私もかつては猛烈に怖くて、見ただけで足がすくんだ。しかし、今は何ともないし、むしろ出会いたいと思っている。 考えてもみれば、子どもの頃はヘビを怖がることなくおもちゃにして遊んでいた。捕まえては振り回し、口の中に2B弾などを突っ込んだりした。 どうして怖がるようになったかというと、やはり異形(いぎょう)への恐怖を感じるようになったからだと思う。 異形とはすなわち、通常の生き物としての共通性を持ちながらも、通常でない姿で生きていることである。 手足がないとか、首だけで動くとか、一部分が極端に大きいとか、それでいてちゃんと生きている。もちろんそうした生き物の立場から言えばまったく異形ではなく、正常そのものである。 異形とはあくまで人間社会を基準にしたものであり、さらに人間社会で行われる異様な犯罪や差別や怨念のようなものと重なり合っている。 子どもの頃ヘビが怖くないのは、人間社会の異形を認識していないし、社会的な恐怖も知らないからだろう。 ヘビを怖がる大人でも、たとえ生き物の死骸が目の前にあって、それが無残に切り裂かれていたとしても、その生き物が魚の切り身であったら何も怖くない。 鱗の形状だけから言えば、ヘビも魚もそれほど変わらないし、西洋人から見たら驚くようなタコやナマコも日本人は平気だ。 頭の中に食べ物として刷り込まれていると、異形を感じなくなるのだ。広州の食料市場ではムカデが鉛筆のように束にして売られていたり、ヘビが皮をむかれていても、中国の人は何ともない。 私がヘビを怖がらなくなったのは、床下の生き物として「いるべきもの」と思い、「最近少なくなったので一ついい写真をとっておこう」と思ったことがきっかけだと思う。 そして彼らに出会うとつい顔をよく見るし、表情を推察したりする。我々と形は異なるが、床下で普通に暮らす生き物であり、彼らもまた我々を見つけると怯えたりする。こちらがそうした積極的な見方をすると怖さはなくなり、むしろいとおしさすら感じてくる。 これは、多分他の虫にもいえることで、しっかり観察すると怖くないし興味が湧くものである。 一般に嫌われる虫の共通点は目が小さくて表情がわかりにくいことだ。よく観察すると、コキブリなども嫌う根拠がなくなる。 2000/8
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