中国・桂林のシロアリ調査
神谷忠弘

2001年12月15日、私たちは中国は広西壮族自治区の桂林を訪れ、シロアリの採取や調査を行った。また、桂林では地元のシロアリ技術者と交流し、シロアリ対策の現状を見てまわることができた。
一応団体ツアーということになっているのだが、私と山根さんにとっていかに定番の船下りを逃れて独自にシロアリを見てまわることができるかどうかが最大の問題だったが、なんとか運良く予想以上の収穫が得られた。


言葉は通じなくとも考えることは同じ

15日の午後、私と山根さんは地元桂林市白蟻防治所の呉旭栄所長、李新平高級工程師、趙玉輝経理の案内で桂林の東にある海洋という小さな村に出かけた。海洋は桂林から車で約1時間半でこぼこ道を走ったところにあった。
海洋という村は面白い村で、村の中のほとんどすべての木がイチョウである。銀杏を取るためだろうか。1本や2本他の木があってもいいと思うのだが見渡す限りまったくない。
呉所長らは到着するやいなや、共産党事務所前の大掲示板の裏側に入っていった。そこにはイチョウの大木があって、イエシロアリの蟻土が樹皮についている。
さっそく私たちはそれらをつついてみたが、いっこうにシロアリは出てこない。やはり温度が低すぎるのだ。この日は最高でも5℃しかなかった。
そこで呉所長らは持参したギムネでイチョウの木に穴をあけ始めた。かなり旧式のギムネで、おまけに回す棒がないのでドライバーを差し込んで回している。私たちも手伝おうとしたが、やらせてもらえない。
イエシロアリは寒いときは木の中心部の巣の中にいるとのことで、とにかく貫通するしかシロアリは採取できない。あたりの木の蟻土をかなり綿密に探っても蟻土の下にはいないのだ。
ようやく貫通したらしく、引き抜いたギムネの先端に蟻土がついていた。これを見たとたん山根さんも私も、そして中国の技術者もみなあたりに散って何かを探し出した。誰が指示するわけでもないのにみんなが同じことを考えていた。シロアリ技術者同士の無言の統一行動だった。
ある人は落ちている古い針金のようなものをひねっている。別の人は細い枝の突起を削っている。私や山根さんも何か細いものを探して歩き回っている。
その一本を李工程師が慎重に穴に差し込んだ。何もない。それではと、綿を少し先端に絡めてまた差し込んだ。ゆっくりと引き抜くと、そこにイエシロアリの兵蟻が絡み付いていた。
このイエシロアリは近々新種として発表されるそうで、銀杏乳白蟻(銀杏家白蟻)と呼ばれていた。日本名としてはイチョウイエシロアリというべきか。分ける意味があるかどうかは別として‥‥。
呉所長らは仕事が少ないときにはよくこの村を訪れてはシロアリ採取をするそうで、とくに李高級工程師は村人に尊敬されているそうである。
この日は日本人の私たちがいるので、村人にとっては珍しい出来事で、たくさんの人が集まってきた。ある青年はカボチャの種をかじりながら顔を突っ込んでくるし、ある老人は人の禁煙状態などお構いなくタバコを私たちに配って歩く。しようがないから私も1本だけ吸った。
ここのイエシロアリももちろん家屋に被害をもたらしている。この地域の家屋はレンガの中に木材を埋め込むようにして作られているが、この木材がとくに被害にあっている。
古老の話では5月の夜にもなるとあたり一面に羽アリが飛ぶというのだ。家からもイチョウの木からも飛び出す。

海洋村の表通り


共産党事務所前の掲示板


必死で穴をあける李工程師


イチョウイエシロアリ?


家屋の被害を説明する呉所長


屋根に登って調査する山根さん

七星公園のタイワンシロアリ採取

海洋村に行くのに先立って、私たちは午前中を桂林市内のシロアリの調査にあてた。朝7時からとりあえず通訳が到着する10時までホテル近くの七星公園の山に登ってシロアリをつついてまわった。
七星公園というのは、いくつかの岩山からなる公園で、北斗七星に似た七星岩などがあることからその名がつけられ、山のふもとには普陀山というお寺や動物園などもある市民の憩いの場である。
私たちはタイワンシロアリの泥線や泥被を見つけてはほじるのだが、やはり温度が低いので樹木の表面にある泥線や泥被をつついてもシロアリは出てこない。それでも倒木の下に隠れた泥被を慎重にたどって掘るとやっとタイワンシロアリが顔を見せる。
呉所長らはどんどん坂道を登るが、とにかく足が速い。私も山根さんもついていくのがやっと。見晴らしのいいところに来るたびに景色を撮影するフリをして休んだ。
呉所長らは見つけるたびに私たちに採取を促す。私たちは吸虫管をくわえて採取しまくった。
ここではほとんどがタイワンシロアリで、他のシロアリはほとんど見られなかった。
桂林の技術者たちは私たちの採取用具が珍しいようで、特製の吸虫管や刺し棒、あるいは虫を入れるパックを興味深くながめていた。
かなり険しい坂が多く、息を切らせながら遊歩道を一周して公園を出たところで通訳のC氏と合流した。

イエシロアリはおもに芯材を加害

公園を出てから私たちは市内のシロアリ被害を見てまわった。
市内の街路樹にはイエシロアリがたくさんいて、多くの樹木を加害していた。
特徴的なのは、イエシロアリは樹木の中心部を加害して生息し、辺材部には被害が少ないことである。これは樹種に影響されてそうなるのか、気候との関係でそうなるのかはわからない。
建物の被害も多く、市内の美術館はイエシロアリの被害で屋根の稜線がうねっていた。
私たちが感心したのは、被害の説明が的確で、たとえば、建物の被害の場合でも「街路樹に本巣があってここから侵入した」というようなつながりを示す説明だった。
ただ、多くの場合建物の制約で巣を掘り出すことは少なく、ポイントに粉剤処理するというのが普通だという。それでも桂林市白蟻防治所のショーケースに多数の女王や巣などが置いてあるところを見ると、結構掘り出しているようだ。
市内の被害部を一回りしてから私たちは防治所を訪問して交流した。入口は割合地味な店構え(といっても公的な機関)だが、2階の事務所はかなり立派になっている。
私たちは被害の実体、薬剤、処理法、分類など幅広く話し合うことができた。

七星公園の山の上からの景色


七星公園の樹木に多い
タイワンシロアリの泥被


タイワンシロアリの泥線


七星公園のタイワンシロアリ


エンジュのイエシロアリ被害


桂林市白蟻防治所での交流

伝統にのっとった粉剤による駆除と
大量散布の予防とが並存

中国では「予防を主とした総合対策」というのが国の方針となっているので、新築時には薬剤散布が義務付けられている。もちろん、まだ個人の持ち家は少ないので、ほとんどは公的な建物である。
桂林市白蟻防治所でも予防薬剤というものを調合しているが、かなり臭いのきついもので、日 本では到底使用できないものである。薬剤成分としては駆除剤にピレスロイドを混ぜているという。その理由についてははっきりとした答えは聞けなかった。私 たちの感覚では駆除剤にピレスロイドのような忌避剤を混ぜることは意味がないようにも思えるのだが‥‥。
どうもさまざまな事情により伝統的な駆除と「近代的」な薬剤散布が並存している(させられている)ようだ。
広い範囲のタイワンシロアリの駆除には、まったく伝統的な手法として「誘殺坑」が用いられ ている。ポイントと思われる地面に約30センチ四方の穴を掘って木材を入れ、シロアリが侵入したところに少量施薬して駆除するものだ。現場の丘陵地に案内 されて処理の範囲を聞くと「見渡す限りの範囲で行っている」とのことで、結構効果が大きいようだ。
粉剤処理に使う器具も片方にゴム球のついたもので、日本でも見る人が見れば納得するものである。
桂林市白蟻防治所には、イエシロアリの巣などとともにツカオオキノコシロアリ Macrotermes annandalei の王台が展示してあって、山根さんと私がさかんに写真をとろうとしていると、呉所長がこっちのを持っていきなさいといって別に包んであったのをくれた。まるで大判焼きのような長い紙の箱に入ったものをビニール袋に入れてくれた。
ツカオオキノコシロアリ(中国名・土壟大白蟻)は、墳墓型(ドーム型)の塚を作るキノコシロアリで、広域種で堤防シロアリとして有名なキバネオオキノコシロアリ M. barneyi と比べると一部の南方地域に生息が限られている。

著名な研究者李桂祥氏に出会う

桂林からの帰り、16日夜広州に一泊したが、その際中国の著名なシロアリ研究者李桂祥氏と夕食を共にすることができた。これは今回のツアー全体の企画(一応シロアリ調査ツアーということになっている)でもあり全員が参加した。
当初の予定では広東省昆虫研究所のD教授のはずだったが、病気で出席できないとのこと。しかし、その代わりがまさか李氏だとは思わなかった。
李氏は中国におけるシロアリ研究ではたいてい名前が出てくる人で、私がかつて翻訳した『中国におけるシロアリ分類および生物学』という本の著者の一人でもある。そして李氏によると近々また本を出すという。
中国では独特の習慣がある。なにか新しい発見などがあると、日本ならその部分だけの冊子や本となって発表されるが、中国では常にシロアリの生態から分類、対策まで従来の情報も含めて1冊の本となるので、多くの場合ぶ厚い本となってしまう。
よく言えば情報の平等化、悪く言えばいつも同じことの繰り返しだ。しかし、そのせいか中国ではシロアリにかかわるほとんどの研究者は分類から生態、対策まで一応の知見をもっている。例えば分類学者でも駆除について語ることができるが、これはいいことだろう。
山根さんは李氏にシロアリの1コロニーの個体数について質問した。これはアメリカの学者が単なる統計によってとんでもない個体数をはじき出していることへの認識を聞きたかったのだ。
李氏によると、やはり中国の研究者たちは統計ではなく、きちっと巣を掘り出して個体の重量 計算をし、実際に算出しているという。そして李氏の答えによりイエシロアリでもヤマトシロアリでも私たちの個体数の認識は一致した。すなわち統計によって 主張されるようなヤマトシロアリが数十万の個体数だなどというのは生態に合わない数字だということで一致したのである。現場の感覚からいえばごく当然では あるのだ。

岩山の頂上の建物も被害がある


イエシロアリの被害を受けた
美術館(赤い建物)


ホテルのフローリングの被害


天井裏のイエシロアリ被害


桂林市白蟻防治所の事務所


ツカオオキノコシロアリの王台


イエシロアリの巣(下)と女王(上)


あいさつする著名な研究者李桂祥氏
『桂林風景図鑑』
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広州点描
広州では少し観光をした

なお、今回の調査において、私たちのわがままな要求に機転を利かせて対応していただいた現地ガイドの刑健さんと、たまたま刑さんの幼なじみが呉所長であったという超幸運に深く感謝する次第である。