最近の民放のテレビ番組は本編とコマーシャルの境目がなくなって、本編を見ているつもりがコマーシャルだったりする。 エコ家電の紹介を装った特定の量販店を宣伝、流行りの料理の紹介を装った外食チェーン店の宣伝、旅番組を装った旅館や料理屋の宣伝、情報番組を装ったタレントの宣伝、といった具合である。 少し前、BSで「エコ住宅」についての番組を放送していたが、中身はすべてハウスメーカーの「エコ機能」の宣伝ばかりで、エコロジーを真面目に取り上げた番組とは言えないものだった。 一方、家電のエコポイントに続いて住宅の新築やリフォームについてのエコポイント制度が始まった。 これは断熱構造にするなど一定の条件を含む新築やリフォーム契約に対して付与されるポイントだそうだ。しかし一定の条件とは必ずしも本当の意味でのエコロジーの実践ではなく、建築関連メーカーの資材や仕様を採用する場合に限られるものである。 かつての日本の家のような自然の風や湿気で省エネに貢献するとするものには付与されない。あるいは個別の工夫もだめである。もちろん、「エコロジーに暮らす」というのは相手にもされない。 当局が認知したものが契約書に書かれたものでなければならないのだ。つまり国民にエコロジーを呼びかけているのでなく、建築メーカーや資材メーカーのも のを買えという意味である。だからネット上でも「単なる景気対策だ」といった意見が出るのは当然である。景気対策というならすべてのリフォームに直接補助 した方が効果があるのではないかと思う。 政府や政権党の支持率は急激に低下しているというのに、こと建物となると無党派層を自認する人でも安易に政府や政権党を信頼してエコだと思い込んでしまうところが怖い。 「どうせ建てるんなら」と思ったとき、政府のいうエコに盲従してこれに協力するのか、今一度熟慮して真のエコロジーを実践するのかという選択が迫られている。 今では温熱効率のために壁の断熱材を厚くするだけで良いと考える建築関係者はまずいないが、かつてはただ断熱材を厚くしただけで水蒸気の動きなど無視し たために、とんでもない場所に結露が起きて建物に大きな被害を与えてしまった経緯がある。二重ガラスでも、不用意に木サッシに取り付けたために内部が曇っ てなんともならなくなった家もある。 断熱材のシロアリ被害でも、10年も前には「シロアリの餌にならないから食べられるはずがない」という理屈が大手を振っていたが、その後甚大な被害が発生し、ひどい場合は5年や10年で建て替えた人もいる。 そのうえ、建物に適応してくる各種動物(ハチ、アリ、ネズミ、ムカデなど)との関係では、今もなお何も考慮されていない。 つまりこうした建材やその仕様はまた発展途上であって完成品ではない。 確かに太陽熱パネルで売電すれば目先の費用は低く抑えられよう。しかし、それらの設備の実際の耐用年数、維持費用、廃棄費用、リフォームや不慮の災害時 の復旧費用、将来の仕様変更費用など予測が難しい部分が多い。たかだか30万円のエコポイントのために一方的な報道を信用してエコ仕様で家を建て、あとか らそれを上回る改修費用が必要になることも予想されるわけだ。 確実に言えることは、我が国に長く定着してきた木と土による建物、そしてそこでの住まい方こそ究極のエコだということである。つまりもともとエコだった し、エコが実現できていた。メーカーの言うエコとは異なり、本来あった建物は歴史によって実証されている。それが生活の変化でエコでなくなった。現代の生 活に合わないところがあるなら当然にもある程度は変化させなければならない。 しかし人の住まい方や生き方、温度や湿度の感じ方が多様である以上、一律に考えるべきではない。つねにもともとエコだった建物のあり方や生き方を起点に考え、許容できるところで折り合いをつけるのが正しいのではないだろうか。 仮に政府の言うとおりオール電化のエコ住宅に住むことがエコであったとしても、家庭料理が作れず外食産業に依存して年中食べたいものを食べるのではエコ とは言えないし体にも悪い。かつてはマグロの寿司などというものは子どもが食べるものではなかったし、大人でも日常的な食べ物ではなかった。が、今では小 さな子供が回転寿司店で臆面も無く「マグロ、マグロ」と注文する。仮に将来マグロの完全養殖ができたとしても、こういう生活とエコとは両立しないのではな いか。 先日ある地域に出張調査したが、ヤマトシロアリの古い被害ばかりで現在は全く動きはない。私としては「何もする必要はない」と説明して調査料と出張費用だけいただいて帰ってきた。 しかし、この現場には先に「生協の業者」が調査して数十万円からの見積を出している。床下全体への薬剤処理と防カビ剤散布などいろいろセットだという。もちろんシロアリの生態から言えばすべて不要であり、「不要」という判断をすることが消費者の利益につながる。 生協というのは消費者の側に立つものというイメージがあるが実際はかなり異なる。とくに生協の関わる住宅事業では事業の存続・拡大が前提で運営されている。だから組合員にとって不要なものでも「必要性」を訴えることになる。 生協が組合員の共同によって成り立つ非営利団体というなら、経営がくるしければ縮小という選択肢もあって当然なのに縮小するところはまずない。農協と同 じく合併による拡大の一本槍で、首都圏ではコープこうべを上回る巨大生協ができるそうな。どうやら組合員の生活のための共同が、生協専従幹部と提携業者の 生き残りのための共同になっているようである。これではただの企業。組合員はただの顧客。 私の顧客の勤める食品会社の生産ラインでは、一般用と生協用と両方製造しているが、合図とともに同じラインに流れてくる同じ製品に一つ具材を追加するだ けで「生協用」となるという。それならわざわざレッテルを貼らずに一般用を売れば経費が少なくて済むではないか。第一その方が組合員に対して正直だ。 住まいのエコについても、組合員が生協に求めるものは、それらを生協らしく消費者の立場から独自に吟味し、利潤本位のメーカーとは異なる情報を提供する ことであろう。さらにそういう新しい建材の使用によって万が一問題が出た場合の対応まで考えてこそ「安心安全」といえる。ところが生協の住まいの事業で は、メーカーの効能を無批判に受け入れ、提携工務店から組合員にひとつでも多く「省エネ」仕様や建材を売り込むよう尻をたたくのである。やはりただの企業 である。 2010/3
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