東海道にまつわる・とっておきのお話・・・
「東海道と宿場の魅力再発見の本誌より」
旅の心は昔も今も、同じこと。
「太平記」のなかに、
京から鎌倉大仏さま詣でに、三条大橋を歩き始めて三日目の夜、旅人青戸左衛門という男、ふとしたことで懐の中に入れていた大切な銭袋から、
銭十文を川に落とした。小さきことと思いしや・小事でないと考え直し、往き過ぎる
ことべからず「以ての外」青戸左衛門はあわてて、その辺の町屋に走りこんで、銭五十文でもって松明かり「たいまつ」を買い込んで、川底に沈み落ちた銭十文を探し
得た。
この有様を見ていた周りの旅人たちは、みな大いに笑いこけたりした。
見物衆笑って曰く「いわく」、お前、十文の銭を拾うに五十文のたいまつを燃やし、
落とした十文の銭を探すのは、小利・大損なるかな・・」見物衆たちは皆大笑い。
すかさず・彼青戸左衛門は、眉を開いて、「さらば周りの御達者たちは愚かなり。」
続けて言うに、「世の費やすのも知らず・民に恵む心なき人なれ」、銭十文をいま
探し求めずば、この川底に沈んで永久に失うべし。
それがしの「たいまつ」五十文
は商人に留まりて、永く滅びぬべからず・・・わが損は商人の利なり・・・と
彼と我とは何の差別あらんや。また、かれこれ合わせて六十文の銭は一文も失わず
なり。 なんで是が天下の利にあらずや、、、と理にといて皆の衆に申しければ、
この周りの衆たちや傍らの笑いこけた者どもちた、この青戸左衛門の言葉を聞きて
「首をすくめ、舌を巻き・恐れ入り勝負あり」と散りにけり。
のちに・・
このこと、幕府の北条時頼が青戸左衛門のこの話を上聞きされ、じかじか青戸左衛門を召されて、天下の重き政務を与え給うなり。
・・・これ旅の神髄なりや・・と。