柿原八士さんの思い出

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  わが国のシロアリ駆除、とりわけイエシロアリ駆除の技術は、その源流をさかのぼれば台湾におけるシロアリ駆除技術に行き着きます。それを明治期の九州で確立した第一人者が満尾計左次さんであり、その第一の継承者にあたるのが柿原さんの父親である故柿原早苗さんでした。
 「満尾式白蟻駆除法」とも呼ばれたこの技術は、なによりも徹底的に巣の探知を行うもので、最も根本的で生態的な方法として八士さんにも受け継がれてきました。
 だから、生前の柿原さんの巣への執着心は飛びぬけて強く、30日近くも巣を求めて掘り続けてついに本巣を掘り当てたことは知る人ぞ知る有名なエピソードとなっています。
 また、仕事へのまじめな態度も一貫していて、現場での服装も乱れがなく、頭には日本てぬぐい、愛用の道具もいつも整頓されていました。調査用のライトも流行のLEDなどではなく、昔ながらの銀色の金属製懐中電灯だったのが印象的でした。
 口を開けば「イエシロアリは難しい」といい、成功の話はほとんどなくて失敗の話ばかりが淡々と語られます。そしてこうした自然への謙虚さはどのシロアリ に対しても同じであって、ヤマトシロアリでもアメリカカンザイシロアリでも、とことん自分で納得するまではあきらめずに調べる態度が貫かれていました。
 柿原さんは2008年2月にご逝去されました。

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オーストラリアでシロアリを採取する
山根、神谷と柿原さん(左)

柿原さんの現場での「正装」