好みもいろいろ
「シロアリが好む木は何ですか」とたびたび聞かれ、そのたびに「今適応している木です」と答え、ついでに「人間のようにおいしいものとまずいものをあらかじめ区別していませんから」と付け足しておく。 しかしまてよ、人間の好みだって環境の変化に左右されるではないか。人間誰もがうまいというものはない。高級料理なら一律にうまいとはいえない。筆者はフォアグラやアンキモが苦手だ。
それよりも、刑務所から出てきたばかりの健さんが最初に飛び込んだ大衆食堂のカツ丼と醤油ラーメン、そして一杯のビール、これにまさるものはない。
だいたい人の感じる食べ物の味にそれほど種類があるとも思えない。環境から得た他の多くの感覚と融合して初めて独特な味わいを得ることができるはずだ。独 特な香りのジャスミン茶や紹興酒を使った料理も、中国に行ってからその思い出とともに好きになれた。子どもの頃たいして感動もしなかった歌や詩というもの に、人生経験を経てからあらためて感動するのと同じだろう。故郷を出て暮らしてこそ「ウサギ追いしかの山」と聞いただけで涙することができるのだ。
味気がないといえば、売り場のマニュアル口調だが、まあその言葉の意味を考えるといろいろと味もあるようだ。
たとえば100円ショップでは「ご来店、ありがとうござい、まぁーーーーーーす。」だ。「ご来店」をややひかえめにいったあと「ありがとうござい、まぁーーーーーーす」と甲高くいう。
店員のすべてがあの口調で統一されている。品物の補充をしている店員に不用意に近づこうものなら、まるでセンサーに感じているように「ご来店、ありがとう ござい、まぁーーーーーす」だ。面白いからちょっと離れていてそれからまた近づいてみる。やっぱり同じ反応だ。しかも、決してこちらのほうを見るでもな い。淡々と仕事を続けている。
つまり、「ご来店ありがとうございます。とはいえ、私は不特定多数の一人としてのあなた様に挨拶しているのであって、いちいち個々人様に挨拶しているので はありません。だからといって無礼だと非難しないでくださいね。私は私の仕事を淡々と一生懸命やっているだけなのですから悪気はございません。なにかお聞 きになりたい時は直接話しかけてくださいねぇ。じゃぁ、一応とりあえず挨拶だけはしときます。」といっているのである。
ガソリンスタンドの兄ちゃんもよく似ている。
「ありがとうございました」が「あーーとあんしたぁーー!」になる。ひどい場合は「あーーしたぁーー」だ。
これも、「ありがとうございました。でも普通にお礼をいうほどあなたとは親しくないし、僕もまあ困るといえば困るんですよ。だからといって元気よく挨拶し ないというのもアレですしねぇ。店長も見てるし。まあ、とりあえず大きな声だしたんだからそれで勘弁してくださいね。」といっている。
100円ショップもガソリンスタンドもマニュアル的なのは挨拶だけで、こちらから話しかければけっこう愛想良く普通の会話をしてくれることが多い。つまり表面はマニュアル的だが中身は普通である。
一方、表面は懇切丁寧に個別の会話をしているようで中身がマニュアルというのもある。
たとえば、現在はどうか知らないが、保険外交員などは「アプローチ」に始まり、「ニード喚起」、「クロージング」というトークをする。つまり、その日の ニュースや天気、あるいは「お得なキャンペーン」など接近のための会話から、会話の尻尾を捕らえて保険が必要だという話に持ち込み、最後は「一月たったの ○○円ですから」と契約のための締めくくりの話となる。中には「推定承諾」などといったクロージングの手法もあって、客は気がついてみたら印鑑を押してい たという状態になることもある。それほど好んでもいないことを好んでさせられてしまうのだ。
不思議なことにいくら口達者でも我流のトークだとただの話に終わってしまい契約に結びつきにくい。こうしたトークマニュアルは長い間に形成されたもので、ベテランの外交員も不振のときはマニュアルに立ち返るそうだ。
そういえば昨年11月に施行された改正商法では、販売目的を隠して消費者に近づいて物を売りつけることが禁止された。つまり、「ちょっと床下の点検を」と いって訪問して、わずかな湿気を誇大に報告して調湿関連機材などを売りつけるとか耐震金物を取り付けるというようなことが禁止された。「無料点検」といっ てで訪問したなら「無料点検」以上のことはしてはいけないのだ。訪問販売関連の各業者は法にふれないようマニュアルの徹底にさぞ神経を使ったことだろう。
2005/2