「金神」の頭を打った話
8年前に私が床下の調査を行い「シロアリの生息はまったく見られません」という報告を行った家で大変なことが起きた。
それは廊下に置いておいたダンボール箱がボロボロになっているというので、生協のクレーム処理として返品し、その結果報告が「イエシロアリの被害」というのだ。
私は早速調査を行ったが、たしかにダンボールが置かれていた場所の直下にシロアリの生きた蟻道があり、明らかにそれが原因だとわかった。
もちろんその場所はイエシロアリ地域ではなく、ダンボールをかじったシロアリは、まごうことなきヤマトシロアリである。
何を根拠にイエシロアリと判断したのか、消費者に正確な情報を提供すべきクレーム処理担当者の見識を疑うところだが、それはともかく、驚いたのはシロアリのありようである。
床下のかなり広い範囲にシロアリの蟻道が見られ、活性も高い。しかも、例外なくそのすべてがここ1年以内のものばかりで、木材への被害はほとんどない。畳 の下にも侵入していたが畳もまったく無事だった。もちろん被害にあったダンボール箱の下のフローリングにも何一つシロアリの兆候を示す蟻土や汚れはない。 普通ならダンボールの形にベッタリと蟻土があっていいはずだ。
なぜ8年前に何一つ兆候がなかった床下で、今年になっていきなりシロアリが活性化したのか。
床下ではたったひとつ8年前と違うことがある。それは2年前に床下にかかわる「耐震工事」が行われていたことである。

その工事とは、地面に直接打ち込んだ木杭で大引(床を支える太い横架材)を固定するものだ。こんな工事の「耐震性」には大いに疑問があるが、それは別とし ても、既存の床下にいきなり多数の杭が打ち込まれれば、当然にも床下土壌のバランスを崩してしまう。一つは木材という栄養の提供、一つは振動、これが引き 金となって土中の生き物の行動に影響を与えたのである。
昔は既存の建物の中で杭を打つというのは「金神(こんじん)さんの頭を打つ」ことだとして避けるべきことだった。若い大工さんの中には「杭を打たれるまで ボーッとしている神さんなんかおらん」という人もいるが、「金神の頭を打つ」とはこういう環境変化を与えることを意味するのだ。
たしかに昔の棟梁は施主の希望を「わがままだ」と叱ったり「若いもんが家を建てるなどしゃらくさい」と頑固な面もあったが(とくに私の祖父のような大工)、反面そこには一つの原則性があって、構造上できることでも「してはいけないこと」があった。
それは扉の寸法、天井の高さ、軒の出方、霧よけ、間取り、井戸や池の位置、庭木の選定など多くの要素である。
それらはすべて自然とのかかわりで一定の根拠があり、それを大きく踏み外すと災いが及ぶと考えられていた。
しかし、今日ではこうした観点が失われ、やれることなら何でもあり、施主の希望に意見を言えばたちまち客に逃げられてしまう御時世である。幸いにも建てて しばらくは問題が見えないのでなんとでも言える。建材メーカーの試験データを鵜呑みにしても問題は後でしかわからない。「10年以上当社ではなんともな かった」などといえるのは、まだまだ「建ててしばらく」だからである。
当初からシロアリ被害がまったくなかった太陽熱循環式建物で、今年家屋の中央部に初めてシロアリの蟻道が見つかったが、これが築15年目である。
生き物の盛衰の周期は10年以上になることは多く、家屋敷に手を入れる際のいわゆる「年まわり」も多分こんなことが根拠なのではなかろうか。

2006/10