シロアリを床下で飼えるか

 先日開かれたある薬剤メーカーのセミナーのプログラムの中に「住宅における訴訟トラブルの原因と対策」というのがあった。
 講師の弁護士はそういう方面の裁判を多く手がけてきたようでいくつかの事例を示していた。
 その中で岐阜でのシロアリに関する訴訟をとりあげた。これは空気循環式の建物でヤマトシロアリの羽アリが入居直後に飛び出し、建物各所で被害が出たものである。
 ところがこの弁護士、あろうことか「施主がシロアリを飼っていたんですね」というとんでもない発言をしたのだ。
 シロアリ技術者ならだれでもわかることだが、入居してすぐに羽アリが出る状況を施主である居住者が作り出すことは不可能である。そもそもヤマトシロアリほど飼いにくいシロアリはないのだ。
 裁判となった建物についていうなら、ヤマトシロアリの羽アリが入居直後に群飛し、長期間床下で活動していたのは、施主が「飼っていた」からではなく、シロアリが侵入しやすく駆除しにくい特殊な構造の建物だったからである。この建物の特徴については当サイトのここで詳しく述べている。
 一方、図面と施工との相違も明らかなうえに施工自体もずさんであったことが裁判で明らかになっている。筆者も現場を見たが、基礎の作りが図面と違うし、排水は排水管からでなくその横から「排水」される。入居直後の雨漏りも必要な部分に防水処理がされてなかったことが原因。しかしこの弁護士、この訴訟が原因で建築にあたった工務店が潰れたなどというのだ。
 わざわざ「施主がシロアリを飼っていた」などとできもしないことをいい、施主のクレームで工務店が潰れたなどというのは、施主(原告)にたいするビルダー側(被告)の立場を擁護した発言と言わざるを得ない。どうやらこの弁護士のバッジの天秤は大きく傾いているようだ。

 よく誤解されるのだが、シロアリを床下に持ち込むことは容易にできるが飼うことは難しい。現に某大手床下産業は床下にシロアリを持ち込んで営業所ごと摘発されている。しかし、床下にシロアリを投げ込んでもそこに適応して生きられる確率は非常に低い。つまり、意図して床下でシロアリを飼うことは難しいのである。とくに外部から持ち込まれたヤマトシロアリはまだその土壌に適応していないのでよほど配慮しても生き延びる可能性は低い。ヤマトシロアリにとってなにが怖いかといえば、知らない微生物やコントロール出来ない水や空気など適応できない環境である。
 試しにどこかで採取してきたヤマトシロアリを別の場所の土の入った水槽に入れてみればわかる。よほど偶然運の良い場合を除いて早期に死滅するはずである。しかも集団を継承する個体に成長する余地のないシロアリばかりならなおさらてある。

 ちなみに、我が家ではヤマトシロアリを床下で飼っている(ような状態である)。某ユニットハウスの初期のものは布基礎が下駄のように二方向しかない開放型の床下なので、開いている側から床下に材木などを入れてしまいがち。そして、そこにちゃんとシロアリが生息してくれている。
 床下には床束もなく、かがめば外から見渡せるし駆除も簡単、だから蟻道の動きは常に監視できる。筆者としてはいつでもシロアリを採取できるのであえて放置しているのだ。
 これと同じようなことは昔の民家ではよく見られた。縁側の下は開放的なので田んぼで稲を干す稲架(はざ)掛けの木などがよく押し込まれていて、これがシロアリに食べられやすい。年に一度稲架掛けしていた頃は木材や床下環境の動きがあるのでシロアリは長く生息しにくかったが、稲作をやめて木材の静止状態が続くと被害の原因となる。
 つまり土の中にはヤマトシロアリは生息しているものであり、開放型の床下ではこれとうまくやり取りしていたのだ。
 それらのシロアリは地付きのシロアリであり、すでに直下の土壌の微生物などに適応しているからしぶとく生き続けられる。もちろんそこに住んでいても建物を認識していないので必ずしも建物に向かってくるわけではない。

 シロアリの動きに大きな影響をあたえるのは湿気や温度もあるが、環境の形が大きな影響を与える。
 基礎の形、配管や木の根、側溝などに沿って活動エリアを広げる。平板なベタ基礎や土間コンで地表を密閉すれば、その周縁部に出やすい。
 ベタ基礎が一般的となった今日では、後付の玄関ポーチや勝手口のステップ、基礎巾木などがシロアリ対策の重要部分になるのはこのためである。
 上記の裁判となった建物は、蓄熱コンクリート(防湿コンと同じような形)の周縁部や基礎の立ち上がりというシロアリが最も侵入しやすい部分に、これまたシロアリが食べやすい断熱材が挟みこんであったのである。直下のシロアリは立ち上がり基礎に沿っても、土間コンに沿っても断熱材に導かれてしまう。
 断熱材を食い進むシロアリ被害は床下空間に露出しにくいので、通常の点検では発見できない。見つけようと思えば、あちこち床板を切るしかない。
 ところがこのタイプの建物は「乾燥しているからシロアリが生息できない」という素人論文によって売られていたのである。また、空気が床下から居室に循環する仕組みなので薬剤による予防もままならない。あえて薬剤予防したために健康を害した事例は本などで有名である。

 現在はこうした構造の床下はなくなったが、似たものはまだあるし、ビルダー側の「これなら大丈夫」という素人判断はいまもなお巷に跋扈している。
 福島の原発ではネズミ1頭で停電し「大山鳴動して鼠一匹」を地で行く大騒ぎになったが、想定外はいくらでもあると思わなければならない。
ちなみに、東電の事業委託先の財団法人「関東電気保安協会」は以前から小動物による電気系統のトラブルについて「ネズミの事故は人災」だと広報誌に書いていたというのだから笑ってしまう。
2013/3