いても「関係ない」という。しかし、岡崎の側では島根からの分霊と書かれた石碑が参道に立っている。 ネットで調べると、岡崎のものは島根からの分院や分派でなく、第二次大戦中に島根に疎開していた一人の青年がここの一畑薬師に熱心に参拝していて、ある日薬師如来が乗り移ったということで、愛知に帰ってから様々な相談事や占いなどをしているうちに信者が増えて岡崎に社殿を建てることになったと書かれているが、その出典は見当たらない。もしもそうだとすれば個人的なコピーと言えないこともない。 岡崎の一畑薬師はデレビではコマーシャルするのに、なぜかウエブサイトがないので公式な見解が分からないし、島根の方のウエブサイトには分院などの情報は全くない。この場合、総本山の島根の方に説明義務がありそうだがいかがなものか。 もう一つ、出雲市の南に雲南市という所があって、ここの須我神社にも行ってきた。ここは和歌の発祥の地だそうだ。神社や参道の家並みに風情があり、私としては尊大な出雲大社よりもこういう神社のほうが肌に合う。 ここの本殿は濡れ縁の束に束石がなく、基壇の縁石に置いてあるのが特徴だ。昔からそうだったのかどうかはわからない。しかし、縁石とその奥の土台までの土間はコンクリートで覆わずに砂利で地面に空気を入れているのでシロアリ対策上あまり問題はなさそうである。 概して寺社仏閣はヤマトシロアリ対策上うまくできているといえる。ところによってはシロアリ被害もあるが、被害が早期に発見でき、駆除もしやすい。 出雲大社や伊勢神宮の社殿は柱を直接地面に埋め込む形式だが、極めて太い柱を使用することでヤマトシロアリ被害にあっても倒れることはなく、数十年に一度の「遷宮」によって対応できる。「遷宮」はいわばシロアリを1頭も殺さないシロアリ対策と言えないこともない。 雲南市そのものの風景も初めて見る風景だ。田園地域で見られる集落はどこも艶のある黄色っぽい瓦でほぼ統一されている。寺の大屋根まで黄色だ。しかも民家でも反り棟の屋根が点在するので、中国の宮殿が立ち並ぶ風景に似ている。GoogleEarthで見てもこの地域ほど黄色の瓦が密集しているところはなさそうで、貴重な風景に接することができたと喜んでいる。今後出雲方面に出かけられる方には、須我神社ともどもご覧になられるようお薦めしたい。 2012/1
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