「見えない薬剤」はこそこそと

 その昔民放テレビが始まって間がない頃、番組のほとんどは30分番組で、番組の中頃に1回「休憩」とか「お知らせ」と断りの画面を入れてから1本だけコマーシャルが放映されていた。そして番組の最後に静止画面で「この番組は○○の提供でお送りしました」とか「提供○○」という字幕が入った。このように当時のコマーシャルは本当に控えめなので30分の番組でも十分楽しめた。だからこそ「スポンサーのおかげ」と思うこともできた。
 その点今のコマーシャルは非常に横柄で、番組中でゲストの発言を遮断してまで強引に割り込む。そしてさんざんコマーシャルをしておきながら本編の最後に「この番組は○○、××、△△、‥‥の提供でお送りしました」などという。そのうえ最近では本編そのものがコマーシャルになっていて、生活番組や旅番組を装って特定の企業や店のあからさまな紹介をやる。
 こういうのを本末転倒というのだが、シロアリ対策でも本末転倒があるようだ。
 先日ヤマトシロアリ地域のある現場で他社の見積書を見せてもらって驚いた。それによると、現状の被害部分への薬剤処理以外にアメリカ式ベイトシステムを予防として提示してあったのだ。
 このシステムは一体いつから予防手段に変質したのだろうか。もともとは従来の薬剤による「バリア処理」なるものと異なり、巣の死滅を目的とした駆除のためのシステムであったはずである。つまり元気が良かった頃のベイトシステム推進派の説明では「従来の薬剤処理ではバリアを作るだけで巣の駆除には至らなかった(嘘だが)が、ベイトシステムは薬剤を散布せずに巣ごと駆除できる革命的な処理法」のはずだった。
 ベイステーションを建物のまわりに埋めておいても、その間を通ってシロアリが侵入する可能性があることは、ベトシステムの創始者ですらかつて認めていたのである。
 ベイトシステムを予防手段と考えることにはいくつかの問題点がある。
 一つは、ヤマトシロアリが建物の周囲から侵入するといって予防的な対策を勧めることである。
 ヤマトシロアリは建物の外から蟻道を伸ばして床下に侵入することはまずない。もちろん可能性がゼロというのではないが、建物の外の土壌に生息するものは放置しても問題ない。だからこそ業界団体の薬剤散布の仕様書ですら建物の外周の処理はしないことになっているのである。したがって、建物内部で予防もできるのであって、にもかかわらず外部の処理を勧めるのは、居住者に無駄な出費をさせるだけのことである。
 二つには、ベイトシステムが仮に予防として機能するとすれば、建物周囲のヤマトシロアリを敷地一帯から全滅させることによってのみ可能ということである。アメリカ式ベイトシステムの特徴は伝統的な誘殺(毒餌法)とは異なり、駆除すべき目標を限定できない。庭先には基礎まわりに生息するシロアリもいれば建物からはるかに離れた場所に生息するものもいるが、これらを見境なく殺し続けることになるのである。
 土壌のもつ植物質の分解機能の一端を支えるヤマトシロアリ、毎年羽アリとなって多くの生き物に栄養を提供する位置にいるヤマトシロアリ、アメリカ式ベイトシステムはこれを付近の環境から一掃するものであって、生物多様性の維持が課題となっている今日ではきわめて問題である。

 ベイトシステムをやっている現場を見ると笑ってしまうものに時々出会う。
 ある家(床下がほとんどない)では、玄関から羽アリが出たというので、玄関の隅に弁当箱のようなベイトが置いてあった。おそらく地下のシロアリはそのことを知るよしもない。
 またある家でも床下の土間コン上に転がされていたのは、薬液の染みこんだ紙をトイレットペーパー状に巻いたベイトである。これまた、効くと思い込むのは人間様だけで、当のシロアリはまったく気づかない。
 知り合いの話では、イエシロアリの現場で客に「ア○○○コロリ」をたくさん設置すれば効果があると「提案」した業者がいたという。
 こういう事を見聞きすると、ベイトシステムで予防を考えている業者は、ひょっとしてよく見るパンフレットのようにシロアリが土の中をかき分けるようにして家の方に向かってくると思っているのではと思えてしまう。

 最近は薬剤というとどこでも「遅効性」「非忌避性」「伝播性」の話ばかりである。たしかにこうした薬剤は駆除には大きな力を発揮するし、薬剤使用量の低減にもつながる。
 しかし、いつでもどこでもこうした薬剤でいいのかといえばそうではない。これらの薬剤は昆虫からみると「見えない薬剤」である。アメリカや中国がこそこそ何かやるには「見えない戦闘機」が必要かもしれないが、多くの地域を占めるヤマトシロアリ対策で、しかも床下の蟻道などの駆除では「見えない」必要はなく、「見やすい薬剤」でも十分である。しかも現状でシロアリがいない部分の予防となればなおさらである。乾材シロアリ対策でも「見えない」必要は全くないし、ましてベイトなど駆除の足手まといでしかない。
 「見える薬剤」が散布された場所には昆虫類は近づかなくなってもどこかで生きられる。しかし「見えない薬剤」が処理されると、後から来た昆虫か触ってしまうし、触った虫によってまだ触っていない虫にまで毒性が伝達されてしまう。これが「伝播性」というやつで、イエシロアリの巣や複雑な環境と一体化したヤマトシロアリの駆除には効果がある。
 ただ、これも理屈通りにはいかない。「見えない」といってもシロアリの動きに対して変化が急激だったりすると見えてしまい忌避されて「伝播性」はなくなる。それはシロアリの活動環境や活性とも関わっていて一律でない。
 理屈ばかりが先行すると変なことが起きる。先日私に相談してきたある地域の客の家を薬剤処理した業者が言うには、「非忌避性」の薬剤だからと散布後のコンクリート上に木片を置いておくとシロアリがやってきて薬剤に触るというのだ。これなど一つの信仰かもしれない。こういう「非忌避性」信仰は一部の研究者の中にすらあるようだが、研究者は駆除経験がないのだからやむを得ないとしても、現場に通う業者としてはいただけない。
 もっとも、かく言う私も駆け出しの頃、ボールペンのインクにシロアリが反応するのだから木材にインクを塗って‥‥などと思ったこともあったから気持ちはわかる。

 今の建物は床下がコンクリートですぐにホコリが舞う。となるとめったやたらに「見えない薬剤」を散布すると、薬剤のついたホコリが外に飛び出す可能性もあるので、場合によっては殺さなくてもいい虫まで死んでしまうかもしれない。やはり予防処理のようなシロアリが現状でいない場所への薬剤使用は「見える薬剤」で行うべきだと思う。
 ただ、「見えない薬剤」は農業分野での使用のほうが圧倒的に多いので、環境への影響はそこで問題になるだろうし、その結果薬剤原体の使用に規制がかかるかもしれない。が、いずれにせよ「見えない薬剤」はアメリカや中国のようにこそこそと使うべきものであって、おおっぴらに大量使用すべきではない。

2011/1