シロアリについての「勘違い本」
書店の住宅関連のコーナーにいくと、1冊か2冊はシロアリ対策について書いてある本がある。
「農薬いらずの‥‥」「住まいにひそむ‥‥」「健康な住まいを‥‥」「病は‥‥」「ナチュラル‥‥」等々だ。
しかし、これらの記述のほとんどが怪しげな知識によって書かれている。
多くの場合、シロアリそのものや生態についての記述がまったくなくて、
ただただシロアリ対策に使用する薬剤の「危険性」が推測で羅列してあるだけ。こういう物はおそらくは他人の書物から拝借した知識だけで書かれているものと思われる。
とはいえ、一部にシロアリとその生態に言及してあるものもあるので、ここで少し各命題ごとに内容を検討してみようとおもう。
日本には、サツマシロアリなど五種いますが‥‥(ダニ・昆虫研究者と評論家の共著)
現在では20種以上であり、この本の書かれた時期でも18種となっていたはず。
ヤマトシロアリの羽アリは、五月の連休前後、雨上がりのあたたかな午前中にとび立ちます。日ぐれにはとびません。(同上)
後半の一節が余分だ。これによってこの著者が実際の観察に基づいていないことがバレてしまっている。ヤマトシロアリは多くの場合午前中に群飛するが、条件によっては日暮れにも群飛して電灯に集まる。
羽化したシロアリは、空中結婚して‥‥(同上)
空中結婚するのはアリであって、シロアリは地上に降りてからカップリングするのだ。
女 王が死んだとき、副王族が何組かいて、その一対が仮の王と女王となり産卵して新しい王と女王を作ります。副王族は、新しい女王と王を作ったら、そちらに権 力をゆずり、居座ることはありません。女王が王に死なれたら、また、この反対のときも、殺されてしまうのか、自滅してしまうのか、再婚はありません。(同上)(外国の昆虫学者の本も同様の見解)
この描写もアリと混同している。シロアリでは伴侶に死なれた王または女王は、副王族(すなわち自分の兄弟または子ども)と再婚してそのまま生殖を続けるのだ。自滅などまったくしない。
働きアリは‥‥昼間は働くことはありません。(同上)
昼間も働く。飼育すれば誰でも分かることだ。
兵隊アリは‥‥頭をつつくと蟻酸を含む分泌物をだします。(同上)(外国の昆虫学者の本も同様の見解)
世界に蟻酸を分泌するシロアリはいない。
羽化するとき‥‥働きアリの先導で女王たちが飛び出します。少し時間をおいて、別の出口から王たちが出発します。同じ穴から出たり、同時出発はありません。(同上)
これもアリとの混同だ。シロアリは同じ時刻に同じ穴から群飛する。
(シロアリの)家は、同心円状に、王室、卵の室、育児室、擬蛹室、働きアリ室、兵舎というように分かれていて(同上)
王台と卵置き場をこうした表現で表わすこともできよう。しかし、ニンフや職蟻・兵蟻がそれぞれ部屋をもっているというのは、まったくの間違いである。これ またアリの巣からの類推であろう。また、同心円状というのは芯のある木材の加害状態がそうであって、巣が同心円状というのではない。著者が一度でも巣を見 ているのならこうした表現にならないはずだ。
巣の中に直径5cm位のため池を作り‥‥(同上)
見てきたようなうそとはこのことだ。もちろんイエシロアリやヤマトシロアリでは水を溜める装置を作ることもあるが巣の中にではなく巣からやや離れたところだ。それはシロアリが「湿気は好むが、水を嫌う」性質を持つことによるのだ。
働きアリの体内に寄生している原生動物が消化をつかさどり。繊維質を消化吸収しやすいセルローズ、ヘミセルローズなどに分解し‥‥(同上)
繊維質のことをセルロースというのであり、セルローズ類原生動物の力を借りて消化するのだ。
イエシロアリの場合、食料を運ぶのは兵隊アリ、蟻道を作るのは働きアリです。(同上)
いったい兵蟻が物を運ぶのを実際に見たとでもいうのだろうか。おそらくこれもハキリアリあたりからの類推であろう。シロアリの兵蟻はその体の構造上いかなる労働にもむいていない。
シロアリは斜面を上下して直角の面は昇ることはできません。(同上)
うちで飼っているヤマトシロアリやタイワンシロアリは特別なのだろうか。直角に蟻道を構築して毎日せっせと上下しているが。
巣を見つけてドライヤーで、50℃以上の熱をかけたり、大量のシリカゲルを巣の内外にかけて中の湿度を40%以下にしてしまう方法もあります。(同上)
シロアリはドライヤーの反対側に逃げればすむことだし、常に地下から水分を供給しているシロアリにとって、シリカゲルは単なる異物以上のなにものをも意味しない。こういうことで巣を刺激すると、本巣が移動したりしてあとで駆除困難になってしまうのだ。
たぶんドライヤーというのは一部で行なわれることがある熱処理からの類推だと思われるが、熱処理というのは地面と関係しない超分散型のレイビシロアリ科に対する処理であって、土壌性のシロアリには不向きである。
江戸時代に、荒塩をカマスから散布したのは、浸透圧でシロアリの体液を抜く、巣穴をふさぎアリ道を閉じる、貯水槽の水を塩水にしてしまうなど、科学的にも有効であったと思います。(同上)
どこが科学的だというのだ。裸のシロアリなど浸透圧などと大げさなことでなくともわずかな刺激物で死亡させられるのだ。「貯水槽」などもともとないのだから言うまでもないし、塩で巣穴が塞げるなら一度やってもらいたい。
これは江戸時代に来日したドイツの博物学者ケンペルが「様々な資材をシロアリから守るには資材の上下に塩を撒くしかない」と書き記したことからの類推であろう。
しかし、これはあくまで予防であって駆除ではない。また、この方式もシロアリには有効ではないのだ。ついでにいうなら、この当時、ケンペルは博物学者であってもシロアリに詳しい人物とはいえない。当時においては中国の農民の方がよほど詳しいのだ。
銅はアリを寄せ付けない銅イオンを出すという説があります。私の問い合わせたシロアリ業者も、銅の液を土台に塗った場合と塗らない場合を比べたところ、塗った方はシロアリの被害が出なかったといっています。(某設計士の本)
「銅の液」なるものを見たことも聞いたこともないので何ともいえないが、実際の現場では銅板を巻いた材木が集中的に被害が出ていたりするのであり、むしろ 銅板さえなかったらと思うことが多い。ちゃんとした研究者の実験でもシロアリは裸の個体ですら銅板を忌避しないという結果が出ている。
こういうことをいう設計士はおそらく現場をまったく知らない人物だし、ここにいうシロアリ業者の水準もろくなものではない。
この設計士の場合「イエシロアリの駆除はヤマトシロアリと同じでよいのかまだわかっていない」などと自分の無知さ加減を披瀝しておきながら、シロアリがで たら「シロアリに詳しい建築家」に相談せよと主張している。「シロアリに詳しい建築家」がいないからこそ、こうしたインチキ本がまかり通っているのだ。 いっておくが、イエシロアリの専門の駆除法は百年以上も前に確立されているのであって、こうした「建築家」がご存知ないだけなのだ。
毒性は強いけれど残留性の少ない燻蒸剤や誘引剤などを使って、シロアリを殺す必要があります。(某生活評論家らの本)
燻蒸というのは家全体をシートで覆ってガスを入れて処理するもので、地下1メートルまでのすべての生物が死滅する。こんなものをシロアリ対策で推奨する 「自然派」の生活評論家とはどんな神経の持ち主なのか。また、イエシロアリでは巣が家の外にある場合は駆除すらできないのだ。
誘引剤というがどんな薬剤をイメージしているのだろうか。現在ではそんな薬剤は存在していないのだ。誘引物質はたしかにある。しかし、それは裸のシロアリ個体での実験であって、シロアリの蟻道やトンネルを捻じ曲げるほどのものではない。
大体こうした人々のいいかたは「燻蒸剤」とか「誘引剤」とか「安全な○○」「危険な△△」「発癌物質」「劇物」というように物が主役であって、人間による 行為や思想が語られていない。だから、「自然物」とか「ヒバ油」、「炭」などという言葉にコロッとだまされてしまうのだ。

ここにあげた本は数ある「勘違い本」の一部であるが、どうもこうした本を出す人々は互いに情報を交換しているとみえて、一つの間違った表現がいくつかの本 に共通していることが多い。また、実際の被害や生態を何一つ観察していないというのも共通している。すなわち、シロアリについて語る資格のない人が書いて いるのである。
つい最近も一冊新しい本が出ていた。ある設計士の本であるが、ここでも処理よりも物に興味があるようだ。
ここでは一部の薬剤が神経毒であって危険だと書かれているが、同時にドイツ生まれのハチクサンは安全だと書かれている。ハチクサンは神経伝達を切断するれっきとした神経毒なのだが、どうしてこれだけは安全といえるのか。
ウェブサイトのなかにはハチクサンを「ハチク酸」などと書いて自然薬剤にしてしまっているにわか「自然派」シロアリ業者もいるくらいだ。(ハチクサンとは試験番号893番の化学物質からきた日本名)
最近、どうも塗料か何かと混同されて「ドイツ生まれ」というのが一つの安全性の形容詞のように使われている。しかし、ドイツにはシロアリがいないのだ。
ハチクサンは薬剤としては一つの個性をもつおもしろい薬剤ではある。しかし、使い方一つで安全にも危険にもなるのだ。ある薬剤メーカーのハチクサンの宣伝 ビデオでは、床下ではなく浴室内で作業員がマスクをつけて、被害部一面に薬剤を吹付けていた。こんなでたらめなやり方ではいかにハチクサンといえども危険 な処理になってしまうのである。
これまでの設計士の書いた本の中のシロアリに関する描写を一つ一つ検討してみたが、間違いのないものは一つとしてなかったのである。なかには「私はシロア リの臭いがわかる」などとうそぶく設計士もいるが、こうした人の書物に限ってとくに間違いが多いのはどうしたことだろう。
2000/5