薬剤や建材の「防蟻性能」については昔から現場との落差が大きく、しばしば現場での混乱の原因となってきました。ここではその落差、すなわち薬剤や建材の「防蟻性能」の根拠となる試験の妥当性について考えて見ます。 |
シロアリの多様性現場で目にするシロアリは実に多様であり、ひとことで性格を語ることは不可能といっても過言ではありません。たとえばイエシロアリでも場合によってはヤマトシロアリよりも控えめで小規模な場合もあるし、ヤマトシロアリでもイエシロアリのように大胆に振舞う場合もあります。 あるいは、同種のシロアリでもその時々で勢いが異なり、短期間に広範囲に加害する場合もあれば、生息していても動きのほとんど見られない場合もあります。 床下の被害状況でも、蟻道がどれも束石に集中して基礎にはほとんどないとか、その逆で基礎におびただしい蟻道がありながら束石にはまったく見られない場合もあります。 蟻道一つとっても、柔らかで機密性の低い泥線の場合もあれば内皮構造を持つ硬い蟻道の場合もあります。また壊すだけで再生されないか弱いものもあれば、壊しても壊しても再生されるものもあります。 なぜそうなるのか。まさにシロアリに聞いてみるしかないのです。人間で言うなら「性格の違い」のようなものといえばいいのでしょうか。 そして私たちがシロアリに接する場合、そうした多様な中のほんの一部と接しているに過ぎないことを前提にしなければいけないのです。平均的シロアリはいないのです。 |
どんなシロアリを代表する試験なのかたとえばある断熱材の「防蟻性能」の根拠となっている試験を例に考えて見ましょう。「強制摂食試験」では、3種類の断熱材にそれぞれイエシロアリの職蟻150頭、兵蟻15頭を一緒にして容器に入れ4週間後の結果として食害率と死虫率を出しています。 さてこの場合 (なぜ意味もなく兵蟻が入っているのかという素朴な疑問は別として) いくつかの問題点があります。 まずそのシロアリがどんな状態のシロアリなのか明らかではありません。建材を加害するシロアリ集団に150頭というのはありえないのですから、まずは普 通の状態ではありません。しかも約1ヶ月もの長い間土から離され生殖活動からも分離された蟻道も作れない裸のシロアリ個体です。これが自然の状態と同じよ うに断熱材を食べると考えるのはあまりにも非生態的ではありませんか。 こんな異常な状態から得られた食害率では、たとえ他の断熱材と比べて明らかな違いがでたとはいえ、この結果をそのまま現場に当てはめるわけにはいかないのです。 同時に、異常で過酷な条件での150頭とはいえ1.6%加害しているのです。単純に百倍して1万5千頭(シロアリとしてはさほど多くない数字)なら 160%加害するかどうかは別として、加害の事実はあるのですからこれは重視すべき事実ではないでしょうか。ところがビルダー側の推進文書の図にはまるで シロアリが断熱材を嫌って近づかないかのような表現として描かれています。これは非常に恣意的な歪曲といえます。 また、死虫率でも直接餌を食べない兵蟻が混じっているのですから死亡の意味は検討されなければならないし、対照区の断熱材に薬剤含有のものがありながら 含有しない別の対照区とほとんど同じ数値であったことも検討されるべきです。しかしそうした検討はまったく行われていません。 要するに、試験に使われたシロアリが自然界のシロアリのどのような状態を代表しているのかということが根本的に無視されているといわざるを得ません。 このことは「蟻槽試験」でもいえます。サンプルを木材ではさんで入れたシロアリ飼育槽のイエシロアリがどんな状態か、あるいはかつて自然界にいたときに どんな食性であったのかということが明らかにされていないのはおかしなことです。シロアリの状態次第ではかなり異なる結果となることは容易に想像できま す。しかも試験期間わずか2ヵ月での発表です。なぜ5年ほど経過した後に発表しなかったのか不思議です。 「フィールド試験」も同様です。その土地のシロアリの活性や性格、あるいはフーチングや犬走りの有無など試験体周囲の形状によっては、シロアリが生息し ていてもアタックしない可能性もあるし、生息密度が低い可能性もあります。ただ被害がなかっただけでは説得力はありません。 したがって、この断熱材の「防蟻性能」の根拠としてはかなりの疑問を抱かざるを得ません。 しかしこの断熱材は試験としてはかなりの問題を含みながらも関係団体から「認定証」も付与されているのです。 過去に別の研究機関が行った試験の中に、実物大の基礎を建てて断熱材の試験をするというのがありました。この場合はシロアリを人為的に6回アタックさせ た結果として「断熱材が密着されていれば貫通されなかった」という結論を出しています。しかし現場にひとたび踏み込めばそれとはまったく逆の結論が待って いたのです。 そもそもシロアリに6回も同じことをさせることが可能であるかどうか。雑多な土壌では人間の思うように短期間に同じことは繰り返さないのです。できると 思ってシロアリを投入した本人は断熱材にアタックしている思っていても、シロアリはそれとはまったく異なる行動をしていたはずです。 運良くこの研究論文が建築雑誌には掲載されながらも工法として「認定」されなかったからよかったものの、これが一人歩きしていたなら現場の混乱は計り知れないものになったと思われます。 |
ふりかえってもみれば‥‥昔から試験データの上では効果が認められていても、現場ではシロアリに突破されてきた事例はいくらでもあります。たとえば薬剤。すでに使用禁止となっているクロルデンやディルドリンなどの有機塩素系殺虫剤 (10年以上あるいは30年以上効果があるといわれた) でも、ただ散布しただけだとイエシロアリに突破されていたのが実際です。その後の多くの薬剤も発表時には華々しく効力データが出されたのに、数年後には別 の薬剤試験の対照区とされるほど蔑(さげす)まれでしまうのです。一体発表時のあのデータはなんだったのかといいたくなります。 普通の薬剤ですらこういう側面があるのですから、ましてヒバ油やゲットウなどいわゆる天然薬剤の「防蟻性能」では言うまでもありません。 炭の液はどうだったでしょう。これも上記のような試験によって効果が確認されたはずだったのですが、結果は悲惨なもので、処理していない木材よりもひどく加害される場合すらありました。 ヒバの防蟻効果も同じです。研究者の発表ではヒバでも加害されることは認められていますが、それはヒバの防蟻成分が揮散した表面だけだと発表されました。しかしヤマトシロアリの現場でもヒバの土台とヒバの柱の接合部が内部まで完全になくなる被害もありました。 「乾材シロアリにホウ酸で予防」というのも一部で言われているようですが、これも安易に吹きつけや塗布などの処理だと現場ではうまくいかないし、現にそ うなっています。なぜなら乾材シロアリの羽アリが木材にもぐりこむ場合は木材をほとんど食べずに木粉として排出し、内部にもぐりこんでから木を食べるとい うことが理解されていないからです。そしてこの木粉こそ初期被害を防止する決定的な要素であるにもかかわらず、テレビ番組中の研究者の話の中に木粉のこと はまったく触れられていませんでした。 その昔、温度変化と食料消費量についての試験もありました。ここでも裸のシロアリ個体に直接温度をかけて湿らせた濾紙を食べさせたのですから、食べる意 味としては蟻道・蟻土で環境を整えた自然の中での食べる意味とは異なるはずです。しかしこの結果が例の太陽熱空気循環型の家での「シロアリが長く生きられ ない」根拠の一つとして使われ、そして事実によってそれが覆されたのです。 その他、基礎パッキンや「防蟻」の文字がつけられた各種建材についての防蟻効能も、現場では研究者のデータや見解と異なる結果を出しているのです。 |
現場には試験で想定していない事情も基礎断熱でとくに注意しなければならないのは、型枠内側に設置するタイプです。たしかに後貼り型と比べて基礎との密着性は良好かもしれません。しかし、ジャンカ(意図せずにできるコンクリートの空疎な部分)が確認できずに隠れてしまうのです。一般的な基礎のように一旦型枠を撤去するのならジャンカを確認でき補修も可能ですが、それができません。過去に駆除した現場でも「うちの基礎屋ならジャンカの心配はない」と工務店が胸を張っていたのに、基礎断熱を切り取ってみるとやはり多数のジャンカがあ り、そこがシロアリの通り道となっていました。もちろん基礎屋さんはしっかりと工事したつもりでしょうが結果は確認できないのです。 また、断熱材被害の状況も多様で、基礎と断熱材の間、断熱材の内部、断熱材と仕上げモルタル(基礎巾木)の間などを通過するのですが、よく見れば断熱材 側ではなくモルタル側に蟻道の凹みがある場合もあります。あるいは仕上げモルタルの亀裂を利用しているものもあります。 |
研究は研究としてでは研究者のさまざまな試験に意味はないのかといえばそういうことではありません。ただ、試験結果と薬剤・建材の「防蟻効果」との間に飛躍があってはならないのです。たとえば、野外のシロアリと居住地区でのシロアリとの間にも違いがあり、野外での生態がそのまま建物のシロアリ対策に適用できるわけでもありません。と くにわざわざ木杭などを打ち込んだり餌場を設けたりして環境に変化を与えた直後のシロアリ集団は、普段より異常に大きくなるとか活動が急激に活発化するこ ともあり、非常に特殊な状態といえます。こうした状況での試験データはそれはそれとして重要ではあっても、そのまま建物の対策には適用できないのです。 試験データはあくまで試験結果でしかなく、現場の生態でもなければ現場の判断でもありません。そして失礼ながら、試験結果を現場に当てはめて被害を推し測ることができるほど日本の研究者に現場経験があるわけではないのです。 各メーカーが研究機関と共同試験をすることも意味のあることとはいえますが、有名な研究機関や団体の「お墨付き」を得てそれが一人歩きをしてしまうとすれば、消費者を惑わすことにつながります。 |
消費者としてはやはり「新しいものに飛びつかないこと」が基本です。後で取替え可能なものならそれほど気にすることはありませんが、建物の基本構造にかかわる部分やそれなしでは生きられないような部分では慎重な対応が必要です。かつては新しい技術として登場した建物が、今では古いもの、場合によっては欠陥品になっている場合もあります。だからいかに有名な「**大学」とか「\ \研究所」のお墨付きやデータがあったとしても、効能を闇雲に信用しないことが肝心です。とくに業者との「共同研究」は注意が必要です。 「省エネ」「地熱利用」のために床下のない家を建ててわずか4年でシロアリ被害が生まれた例では、基礎外周にはシロアリに加害されないといわれた「発泡ガラス」の断熱材が貼り付けてありました。 別の土間床の家でも「地熱で暖かい」はずなのに実際は非常に寒いと居住者はいいます。そして基礎断熱材の直下の土壌はヒバ油で予防したはずなのにシロアリがしっかり生きていて新築数年後には各所に羽アリが出ました。 しかし当時の発想ではこれが最新の発想だったのです。そしてデータからひねり出された最新の発想は、より古い基礎断熱の家がそうであるように、次の瞬間には次の新しい発想に取って代わられ、居住者の財産が辱められてしまうのです。 |
**** 付記 **** 上記のような試験結果と「防蟻性能」の強引な結びつけは研究者の中の一部の傾向であり、かならずしも研究者の試験一般がメーカーに「お墨付き」を与える ものになっているわけではありません。最近ではシロアリの分野でも若い研究者らの研究発表が相次いでいて、生殖や変態に関する仕組みの解明などシロアリ対 策の立場から見て意義深いものも少なくありません。 |