いま、WEB上でこれをめぐって賛否両論が戦われているが、私としては反対派の意見に大筋共感してしまう。 植物というのは化学物質を利用して個体同士が連絡したり、昆虫類に対するバリアを作ったりしている。昆虫から見ると植物・樹木は葉の形や幹の色よりもむし ろそうした化学物質のほうが重要で、たとえば同じ樹木でも放出されている化学物質を介して認識すると、別の木に見えてしまうのだ。 いいかえると、昆虫と植物(あるいは微生物やその他の生物も)は独特な化学物質のやり取りによっておしくらまんじゅうをしているようなものであって、そうして昆虫と植物は互いに適応しあっている。 よく、「イエシロアリは生木を加害するが、ヤマトシロアリはほとんど加害しない」といわれるのは、種の性質としてそうなのではなく、健全な樹木の化学物質 の量と強さに対して、イエシロアリはこれを上回る個体生産量を持っているというだけであって、ヤマトシロアリでも樹木が弱って化学物質量が減ると生木に侵 入できてしまうのだ。これは、「マツクイムシ」などでも同じようなことがいえる。 そして、こうしたバランスが急激に変化すると、さまざまな形で人間にも影響する。 たとえば、公園や学校の緑化作業によっていくつかの樹木が植えられたとたんに、「毛虫」が大発生したりする。「木を切ってしまいなさい」というと、何か乱 暴なことをいっているかのようにいわれる。しかし、植物相と昆虫相のバランスが悪いのだから、木を切ったほうが「消毒」するよりずっと乱暴ではない。とに かくこうした緑化作業というのは人間の基準で行われるので、本来そこにあるはずのない樹木や植物が平気で植えられている。しかし、虫から見たらとんでもな いものに見えるし、これから長い時間を掛けてこれに適応しなければならないことを考えると気が遠くなってしまうのだ。 ガーデニングでもおなじことがいえる。部屋の中に「変な虫」が発生したと相談をよく受けるが、マンションなどではたいていガーデニングが原因であることが 多い。つまり、ベランダの植物の化学物質によって「変な虫」を呼び寄せたのだ。呼びつけておいて「変な虫」扱いとはなにごとだ。 また、「自然の中の生活」を求める人の庭でも、ガーデニングに枕木がふんだんに使われている。あんなくさいものの隣で生活する土壌生物や植物の身になってもらいたい。クレオソートのたっぷり染み込んだ枕木よりも、ふつうのコンクリートのほうがどれほどか自然素材に近い。 いずれにせよ、ガーデニングや緑化作業は雑多なものを含んで行われるので、まあそれほど気にしなくてもよさそうだ。 ところが、ケナフについては座視できない。「環境保護」「森林保護」「炭酸ガスの吸収」という大義名分があるから困るのだ。とかく「ぐるみ運動」が好きな 日本人は、企業ぐるみ、地域ぐるみ、学校ぐるみで、ただ一種の植物をただひとつの思想のもとに植えまくる。しかもケナフの繁殖力は極めて強い。昆虫から見 ると、わけのわからない化学物質が急激に大量に周囲にふりまかれるようなもので迷惑千万だ。はては、「ビオトープ」などと看板がかかっているところでさえ ケナフだ。何を考えているのだろうか。 他方では、昆虫類の住処である垣根の周りやちょっとした空き地、家屋の床下までもコンクリートで覆ってしまい、生き物の力、土壌の力を根絶やしにしてしま うことには誰も文句を言わない。微生物の住処である土壁を追放しておきながら、ケナフでつくった「呼吸する壁紙」などチャンチャラおかしい。 いま、日本の山は腐り始めている。森林は木を切ってこそ生きるのだ。木を切らず、手入れもしないので、根が張らずにちょっとした大風で倒れてしまう。日本人は日本の木をもっとまともに使おうとどうして考えないのだろうか。 「安い外国の木を輸入する代わりに、現地に植樹もしているのだからいいだろう」という意見もある。しかし、その国の木は本来その国の生物によって利用されるべき栄養なのだ。その国の土壌に返すべきものなのだ。 とにかく、ケナフで紙を作るなどといわずに、日本の木を使うようにしていただきたい。そして、使用済みの木や木材、木の製品は日本の土壌にちゃんと廃棄す る。そうすれば日本の生き物がこれを利用することができるし、生物が活性化すれば、森林もまた活性化するのだ。「地球にやさしい」とはこういうことではな いのか。 2000/9
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