一般的な家屋の場合の温度変化がグラフ化され、冬になるとこんなに寒く、夏になるとこんなに暑くなると強調された。そして、冬場には温度の急激な変化によって年寄りは死ぬかもしれないと脅される。いわゆるヒートショックだ。 長生きに越したことはない。しかし、一概にヒートショックが悪いとも言い切れない。私の町内の話だが、夜中にトイレで死亡したおばあさんについて、「俺もあんなふうに死にたいなあ」と近所の老人が話していた。 私も同意見で、病院のような家で長患いするより、ヒートショックでいいからポックリ死にたいと思っている。 私が定期点検している寺は通称「ポックリ寺」と呼ばれているが、全国各地にも「ポックリ寺」はある。つまり、ある日パタンと倒れてあの世に旅立つのは一つの理想でもあるのだ。 だから、ポックリ旅立てない全館暖房は、ある意味大きなお世話といえる。まして冬場に食べ物が腐ることが多くなった昨今では、暖房が必要な場合ですら全館 暖房にこだわることはない。高気密でも何でも必要な場合はあるだろう。でも、なぜ必要に応じて特定の部屋だけに設置するという発想が出てこないのだろう か。 それにしても、グラフで脅されると、ごく普通の家が「人を殺す家」「住みにくい家」のように思えてしまうから不思議である。 一方、最近の基礎断熱のシロアリ被害の特徴の一つに土間床の家の被害がある。 つまり、床下がなく一階のフローリングの下はいきなりコンクリートスラブとなっている家だ。 なぜこんな家になったのかというと「地熱利用」だという。地熱といっても温泉地の地熱ではない。井戸水のように地下数メートルの土中では地表よりも熱が維持されているという地熱である。 ネット上の関係する各サイトではグラフを使って地中の温度差が示され、これを利用した家は暖かいと強調されている。 だがちょっとまてよ、たしかに地下深くの地中温度は地表近くよりも何度か暖かいかもしれないが、体温との差異はそれよりもはるかにかけ離れている。 井戸水は冬場には湯気が立つほどだが、あの水風呂に入って温かいという人はほとんどいないだろう。しかも人によって感じ方の開きは大きく、数値によって暖かさを保証できるものではない。 つまり、何らかの暖房なしには寒いのだから、暖房とセットで考えなければならない。ところが、理屈が先行するとこれが一人歩きし、直接暖かさを感じられる かのような印象を与え、床下を省くことによるマイナス面を打ち消すほどの効果があるかのように主張されてしまう。これはトリックであるし、「鰯の頭 も‥‥」の世界である。 東海地方では基礎断熱から土間床のフローリング下に侵入したヤマトシロアリが大広間を10メートル近く貫いていた。フローリングの全面的な張り替えに踏み切った地元工務店の英断がなければ、私も意味のない薬剤処理をしたかもしれない。 ここでは地元工務店も被害者といえる。推進者の本や話を信仰して他社との差別化の武器にしたのだろう。 もちろんこの家の場合、床を張り替えても問題は解決していない。今回は基礎の断熱材からの侵入だったが、部屋の中には配管の立ち上がりなど地下との連絡部 分がある。また長い間には亀裂も入ろう。こうした部分からの侵入は被害にあうまでわからない。床下さえあれば素人でもできるシロアリ対策に多大な時間と費 用をかけなければならなくなる。 先日、テレビで三社の工務店が小さな温泉付きの建物を競って建てるという番組があった。バラエティであり、数日しか工期がないので普通の家に適用できないものばかりだったが、近年の民家建築の縮図のようでもあった。 いかに水に強い特殊な畳とはいえ浴槽の周囲に敷くのは、常に取替えを前提にしないとできない。しかもその下地の板は安易なビス止めである。これもしょっちゅう手を入れることが前提である。 かつて棟梁といわれた人は自分の仕事の結果を把握していた。数値で固められた不確実な物には安易に手を出さない、確かなものだけで勝負するいい意味での保 守性があった。しかし、テレビでの「棟梁」のように、グラフや数値にだまされる平板な思考で新しいものにすぐに跳びつくのが、残念ながら今日の建築業界の 傾向である。 もちろんシロアリ対策の世界でもこの傾向は強いので自戒が必要である。さもないとコンクリートの床下にベイト剤を転がしておくというアホな発想に陥ってしまう。 2006/7
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