「こうだからああなる型思考」
このことについて書くべきかどうか迷っていたが、やはり書くことにした。
というのも基礎断熱とシロアリ対策について誤解を与えるような論文が建築系月刊誌の12月号に出たが、書いた本人が最近亡くなられ、タイミングとしては死人に鞭打つようなことになってしまいかねないからである。
しかし、著名な研究者の名前で書かれたものだから鵜呑みにされやすく、その結果被害は進んでしまう危険性がある。これまでの基礎断熱で被害を受けた方々の姿を思い出すとき、やはり間違いは間違いとして指摘せざるを得ないのである。

とくに論文で問題となる部分は、湿気との関係でヤマトシロアリの生態が間違って書かれている冒頭部分ではなく、実大試験を行った結果として、断熱材が基礎にしっかり密着されているとシロアリが侵入しないという部分である。
この試験は実物大の基礎を作り、断熱材を貼り、その下の土中にシロアリを導入するもので、6回繰り返し行われ、それによって上記のような結果を得たという。
試験は試験として一つの結果を示しているので、私はそれを否定するつもりはない。しかし問題は、その結果と現実の家屋の被害とを照合したかどうかである が、残念ながらそれは行われていない。その照合をせずに「密着すれば侵入されない」と試験結果がいきなり現実に適用されてしまったのである。
これまで我々が行ってきた実際の駆除現場では、断熱材と基礎との間にわずかでも隙間があるものはむしろ少ない。ほとんどは基礎の型枠の内側にあらかじめ設 置されてコンクリートを流すタイプの密着型である。なかには断熱材をはがそうとしても容易にはがせないものも少なくない。
また、シロアリの侵入路はなにも基礎と断熱材の接着部分だけでなく、断熱材の内部、断熱材と仕上げモルタルの間にもできる。
試験結果と現実のあり方がこれほど食い違うのは、炭の液の「防蟻効果」と同じであり、どうも試験結果の取扱が炭の液と同じようである。
現場においては、試験で見ることのできない多様で驚異的なシロアリを見ることができる。例えば、樹脂にも似た内皮構造のあるヤマトシロアリの蟻道や巣は、 実験ではきわめて再構成が難しい。実験室内では弱々しい泥線がほとんどであり、こうしたものは現場でのみ見ることができる。
実大試験で基礎断熱に導入したといっても、そのシロアリの状態は確認できない。実際のシロアリは、すぐ横に餌があっても来ないときは来ない。しかもヤマト シロアリのようなシロアリを、短期間に同一場所で同じことを繰り返させるのは途方もなく難しく、自然界では普通あり得ない。

先日テレビで東京大学名誉教授の養老孟司氏が「ああすればこうなる型の思考」について語っていた。「唯脳論」や「バカの壁」で有名な養老氏については賛否両論あるようだが、この話はなるほどと思った。
すなわち、人間の体は自然物であるにもかかわらず脳のほうはそれを認められないような状態になっていてアンバランスだという。だから、あれこれのものを食べ、あれこれのことをすると健康になると思ってしまう。
また、子どもは人為的に設計されてはいない自然物であってコントロールできないにもかかわらず、あれこれの手段でコントロールできると思ってしまうのもアンバランスである。
そして、自然へのかかわり方としては、欧米式の「コントロール」ではなく、自然をうまく受け入れるアジア的な「手当て」や「やり取り」が大事だというのである。

基礎断熱についてのこの論文を養老風に言えば「こうだからああなるはず型思考」といえるのではなかろうか。
近年研究機関の民営化が進み、多くの研究者の試験の仕方や産業界とのかかわりも変化しているようで、いろいろとご苦労もあるとは思われる。
しかし、研究者は思考だけの間違いだけですむが、数千万からの金をはたいて実際の自然界に家を建てる立場から言うと「こうだからああなるはず」では困るのである。
2007/1